第6話 『週明けの殺人者』その6

「いい線行ってるねっ。でも、やっぱり納得し難いなあ。凶器を竹刀に隠した行動に説明が付かない。持ち去ればいいっしょ」

 簡単に否定され、首を傾げる僕。頑張って、苦しい理由付けを捻り出す。

「万丈目先生に知られたんだから、辻斬り殺人を打止めにする潮時だと悟ったとか。だとしたら、凶器は用済み」

「手間暇かけて竹刀の中に隠した理由になってないにゃー。辻斬りに終止符を打つのなら、そのまま現場に転がしておく方が、さっさと逃走できていいっしょ。死体を隠したのも同様だよっ」

 答を知っているかのような口ぶりだな。そうでないにしても、何らかの見当を付けていてしかるべき態度だ。一ノ瀬の意見は?

「ミーの意見? そりゃもう莫迦みたいに単純明快さっ。事実を云い当てているかどうかは全然確信ないけれどね、これが一番すっきりすると思うんだ」

「云ってみてくれよ」

「ほんとーに、みつるっちはこれを思い付いてないのかな? 怪しいなあ。聞いて、がっかりされたらやだな」

「がっかりなんかしないしない」

 大げさに首を横に振ったら、ついでに箸先から御飯ひとかたまりが落っこちてしまった。昼休みの残り時間も少なくなってきたことだし、ここは食べながら一ノ瀬の話を拝聴。

 だけど、一ノ瀬の見解は思いの外短かった。

「じゃ、ずばり――剣豪に疑いを向けさせる」

「は? 音無さんに濡れ衣を着せるってか?」

 おかずを食べかけのまま、口を半開きにした僕を、一ノ瀬はにんまりと見つめ返してきた。

「全ての状況は彼女に向いてるっしょ。現場は剣道部の部室、死体はロッカーから、被害者は部の顧問、竹刀から出て来た凶器は剣豪の持ち物。そして電話で呼び出し、第一発見者に仕立てた」

 僕は唸らされた。単純な見方だが、説明は付く。僕自身がこれに思い至らなかったのは、音無は犯人でないと信じ切っていたこと、一ノ瀬が今朝、音無を疑っていないと明言したことに影響されたようだ。

 さらに推理を発展させてもよかったのだが、熱中のあまり声が大きくなって他人に聞かれてはまずいし、いい加減、食事に集中しないと、弁当を残したまま午後の授業を迎えてしまう。会話を中断し、今度こそ専心。

「剣豪に何らかの形で恨みを持ち、彼女の携帯電話の番号を知ってて、なおかつ刀の盗難時にアリバイのない、七日市学園関係者。これで犯人像をかなり絞り込めるねっ。解決も近い!」

 一ノ瀬は勝手に喋ってる。

「でもさあ、犯人が本当に辻斬りの犯人でもあるなら、恨みを持つ相手に罪を被せるっていうのは、凄く変かもー。すぱっと斬り捨ててしまえば片付くのに。剣豪を辻斬るのは難しくて、あきらめたのかなあ」

 物騒なことを云う。“辻斬る”って勝手に動詞にしてるし。

「もしかすると、剣豪に濡れ衣を着せ、冤罪に陥れる狙いかな。死ぬより辛い生き地獄を味あわせてやる!ってか」

 味わわせる、だ。そう注意したかったのだが、口の中が一杯で言えなかった。

「けど、それなら見ず知らずの人間をやたらめったら殺さなくても、一人か二人で充分足りるのに。あ、いいこと思い付いちゃった。もしミーが殺人をするとしたら、ロジックで辿られないように、わざと変な行動を取ろうっと」

 普段から変な行動を取ることの多い一ノ瀬の、またもや物騒な発言に、口中の物を噴きそうになる。どうにかとどめ、弁当箱を空にし、お茶を飲み干した。

「終わった? じゃあ、戻るかぁ。あーあ、当初の目的は達せられなかったけど、まずまず楽しかった」

 立ち上がり、組んだ両手を天井に突き上げて伸びをする一ノ瀬。当初の目的とは、僕と十文字先輩の会話を聞くことだろうな、恐らく。

 僕は彼女に他言無用を重ねて念押しし、教室に向かった。


 事件に首を突っ込みたがっているのは、一ノ瀬や十文字先輩だけでなく、僕自身もどうやらそうらしいと自覚した。身を守るため、音無にいいところを見せたいため、十文字先輩の仇討ち……と、あれこれ理由を用意できるが、行き着くのは、解いてみたいのだということ。一ノ瀬がいみじくも云った通り、滅多にできない体験を今しているのだ。このチャンスを逃せば二度とないかもしれない。小説を書く上で足しになるし、事件を解けたら自信を得られる気がする。

