第4話

「応援してくれてるんじゃないの?」

「応援してるよ」

「こんなことする意味がわからない」

「わたしにも、わからない。わたしのことがもうわからない」


 伊織いおりは、自分の髪を掴んで、辛そうな顔をしていた。

 彼女を抱いて

「伊織に何があったか教えて」

と、なるべく優しく言った。


「言ってもわかるわけないじゃない。あなたはレズなんだから」

 そう言った後に、伊織は目を見開いた。

 彼女自身も本心で言ったわけではないのだろう。

 ただの一言が多すぎただけだと、思い、私は深呼吸をした。


「それでも、伊織の味方になりたいよ。あと小説書いてるから、多少は人の気持ちはわかるよ」

「わかるわけないじゃない。だって、真由美まゆみとわたしは違いすぎるから」

「わからないかもしれないけど、話すだけでも少しは楽になるよ」

 伊織は、少しイラついた表情をした。


「あなたのことをあれだけ傷つけたのに。大切な作品を馬鹿にしたのになんで」

「好きだからだよ」

「そんな理由で、優しくしないでよ。だから、わたしは別れたいの」

「別れる意味がわからないって。私に悪いところあるなら言ってよ」

「ないよ、わたしが悪いの。本当にほっといて」

「なら、私の作品馬鹿にしないでよ。自分から関わりにきてるんだからさ。意味がわからない」


「わたしにも、わたしがわかんないんだって!」

 伊織は、鞄からカッターを取り出した。カッターは連続で音を立てて、刃が出ている。


「落ちついて」

「なんで、わたしがバイなのかもわからないし。それを周りがネタにするのも、気持ち悪がることもわかんない」

「誰かに言われたの?」

 私以外にバイセクシャルのことを打ち明けていないはずだ。


「言われたわけじゃないの。ただ」

「うん」

 刺激しないように静かに近づいた。


「親とか友達が、LGBTを気持ち悪いって言うのに耐えられない。ネタにされるのが嫌だ。テレビとか漫画の世界の話だと思ってるんだよ。あいつら。

 ましてや、実の親が、生産性がないって言ったの。自分の娘が、当てはまっているなんて思ってるとは思ってないでしょうね」


「確かに。辛いよね、私も周りがネタにした話を聞いた時、いきどおりを感じたよ」

「それを聞いて、わたしは関係ないあなたに、失礼なことをしたの。最低よ」

「でも、さっき好きって言ってくれたから、そんなの気にしてないよ」

「真由美が許してくれても、わたしはわたしが許せない。最初は、下手くそって書いてスッキリしてたの。何か嫌なことがあると、コメントを書いてらししてた」

「辛かったんだよね。自分の性を馬鹿にされるのが」


 静かに泣きながら

「優しくしないでよ、お願い」

 伊織は、カッターで自分の首を割いた。

「伊織!」


 倒れた彼女を抱きかかえて、手で傷口を抑えるが止まらない。

 床にあった小説を破いて、首に当てる。

「少しだけ、抑えてて」

 意識が少しあるのか、うめき声を出している伊織の手を、首元に動かして紙を当てさせる。

 図書室に出てすぐの、非常ベルを鳴らす。

 カウンターに置いたスマホを手に取り、119に電話しながら紙で傷を抑える。


「真由美」

 救急車が来るまでの間、止血していると伊織は私の手を握った。

「絶対助かるからね。また後で話そう」


「わたし、真由美の小説好きなんだ」

「わかってる」


「初めて読んだ、真由美の小説難しかったけど。救われたの」

「ありがとう。また感想いっぱい聞かせてね」


「女の子同士でも、恋愛しても良いんだってね。わたしバイで良かったって思ったよ。香澄のこと好きになれたし、真由美のことも大好きになれたし」

「うん」


「真由美がキス下手くそで良かった。いっぱい教えられたし、教えてもらうこともいっぱいあったからさ」

「う、うるさいな。またしようね。教えてよ」


「なんで、わたし達がおかしいのかな。同性を好きになっちゃダメなんだろ」

「ダメじゃない。私がそれを小説で証明するから。私が小説で、伊織を傷つける人を殺すから」


 伊織は、あはは、と力なく笑った。

「殺せるわけないじゃん」

「ううん、絶対に。伊織を傷つける人は絶対に許さない。だから、生きて」

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