第5話 『週明けの殺人者』その5

「みつるっち~、ミーはあの席がいいな。位置がチャーミング。幾何学的に美しい」

 この一ノ瀬と同じように。

 とにもかくにも僕らはその席に着き、先に弁当を食べ始めた。すぐさま、一ノ瀬が小さめの声で事件の話題を口にする。

「あれから考えたんだけどさ~。ミー的最大の疑問は、犯人が竹刀の中に凶器を隠した理由なんだ」

「あのさ、一ノ瀬。仮にも殺人事件だ。探偵ごっこだけでも不謹慎だけど、どうしてもしたいのなら、真剣に取り組むと約束して」

「ふみぃ。凶器が刀だけに、真剣に取り組みまっしょ」

 それが巫山戯てるっての。

「で、みつるっちの見解を聞きたいな」

「見解って? ああ、さっき云った疑問点についてか。学園内で人を殺したはいいが、凶器の始末に困ったから竹刀に隠した。これでいいんじゃないか」

「ブッブー。あまりにもご無体な答。凶器は元々、校内にあった物だよ。それを盗んで一ヶ月足らず隠し仰せた犯人が、犯行後に竹刀の中なんてすぐ見つかる場所を選んだのは、不可解の極みっしょ」

「極みは行き過ぎだと思うけど、確かに」

 犯人がどうしても音無の刀を凶器に使いたかったのなら、犯行直前に盗めば事足りる。一ヶ月も前に盗む危険を冒す意味がない。

「そこでミーは考えた。犯人にとって盗むチャンスは、ひと月前の某日にしかなかったのかもしれないね」

 自らを指差しながら、一ノ瀬。僕は頷かされた。

「なるほど。それが犯人を絞る条件になるか」

「だから、その十文字て人が名探偵なら、きっと盗難時の状況を詳しく調べていくねっ」

 一ノ瀬が食事に没頭しようとしたとき、小柄だが肩幅のある女子生徒がテーブルのそばまで近寄ってきて、「あなたが一年生の百田君ですか」と僕に声を掛けてきた。お構いなしに食事を始めた一ノ瀬はおいといて、僕は相手を観察。丁寧な話し方だが、学年章で二年生と分かる。

「百田充は僕ですが、先輩は……?」

「私は二年の五代春季ごだいはるき。同じ組の十文字君から言伝を頼まれたのよ」

「そいつは……どうも済みません。十文字先輩、何か急用ですか?」

「話す前に――彼女は?」

 一ノ瀬に視線を向ける五代先輩。彼女ならいいんですと簡単に済ませたいところだが、それで通るものでもなかろう。五代先輩からすれば伝言を引き受けた責任上、僕以外の者に聞かせたくないはず。

 と云って、一ノ瀬によそへ行ってもらうのも、なかなか難しい予感がある。仕方がない。

「じゃあ、ちょっと外に」

 席を立ち、食堂の外、中庭に出る。人目ゼロという訳ではないが、広いから、第三者に聞かれはしまい。

「単刀直入に云うと、十文字君は来られなくなったわ」

「理由を伺っても……」

「当然話すわ。何者かに襲われて、怪我を負ってしまったのよ」

「えっ」

 息を飲む。校内でも怪我をすることはあるだろうが、何者かに襲われたとは、穏やかでない。

「ひどい怪我なんですか? いつ、どんな状況で?」

 十文字先輩とは今日初めて言葉を交わしただけの関係とはいえ、前々からその存在を知っていたこともあり、安否が気になる。

「聞いた話だと、さっきの休み時間、廊下を歩いていたとき、後ろから殴られたって。うなじに手刀を入れられたみたいだと云っていたわ」

 口ぶりから判断して、重傷ではないようだ。しかしそれだけのことで来られなくなるとは、気絶でもして、目覚めたあとも気分が優れないのだろうか。

「倒された際、足首を捻ってしまって、今、保健室で休んでいる。捻挫の可能性が強いけれど、知らせを受けた家族の方が心配なさって、念のため、病院に行くことになりそうよ。学校は今のところ、公にするつもりはないみたい」

