Chapter 6. 推理ショー

 その日の夜、俺と穂村ほむらは現場付近の物陰ものかげひそんでいた。むろん犯人逮捕を実行するためだった。まんしての張り込みである。


 待ち続けること一時間、ついに何者かが姿をあらわした。廊下ろうかを歩く木材もくざいきしむ音にあわせて、何かをさぐるようにあおひかりせわしなくうごいている。そしてそれが教室に照らされるたびに浮かび上がる緑色みどりいろの光——。


 間違いない。犯人の姿だった。


「——そこまでだよ」

「っ!」


 飛び出していった穂村の持つ懐中電灯かいちゅうでんとうの光に、人影ひとかげつつまれた。光をびたそいつはまぶしそうにうでを上げている。


「お、お前は——」


 遅れて飛び出した俺もそいつの姿を見る。照らし出されていたのは古難こなん学園の制服に身を包んだ男。この事件の犯人とおぼしき人物の正体、それは——。


「……誰だ?」


 悲しいことに、この学校に転校してきてまだ三ヶ月。おなじ学校の生徒だとしても俺にはわからなかった。


「トミタくんだよ。二年九組のね」


 探偵らしくすべての生徒の情報を把握はあくしているらしい穂村が言った。それから富田とやらに目を向けて、


「やっぱりキミがこの事件の犯人だったんだね、トミタくん」

「な、なんのことだよ」と、富田は動揺どうようした声で言った。「お、俺はただ学校にわすものを取りに来ただけだぜ?」

「忘れ物、ね」


 しかし探偵は冷静れいせいに富田の手をしめして、


はまさか懐中電灯と間違えたわけじゃないだろう?」

「うっ……」


 慌てて背後はいごに隠すがもう遅い。富田が手に持つブラックライトが何よりの証拠しょうこだった。


 視線をそらした富田に探偵は言った。


「暗い場所でいつまでも話し続けるのも面倒だね。続きは中に入ってしようか」


 旧化学準備室、現在は美術部の倉庫として使われている教室内は、昨日きのう確認した時と変わらない表情で俺たちをまねれた。


  いや、一点いってんだけちがっていた。昨日はなかった机が部屋の中央に置かれている。その上に何かが乗せられているようだが、白い布が机をおおうようにかぶせられており、それが何なのかはわからなかった。


「コレはなんだ?」と俺がくと、

秘密兵器ひみつへいきだよ」と穂村は答えた。


 それから適当な椅子に富田を座らせた探偵は、制服のポケットからキャンディを取り出しながら言った。


「さて、トミタくん。キミがすんなりと自供じきょうしてくれるならボクもたすかるんだけどね」

「……」


 穂村からの視線を受けた富田はしばらく黙っていたが、やがて観念かんねんしたのかぽつりと話し始めた。


「……ちょっと驚かせてみたかったんだよ。夜の学校で得体えたいの知れない光が見つかったらみんなどんな反応をするのか、ってな。はは、気持ちよかったぜ? 次の日からもうユウレイが出たとか言って話題になってるんだからな。みんなが俺の手のひらの上でおどってる気がしたよ」

「チッなんだよ、くだらねえ」


 富田の言葉をき、俺はてた。


「そんなことして何になるんだよ。他人の反応を見たいって、お前は小学生か。そんな時間があるんなら勉強でもしてろよ」

「……悪かったよ」と富田はバツの悪そうな顔で、「別に俺だって本気で楽しんでたわけじゃねえ。ただ退屈な日常に我慢できなくなることってあるだろ? 毎日まいにちおなじ日常の繰り返しだ。何か刺激が欲しかった。そんな時だ。ここにある物に蛍光塗料が塗られてるってのをたまたまこの前を通りがかった時に気づいてよ、コイツが暗闇くらやみのなかで光るって噂が立ったら、少しは退屈な気持ちもまぎれるんじゃねえかってな」

「ったく、お前なあ……」


 俺は拍子抜ひょうしぬけしながらも、富田の語る動機どうきに納得していた。呆気あっけないと言えばそうだが、真実しんじつとはてして単純なものである。日常のちょっとした出来事の裏に権謀術数けんぼうじゅっすうからむなんて話、そうそうあるもんじゃない。富田が日常に刺激を与えたいって気持ちは理解できた。


「ふむ——」


 しかし探偵は目をわらわせずに微笑ほほえんだ。


「——言い訳はそれで終わりかい?」

「なんだと?」


 まゆをひそめる富田に、穂村はあきれたように首を振った。


「キミにはガッカリだよ、トミタくん。どうやらキミに反省するつもりはまったくないようだね」


 穂村にしてはキツい言い方だ。


「おいおい穂村。なに言ってんだよ。コイツがいま自白じはくしたじゃねえか」

「いいや、モリタニくん。彼の本当の目的はコレさ——」


 そう言うと、穂村は机にかぶせられていた布を勢いよくぎ取った。あらわになったのはプラスチックで出来た透明とうめいなケージ。よく見ると、砂のような物がめられており、中で何かがうごめいている。虫だろうか? 近づいて、俺は驚きの声をあげた。


「——なんだぁ?! サソリじゃないか!」


 ケージの中で動き回っていたのはまごうことなきサソリだった。思っていたよりも小さいが間違いない。俺が顔を近づけると特徴的な尻尾しっぽ威嚇いかくするように持ち上がった。


「待てよ穂村。いったいサソリになんの関係が……」


 しかし俺のその疑問が最後まで口から出ることはなかった。表情をゆがめている富田の姿が目に入ったからだ。


 探偵は笑みを深めた。


「もちろんキミには見覚えがあるだろう、トミタくん?」

「ぐっ……」

「ずっと疑問だったんだ。なぜ犯人はブラックライトを持って夜の学校を彷徨うろついていたのか。愉快犯だとすれば午後八時という時間は半端はんぱな時間だ。もっと人目ひとめにつく時間帯にするだろうからね」


 それから穂村は口にくわえているキャンディの棒に手を触れながら言った。


「——探していたんだろ? サソリを」


 富田の顔がさらにけわしくなる。どうやら図星ずぼしみたいだ。探偵は続ける。


「聞くところによると、キミたちのクラスは今度の鐘秋祭しょうしゅうさいでゲテモノかんなるものを企画しているらしいじゃないか。なんでも、めずらしいトカゲやらヘビやらを展示するんだとか?