 だから次の休み時間、僕は行動を起こした。手始めに、昼から登校してきた音無に接近し、探りを入れる。ちなみに一ノ瀬には、君が同席すると話がこじれると云い含め、今回ばかりは遠ざけることに成功した。

「学園長と両親同伴で、警察に事情を話していたんだ」

 音無は僕に、妙な事態に巻き込んで済まないと詫びた(そんなの、いいのに)あと、意外と簡単に話してくれた。

「刀が間違いなく我が家の物であると確認の後、刀を納めた経緯や同じ型の物が存在するか否か、学園での保管体制、盗難が起きた際の処理、その他諸々訊ねられた。私は部室での発見時の様子について、再確認された」

「大変だったみたいだ」

「義務を果たしたまで。刀が辻斬り殺人事件の凶器と認定されたそうだから、辻斬り殺人犯逮捕の端緒となるやもしれぬと、警察は色めき立っている。高校生の私を平日にも拘わらず事情聴取したのも、それ故だろう」

 音無の口ぶりでは、彼女自身が警察から疑われている訳ではないようだが、彼女のことだから、疑われても全てを受け入れ、これも市民の義務だと耐えている可能性だってある。僕がその点を訊ねると、果たせる哉、「よく分かったな」と男勝りの口調で認めた。

「無理あるまい。辻斬り殺人の件は措くとしても、昨日の事件では疑われても致し方ない立場に私はいる。顧問の万丈目先生と部員との間でトラブルがなかったか、散々聞かれた。ぼかして部員と表現していたが、あれは私一人に絞っているのだと思う」

「実際のところ、どうだったの? 万丈目先生はよき顧問だった?」

「何もなかった。万丈目先生は特に剣道にお詳しい訳でなく、何年か前に請われて顧問に就かれたと聞く。可もなく不可もなく、と私が云ってよいものかどうか分からないが、少なくとも私は万丈目先生に感謝していた」

 気丈な口調だったのが最後に来て、ほんの少し、崩れ掛けたような。声が裏返りそうになったのが、僕にも分かった。だが、そのまま崩壊することはなく、持ち堪えた。

「警察が剣道部全員を疑いの目で見るとしても、私は同じことを云う。誰も万丈目先生を殺めはしない」

「ここ最近、万丈目先生に、何か変わった様子はなかったかい?」

 音無は僕を見つめ返しながら、しばらく考えていた。やがて、意志の強さを感じさせる唇が、ゆっくりと動く。

「いや……なかったと思う。今の問い掛けに何の意味が?」

 僕は、万丈目先生が辻斬り殺人犯の正体に感づき、個人的に接近を試みたのではという説を披露した。

「――で、もしそうだとしたら、辻斬り犯と一対一で対面する直前には、当然、何らかの兆候が表れたんじゃないかと考えたんだけど、どうだろうか」

「私からの答は同じだ。なかった」

 僕は時計を見た。次の授業まで一分あるかないか。まだまだ聞きたいことはあるが、情報を得るための質問は切り上げ、十文字先輩が事件に興味を持ち、その後、襲われた一件を伝えた。

「音無さんも注意した方がいいよ。いくら剣道の達人でも、不意を突かれたら」

「そうならないよう鍛練を積んできたつもりだが、折角の忠告、気を付けることとしよう。むしろ、百田君こそ充分に用心してほしい」

 その台詞には、五代先輩に云われたのと近いものがあった。女性ながら柔道や剣道の達人の目には、僕はよほどひ弱に映るとみえる。さすがに音無は僕を剣道部に誘いはしなかったが、代わりにこんなことを付け足した。

「お気の毒とは思うが、無礼を承知で云わせてもらうと、その十文字先輩は介入しなくてよい領域に踏み込んだがために、しっぺ返しを受けたのではないかと思う。警察に任せておけばいいものを」

 暗に、僕を非難したのだろうか。確かめる余裕が今はない。僕は急ぎ、最後の用件を持ち出した。

「それじゃあ、駄目かな。放課後、一緒に先輩のお見舞いに行こうと考えていたんだけどね」

 すると、豈図あにはからんや、音無は首をしっかりと縦に振った。

「勿論、同行する。私のしたことではなくても、源を辿れば我が家の刀が事件を引き起こしたと云える。巻き込んでしまったお詫びをしなくては」

 ちょうど、チャイムが授業の始まりを告げた。


 十文字先輩の足首の怪我は、やはり捻挫だった。強く打たれた首筋には鈍痛が残り、むしろこちらの方が重症だという。結局、母親の強い意向で大事を取り、一日入院に決まった。