 なるほど。一応は頷けた。何が起きたのかは飲み込めたが、何故起きたのかがまだ分からない。

「どうして五代先輩は、そんなに詳しいんですか」

「副委員長だからよ。片足を引きずって教室に戻って来た十文字君を、保健室まで連れて行った縁ね」

「その場に居合わせて、十文字先輩襲った犯人を見た訳じゃないんですね」

「探偵の真似事なんて、やめておくのが賢い道よ」

 事情を知っているらしい。五代先輩は忠言を吐いた。

「恐らく、十文字君は事件に首を突っ込もうとしたために、襲われたんでしょうから。彼、それでもやめないでしょうけどね。警察に任せればいいのに」

「僕は探偵志願ではありませんし、解決しようってつもりもないです。ただ、自分が狙われるんじゃないかと心配で。第一発見者ですから」

「そうか、ごめんなさい。だけど、目立つ振る舞いは避けるべきよ」

「忠告に感謝します。でも、十文字先輩が校内で襲われた事実って、重いですよ。犯人は学園関係者の中にいることになる」

「目立たなくても、いつ襲われるか、気が気でないって? それなら柔道を習うのが確実だわ」

「はあ? 柔道、ですか」

「護身術に最適。私もやってるのよ」

 云われてみれば、これだけ肩幅があると強そうだ。注意してみると、指の何本かには肌色のテーピングがしてあるし、膝の下すぐにも、ソックスで隠れてはいるがテーピングだかサポーターだかがあるようだ。

「五代先輩って、もしかすると」

「何?」

「高校女子柔道で何十連勝かしている、あの五代春季さんですか?」

「最初に名乗ったはず。記憶になかった?」

 やっと思い出した。この先輩は柔道界期待の星なのだ。一年生の途中で転入してきたそうだけれど、それまでの柔道の実績で、転入試験のハードルを軽々とクリアしたという。父親も警視庁所属の有名な選手だと記憶している。

「そ、そうじゃなくて……済みません、僕にとって四大スポーツは野球とサッカーとプロレスと相撲で、それ以外は云われれば思い出す程度だから」

「今日から五大スポーツにしてくれたら、柔道人として嬉しい」

 俯いて頭を掻く僕に、五代先輩は気に障った風はまるでなく、快活に云った。

「だから、君も柔道をやろっ」

 それは困る。というか、向いてないと思うのだ。食わず嫌いじゃなく、実体験から物申す。僕だって男だから、格技の授業でね。

「自己防衛できなくてもかまわないの?」

「勿論かまわなくはありませんが、一日二日で身に付くものではないでしょ? 悠長に習ういとまがない……。ボディガードを雇う方が効果的ではないかと」

「残念」

 男子部員を一人増やせなかったからといって、そんなに惜しい? 僕みたいなのが入ってもしょうがないでしょうに。

 と思ったら、僕の解釈は間違っていた。

「時間があれば私がボディガードを引き受けるところだけれど、練習があって駄目だなぁ」

「そ、そんな大それた頼みはしませんよ」

「一人、推薦しようか。百田君と同じ組かは知らないけど、一年の男子に打って付けのがいるわ」

「いえ、結構です。ほんと、ありがたい話ですけど」

 男に四六時中(?)べったり引っ付かれるのは、嬉しくない。それなら武器の一つでも携帯しておく方が、手っ取り早くていい。

「話を戻しますが、十文字先輩に事件の説明をする約束は、どうなるんでしょう? 中止ですか」

「そこまでは聞いてない。足を運んであげれば、喜ぶだろうけれどね」

「見舞いに行けってことですか? 探偵には、事件の話が一番の良薬とか」

「さっきも云ったつもりだけど、私は反対。でも、百田君自身が考えて決めることよ。平穏無事な生活を送りたいのなら、どっちを取るべきか」

 平穏無事に過ごしたいのは山々、でも見舞いに行って事件の話をしようがしまいが、僕が第一発見者の立場にいる限り、否応なしに巻き込まれる危険性充分なんですけど……と云おうとしたが、堂々巡りになるのでやめる。