「だけど普通に考えると、そんなふうに展示が出来るほどそれらの生物せいぶつを集めるのは難しい。クラスの誰かの身内みうちに商売をしている人間がいるとかでない限りは、ね。


「父親の商品を当てにしたゲテモノ館を提案したキミは、しぶる九組の生徒たちを納得させるために展示の見本ともいえる存在を学校まで持ってきた。そう、ここにいるマダラサソリをね。これは九組の生徒たちに聞き出したことだから間違いない。ボクらにとってサソリは珍しい存在だ。実物を見せられた九組の生徒たちはとても興味を示し、晴れて九組の出し物としてゲテモノ館が正式に採用された。


「——しかし、ここで事件が起きてしまった。キミは何らかの理由で持ってきたサソリを逃がしてしまったんだ。さぞやあわてただろうね。もしも誰かに知られれば騒ぎになって展示が中止に追い込まれるかもしれない。ゆえにキミはひと知れず捕まえるしかなかった。


「だけど目視もくしではむずかしい。キミが持ってきたマダラサソリはボクたちが想像するサソリと比べればだいぶ小さい。そのうえサソリは夜行性やこうせいだ。昼のあいだは動かず物陰で休んでいることが多い。見つけるのは至難しなんわざだ。そこでキミは考えた。……そう、ブラックライトをもちいる方法をね」

「どういうことだ?」


 ここまで黙って聴いていた俺だったが、思わず言葉を挟む。


「サソリを探すんだろ? なんでブラックライトが必要なんだよ?」

「知らないのかい、モリタニくん? 一部の生物はブラックライトを当てると光るんだ。——こんなふうに、ね」


 穂村は電気を消し、それからブラックライトの光をケージに向かって当てる。その瞬間、暗闇のなかに、サソリの体があざやかな蛍光色けいこうしょくとして浮かび上がった!


「……ま、マジかよ」


 驚く俺をよそに、教室の電気を点けなおした探偵は不敵ふてき微笑ほほえんだ。


「トミタくんは爬虫類はちゅうるいショップの息子むすこだ。サソリやクモなんかも扱っているみたいだから、当然サソリをさがさいにブラックライトが用いられることがあるというのは知っているだろうからね」

「く……」

「キミは逃げ出したサソリを見つけるために捜索そうさくに繰り出した。誰にも見つからないよう細心さいしんの注意を払いながらも、しかしあせこころおさえられなかったキミは、まだ人気ひとけの残る時間帯から捜索を始めてしまった。そしてサソリを探す過程かていでこの教室の前を通りかかった際、キミの持つブラックライトが美術部の作品に当たり、光を放った。それが目撃されたユウレイの正体だよ——」


 穂村が推理を話し終えると、教室内には沈黙ちんもくが訪れた。誰も言葉をはっしない。探偵は静かに犯人を見つめていたし、犯人は探偵の視線を避けるようにして座っていた。傍観者ぼうかんしゃである俺の耳には、サソリが動く音だけがかすかに聞こえていた。


「……ああ、そうだよ」と富田が言った。「ホム子の言う通りさ! カゴを落とした隙に逃げてったんだよ!! でも教師に知られるわけにはいかなかった! 初めに持ってくるのだって許可を取るのに苦労したんだ、それをにがしたなんて知られたらもう二度と許可は得られなくなっちまう! だから、だから俺は——」


 剣幕けんまくのままに立ち上がった富田に、しかし穂村は冷たい声で、


「——キミはみんなを危険にさらしたという自覚はあるかい?」

「き、危険って……」と、富田は狼狽うろたえて、「大袈裟おおげさだぜ! サソリって言ったってコイツはマダラサソリなんだ! 毒だって弱いしよぉ!」

「それはキミの勝手な言い分だ。大多数の人間はサソリについて詳しく知らない。たとえ人間には無害だとしても、毒を持つというイメージが先行してのパニックは避けられない」


 楽観的な富田の言葉を、穂村はバッサリと切り捨てる。珍しいことに、穂村はおこっているようだ。


「それに確かにマダラサソリは毒性が弱いことで知られている。けれど、だからと言って完全に無毒なわけじゃない。絶対に安全なんていうものはこの世には存在しないんだ。残念なことに、ね」

「うぅ……」


 ひざを落とした富田を見て、穂村は俺に告げた。


「先生を呼んで来てくれるかい、モリタニくん」

「あ、ああ……」


 それから職員室に待機たいきしてくれていた羽鳥先生にこと顛末てんまつを説明した俺は、先生と一緒に旧化学準備室まで戻った。


「それじゃあ行きましょう、富田くん」

「……はい」

「大丈夫よ。悪いようにはしないから。もちろん、反省はしてもらうけれどね」


 羽鳥先生はゆっくりとはげますように富田の肩を支えながら職員室へと戻っていった。


 最後に教室を出る前に振り返った先生は俺たちにむかって「ありがとう」と言った。


 こうして俺たち推理部がいどんだ事件、闇夜やみよに浮かぶ光をめぐる冒険はまくじた。


 ただ。


 事件を解決したっていうのに穂村が難しい顔をしたままなのが気になっていた。

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