最終話 クルミパンの日
進路を決定するまでの、最後の猶予。
それが高校三年間だとお袋に聞かされてきたが。
進路が決定しないと勉強の方針が定まらないし。
あるいはAOや推薦のことを考えれば。
実質、一年半くらいしか猶予はない。
だというのに。
この体たらく。
でも、せっかくここまでじっくり考えて。
期日を随分と超過したんだ。
毒を食らわば皿まで。
こうなったら、俺の夢を思い出して。
本当になりたかった職を。
探し出そうと心に決めた。
……願うならば。
これが、ただの怠け癖という毒ではありませんように。
~ 六月三日(金) クルミパンの日 ~
※
病を治すのに毒を用いる。
悪事を滅ぼすのに悪事を用いる。
将来の夢。
そんなものを捜し歩いて。
未だに見つけていなかったからこそ。
気付いたのかもしれない。
「昔の記憶か……」
それを見つけ出したって。
まったく役に立たないかもしれない。
でも、なぜだろう。
どうにも胸に引っかかる。
とは言えそんな記憶が。
見つかる保証もまるでないわけで。
結局、前に進むどころか。
どんどん悪い状況に陥っている。
……そんな五里霧中という状況で。
ほんのり見えた一筋の光。
満天の星々から一つだけ手に掴んだ。
大切な、過去の記憶。
「クルミパン、おいし……」
そう。
手に掴んだのは。
俺じゃない。
小さいころ、クルミパンが好きだったということを思い出したのは。
過去の出来事思い出し合戦。
昨日、0対1で勝利したこいつのために。
仕方がないから早起きして。
クルミパンを焼いてあげたんだが。
流石に、ちょっとは感謝されるとか。
おるいは、こいつにとっての。
素敵な出来事を思い出して欲しいな。
「……あ。思い出した」
「ん? なにか、素敵な思い出か?」
クルミパンがきっかけになって。
秋乃によみがえった大切な過去。
俺が、その一助となれたのならば。
早起きして、頑張って焼いた甲斐もある。
「思い出したの」
「どんなこと?」
「あたしが好きだったの、ミルクパン」
「うはははははははははははは!!!」
「その場で立っとれ」
……俺たち二人だけ。
いつまでたっても進路が決まらない。
普通なら誘導したり、強要したり。
あるいは放置するのがそんじょそこらの先生だって思うんだ。
でも、こいつは違う。
授業よりも大切だろうと。
二人で話すことによって、考えが深まるだろうと。
こうして、授業中の私語を。
ある程度は黙認してくれている。
今だって。
普段なら、パン工場の生地の上で立ってろって言うところだ。
そして俺が、それはうどん屋だって突っ込むところだ。
さらに、うどん屋ならこれが正しかろうと反撃されて。
俺は廊下で、うどん生地を延々こんな感じにふみふみする羽目に……。
「おいこら。すごいスムースに足元に置いたね、うどん生地」
いつもいつも。
どこから出すんだよこんなもん。
「もっとこう、腰を入れるんだよって」
「やかましい。だれ情報だよ」
「すっごくおいしいおうどんをおすそ分けしてくれる、お花屋のおばさん……」
「どっちのおばさん?」
「…………おうどんっぽい方」
「じゃあ俺には真似できん。きっと腰以外の大切な要素が俺には足りてない」
やれやれ、昼飯は天丼のつもりだったんだけど。
天ぷらうどんに早変わりだな。
もう、今日は何をやっても叱られねえだろう。
俺は、本気で生地を踏んで。
生地を寝かせる工程まで進めたんだが。
そんなタイミングで。
秋乃が、さっきまで齧っていたクルミパンから。
木の実の粒だけ取り出して。
生地に混ぜようとし始める。
「シンプルなうどんならともかく、今日は天ぷらと合わせるから。それは無し」
「……じゃあ、これだけ食べる」
そして秋乃は。
手の平に乗せたクルミの欠片を。
一つ取ってはこりこりと。
楽しみながら齧りだす。
「……まるでリスだな」
「リス……。いいかも……、ね?」
「なにがいいって?」
「将来の夢。リスになるの。飼いリス」
またバカなことを。
子供の夢って、確かにそんな突拍子もないことばかりだけどさ。
さすがにペットはダメだろう。
「もっとまともなこと言いなさい」
「でも……、何がきっかけで思い出すか、分からないでしょ? もっといろんなこと思い付かないと……」
「確かにそうだが、俺の心配ばかりしてないで、お前は自分の将来のこと考えろよ」
「た、立哉君の方が先……」
「なんで」
理由なんて、こいつが優しいからって事に他ならないんだが。
それが証拠に、秋乃は質問には返事をせずに。
にっこり笑って。
こう、呟いた。
「あたし。……立哉君が夢を思い出すの、手伝う、ね?」
「果てしない旅が始まったな。いいからお前は自分の夢を……」
「はっ!?」
「……どしたの?」
「果てしない旅!? あたし将来、旅人になれる! ……ってこと!?」
「……就職おめでとう」
はしゃぐなはしゃぐな。
お前がその仕事してる間。
俺が就職できねえってことに早く気づけ。
まあ、五分後には違う仕事に就きたいって言い始めるであろう秋乃。
こいつなら。
この、優しい発明家なら。
きっと、俺の過去を。
見つけ出してくれるに違いない。
急がなきゃいけないところだけど。
でも、秋乃を信じて。
小さなころの夢を。
しっかりと思い出そう。
それに、クラスのみんなだって。
きっと力になってくれるはず。
俺のことはともかく。
みんな、秋乃のことが大好きだからな。
……そう。
大好き。
大好きだから。
そんな勘違いするんだよ。
まるで鬼の所業と言える行為だが。
勘違いのままと言う訳にも行くまい。
「なあ秋乃」
「ん? なあに、立哉君」
「将来の夢、飼いリスって言ったよな?」
「うん」
「……誰が?」
「立哉君が」
「「「「おえええええええええええええ!!!!!」」」」
「……男子全員、森に行ってリスの写真を五枚撮って来るまで帰って来るな」
こうして、俺の過去の記憶を。
探す旅が始まったのであった。
「こら保坂。貴様もだ」
「ですよね。……じゃあ、まずは一枚」
俺は、そんな旅の相棒が。
恥ずかしそうに微笑む姿をカメラに収めて。
外へ飛び出した、進路の決まっているみんなを追いかけるため。
廊下へ向かって駆け出した。
秋乃は立哉を笑わせたい 第25笑
=恋人(予定)の子と、
進路について考えよう!=
おしまい♪
秋乃は立哉を笑わせたい 第25笑 如月 仁成 @hitomi_aki
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