第5話

 高校の時から使っているデジタル時計に目を向けると、≪18:20≫、と表示されていた。

 急いで、食卓に、ビーフシチューとサラダを並べていると、鍵が回る音とドアが開く音がした。


「ただいまー」

「おかえり」

 リビングの扉が開き、伊織いおりが両手に紙袋を何個もぶら下げていた。

「楽しかった?」

「うん、久しぶりに香澄かすみに会えて良かった」

 伊織の部屋から「高校卒業して以来会ってなかったしね」、と紙袋が置かれる音と一緒に楽しそうな声が聞こえる。


 夕食を食べていると、伊織の首に残った切り傷が視界に入る。

「なに? じっと見てさ」

「いや、なんでもないよ」

 テレビのリモコンを取り、電源をつけてチャンネルをまわしてニュースの報道を見る。


 伊織はあの一件で、先生や救急車の対応が速かったため、一命を取り留めた。

 退院すると、彼女は何事もなかったみたいに日常を送った。私以外何故彼女があんなことをしたのか、知らない。


「そういえば、お母さんから電話きてさ、いつも通り『伊織ちゃんしか頼りになる人いないんだから、大切にしなさい』って言われた」

 伊織は、トマトを食べて

真由美まゆみママらしいね」

「伊織は家の人と連絡とらないの?」

「嫌よ、あの人達とわたし合わないし」

「意外だな。人付き合い上手い伊織が、親と合わないなんて」

「親だからって、仲良くする義理はないわ。勝手に生まれたんだから、勝手に過ごさせもらう」


 グラスに注がれたお茶を飲んで続ける。

「わたしも真由美ママから生まれたかったなぁ」

「そんな気持ち悪いこと言わないでよ。伊織は伊織のままでいい」

「良いこと言うねぇ、小説家さんは」

茶化ちゃかさないで」


 ニュースのテロップには≪同性結婚≫、が表示されている。コメンテーターは、本音かわからないけど、笑顔で肯定的なコメントを残している。


「反対する人いるのかな」

「え?」

 ビーフシチューを口に入れようとしていた、伊織が私の顔を見て止まった。

「いや、ニュースのこと。パートナーシップ制度が制定された地区が増えてきたからさ」

「いるでしょお。わたしの親がいい例だわ。一生生産性を追い求めてくださいって感じ」

「反対する人がいなくなると、いいな」

 私は言ってから、失礼だと思い「認めてくれるといいってことね」、と付け足した。


「死んだのかもね」、と伊織は笑った。

「え」

「真由美の小説で殺されたんだよぉ」

 そういうことか、と私も微笑ほほえむ。

「私の小説は、伊織を傷つける人を殺すために書いてるからね」

「ほんとぉ?」

「噓かも」

「じゃあ、何のために書いてるの?」


「少し長くなるけどさ、小説って誰かの経験や人生を読めるから、楽しいんだよね。文字の力で、それが直接届くの。

 だから、人の言動とか気持ちがわかりやすくて、日常生活でもこの人実は…って考えれるようになったんだ。まぁ、友達少ないけど。

 少しでも、誰かの気持ちを理解してあげられる人を増やすために、小説を書いてる」

「そうなんだ」


「うん。初めてなんで小説を書くのか、言ったかも」

「なんでか、なんて考えないし、話さないからねぇ」

 私は椅子いすを立ち上がって、本棚から本を取る。

「そういえば、私の本の初稿しょこうが届いたんだよね」

「へぇ。字がいっぱいだしいいや。論文でもうコリゴリだわ」

 伊織に本をさしだして、笑顔で

「小説を読まないなら、死ね」

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バナナフィッシュは助けてくれない 川上アオイ @kawakami_aoi_

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