「今日一日、様子を見ることにします」

 当たり障りのない返事をしておいた。

 五代先輩に礼を述べてその場で別れてから、僕は食堂に急いで引き返す。弁当の残りに取り掛かるのと、一ノ瀬が話し掛けてくるのが同時だった。

「遅かったねー。逢い引きにしては短いけどー」

 ひと欠片残っていたハンバーグを頬張る一ノ瀬。それから「あいびき、あいびき」と唱うように云った。

「そういう単語を連呼するなよな。人聞きの悪い」

「ん? ミーはこのハンバーグになった合い挽き肉、美味しいなって気持ちを歌で表したまで」

 しれっとして、今度はお茶を口に運ぶ。やーい引っかかったと心の中で舌を出して喜んでいるに違いあるまい。

「それであの柔道の人、何て?」

 一ノ瀬でも、五代先輩が柔道選手だと知っていたのか。

 それはさておき、僕はあったことを話して聞かせた。念のため、今度も他言無用だ。声が自然に小さくなる。

「十文字って人は、じゃあ、負傷退場だね。舞台に出て来たと思ったら、すぐに引っ込んじゃった。名探偵役じゃないのかにゃ~?」

「またそうやってすぐ茶化す」

「何で十文字さん襲われたんだろうね?」

 こっちの台詞が耳に入っているのやら。

 ともかく、僕は自説を展開した。すると一ノ瀬の反応は「殺人犯の警告ぅ?」と、意外そう。

「だとおかしいよお。犯人が真っ先に狙うのは、剣豪かみつるっち。これこそロジカルな行動」

 そう。五代先輩から話を聞いて気になっていた点を、一ノ瀬は云い表してくれた。

 殺人犯が警告を込めて十文字先輩を襲ったんなら、何故僕や音無よりも先に、先輩なのか。普通なら、第一発見者を口封じするもんじゃないか。話し手ではなく聞き手を狙うのは、労多くして効果少なし。

「あっ。もしかして、十文字さんには事件解決の実績があるのかな。だとしたら、十文字さんが乗り出したと知った犯人は先手を打ったのかもね、鴨葱鴨葱」

 ふむ。理屈は通る。

「そうであることを願うよ。僕の身は安全だ」

「でも、うーん、リアルじゃないんだよねっ、この考え方も」

「え?」

「十文字さんの探偵力を畏れるくらいなら、学園内で殺人をしでかさなきゃいいじゃん。外でやらかした方が、十文字さんに介入されにくいはずだよっ」

「そう……だよな」

「元々この殺人犯、不思議行動してる。ロッカーに死体隠して、何の意味があるのさ。隠し場所としての有効期限は、保って一日」

「突発的、発作的な殺しと考えたらどうだろう? 遺体の始末に困って、やむを得ず、ロッカーに一時的に隠した」

「ブッブー。みつるっち、駄目。凶器の問題があるっすよ~。校内に飾ってあった物を盗み出してるんだからねっ。辻斬り殺人をやる分には都合いいけど、校内の殺人に使ったら駄目駄目」

「いや、それはつまり」

 僕は食事を急ぎながら、思考のための脳細胞を精一杯稼働させた。

「万丈目先生は何らかの理由で、辻斬り殺人犯の正体を掴んだ。それはこの学園の関係者だった。自首を勧めるつもりで、通報する前に、先生は犯人と二人きりで対面した。犯人は、まさか自分の犯行が見抜かれたとは予想しておらず、万丈目先生の追及に恐慌を来した。結果、犯人は咄嗟に先生を殺害。凶器の小太刀は、辻斬り殺人に用いるため、肌身離さず持っていた……」

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