 入院先の総合病院に向かったのは、僕自身を含めて総勢四名にのぼった。他の三人は、音無、五代先輩、そして七尾陽市朗学園長。

 一ノ瀬が着いて行くと云い出さなかったのは、幸いだった。事件への関心を失った訳ではないだろうけど、元来、動きたがらない質だから(発作的に遠出したくなる特徴も備えているが)、今は七日市学園か自宅でコンピュータを触っているはず。

 五代先輩が同行するのは不思議と云えば不思議だが、十文字先輩と同じクラスで副委員長、更には父親が警察関係者だからと考えれば納得が行く。柔道の練習を休んでまで見舞うのは、案外本気で心配している模様。

 学園長が普段使う車に乗っていく。ハンドルを握る男は、七尾家お抱えの運転手で名前は知らないし、聞こうとも思わなかった。間近で見るのも初めてだが、若い。大卒一、二年目くらいだろうか。顔の各パーツが若干中央寄りに配されている他は、至って平凡な風貌である。帽子のおかげで個性が消えているが、運転手としてはこれでいいのかもしれない。

「同行なさるからには、学園長も二つの事件に関連があると考えているんですか」

 この場を利して、僕は遠慮なく訊ねた。後部座席で間に音無を挟み反対側に座る五代先輩が、いい顔をしないのが横目で捉えられた。

 助手席の七尾学園長は、ゆっくりと頭を動かし、ルームミラーに視線を投げた。顎髭を撫でると、僕を咎めることなく、親しげな雰囲気を漂わせて答える。

「軽々に判断を下せる問題ではないが、あくまで一個人の直感でよいのなら、関係していると私は思っとるよ。だからこそ、百田君や音無君を同行させた」

「下世話な話になりますが、記者会見をやるんでしょうか」

「いずれ、せねばならん。学園内だけに止まらず、世間の関心の高い事件とつながっておるようだからな。七日市学園のセキュリティは磐石だと信じている。辻斬り犯が出入りできるはずがない。にも拘わらず、辻斬り殺人の凶器が学園内で発見された。この厳然たる事実が公式発表された暁には……」

 言葉が途切れた。云いたくないに違いない。学校の責任者という立場になくとも、考えたくないケース。散々議論した僕には、容易に想像がつく。

「……辻斬り殺人犯は七日市学園の関係者であると、世間は見なす」

 学園長は自身の脳裏に浮かんだ推測を、あたかも一般的な見方であるかのように換言することで、辛うじてプライドを保った。そんな風に映った。

「それに対して、学園長の沈黙は許されまい。ただ、生徒諸君に責はない。恐らく報道の人間が多数押し寄せ、学園周辺を彷徨くことになるが、動じず、毅然とした態度を保ってもらいたい。断るまでもないが、彼らの取材に応じるか否かは、君達の自由。我々教師の側からは、賢明な振る舞いを求めるのみだ」

 訓示的な台詞が出たのを機に、僕は質問攻勢を休止した。これ以上根ほり葉ほり聞くのは、それこそ賢明でない。口をつぐむ代わりに、少し推理を重ねてみる。

 事件のキーポイントは恐らく、凶器の持ち出し及び持ち込み方法だろう。

 僕は事件後、展示のガラスケースを見た。警報装置の類は設置されていないようだったから、あそこから盗むのなら、鍵を使って開けるか、ガラスを破れば事足りる。車を待つ間に音無に訊ねたところ、ガラスの損傷はあったという。厳密さを求めれば、これで直ちにケースの鍵を扱えない者の犯行と断じることはできない。鍵で錠を開けて刀を盗み、施錠した後、ガラスを破壊したという偽装工作の線も否定しきれないからだ。

 鍵は三つあり、学園長と教頭が一つずつ所有、あとの一つは職員室奥にある各教室の鍵を掛けるボードにあった。鍵が行方不明になったことはないらしいが、見咎められずに持ち出し、返しておくのは不可能ではあるまい。

 凶器の普段の隠し場所は、やはり竹刀の中が有力であろう。竹刀に隠して校外に持ち出し、犯行を重ね、再び竹刀に隠して校内に持ち込み、今度の事件で最後の血を吸ったのではないか。そしてもし本当に、万丈目先生が辻斬り犯を見つけ、そいつを呼び出した挙げ句に逆襲されたのだとすれば、犯人は常に刀を携帯していたのかもしれない。刀を竹刀に隠していたのなら、犯人は校内で竹刀を持ち歩いていても不自然でない者だ。

 よって、竹刀に関する犯人の条件をまとめると、


   1.校内で竹刀を常時携帯している

   2.校内に竹刀を頻繁に持ち込める

   3.校外へ竹刀を頻繁に持ち出せる


 となる。

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