ローズの日


 ~ 六月二日(木) ローズの日 ~

 ※遺風残香いふうざんこう

  過去のすぐれた人物や風習のなごり




 過去の記憶、か。


 昨日の経験を今日に生かすべく。

 今日の俺は積極的に。


 昔の記憶を辿って。

 自分の夢だったものを思い出そうとしていたりする。


 ひょっとして、そんな記憶の中に。

 何かのヒントが隠されているかもしれないからな。


「とは言っても。なーんも思い出せん」

「が、頑張って……。あたしも頑張るから……」」


 そして、相も変わらず。

 俺を応援しつつ。


 いくつもの職業をぽんぽん口にするこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


「ケーキ屋、おもちゃ屋、駄菓子屋……。あとは……」

「よくもまあポンポンと。子供がなりたそうなもの出し続けられるね」

「子供じゃなくて……、あたしがなりたいもの……」


 じゃあ合ってるじゃねえか。

 そんな言葉は胸の内にしまい込む。


 俺は大人だから。

 そんな言葉を口にして、子供の夢を否定したりしません。


 ……でも。

 どれだけ候補をあげられても。


 俺はため息をつくばかり。


「全部ピンと来ねえ」

「だいじょぶ。まだまだ出るから」

「ほんとすげえな」

「変身ヒーロー、世界を救う勇者、巨大ロボ……」

「最後の子、バカそう」

「そうやって子供の夢を否定したらいけないと思うの……」

「子供の未来を考えてやるのが親の務めだ。もし巨大ロボになったら、海外旅行できなくなるだろ」

「兵器とみなされるから?」

「金属探知機に引っかかるからだ」


 ああなるほど。

 じゃねえ。


 ほんとボケボケし始めて来たね、きみ。


「俺へのヒントであると共に、お前がなりたいものばっかり言い続けてるんだよな」

「うん」

「なりたいの? ヒーロー」

「ちょっと。……だよ?」


 控え目に言った風を装ってるけど。

 着たいんだな、ぴちぴちスーツ。


 しかし、なりたい仕事ってものが決められない俺と違って。


 秋乃は何にでもなりたくて。

 その中から一つを決めかねてるわけだ。


 ……そうだ。

 秋乃がなりたくない仕事って、何かあるのかな?


「お前が就きたくない仕事ってある?」


 それを聞いてどうなるわけでもない。

 でも、興味本位で聞いてみると。


 秋乃は、少し俯いて。

 そしてぽつりとつぶやいたのだった。


「……お花屋さんにだけはなりたくない」

「まあ、言いたいことは分かる」


 坊主が憎けりゃ袈裟も寺もお経も憎いってことだよな。

 今日ばかりは共感できるさ。


「絶対、好きな男子を落とせる髪型って聞いたから……、ね?」

「うん」

「さぞかし素敵な髪形なんだろうって思ってお願いして……」

「うん」

「途中で、おかしいなーって思い始めたんだけど」

「うん」

「おばさん、ご機嫌で嬉しそうにしてるし。止めるのも忍びなくて」

「気持ちは分かるが、花屋のおばさんの言葉にウソ偽りはない」

「好きな男子を落とせる髪型?」


 ああそうさ。

 例えば相手が俺だったら。


 間違いなく落ちる。


 その、無数のバラが活けられた、バカみたいに盛ったドリル頭に目を奪われて気付かないだろうからな。

 目の前で蓋が開いてるマンホールに。


「これ、重い……」

「花束一つ分、頭にのせて歩いてるわけだからな」

「ねえ、も一度聞くけど」

「うん」

「これほんとに、好きな男子を落とせる髪型?」

「落ちるね」


 そう言わないと泣き出しそうだからな。

 でも正直に言えば。


 何をどう贔屓目に見ても。

 バカとしか思えない。


「ねえ、立哉君は、お花屋にだけはならないで」

「タダでものを頼む気か?」

「じゃあ、バラを一輪どうぞ」

「…………これ、売ってもいいか?」


 今日は冴えているようで。

 ポンポン出て来る綺麗なオチに。


 クラスのみんなが。

 楽しそうに笑ってくれている。


 それはもちろん嬉しいんだが。

 素直に喜んでばかりもいられない。


 その訳は二つあって。


 一つは、今が授業中だという事と。

 もう一つは。


「なあ。何で泣いてるんだよお前」

「……歳を取るとな。懐かしい光景を目にするだけで涙が流れるものなのだ」


 教室に入ってくるなり。

 懐かしいだのなんだの言いながら。


 秋乃のふざけた頭を見て。

 涙を流すおかしな教師。


 最初は何事かと息を呑んだクラスの連中も。

 三分も黙っていたらもう飽きて。


 俺と秋乃の漫談を聞いて。

 がっはがっはと笑う始末。


 でも、ようやく先生が泣き止んだから。

 面白いのはもうおしまい。


 そう思っていたんだけど。

 こいつ、秋乃のそばから離れない。


「おい保坂」

「なんだよ」

「懐かしいついでに、無理を承知でお願いしたい事があるんだが」

「よく分からんが、随分大切な思い出なんだろ? なんでも聞いてやるぜ」

「立っとれ」

「ぜってえ嫌だ」


 こら、面白は終わりって言ったろうが。

 トリオ漫才始めてどうする気だ。


「貴様。立たんのか」

「立つかい」

「……ならばやむを得まい」


 そう呟くと、先生は

 ぱっかんする古い型の携帯を取り出して。


 どこかにメールし始めたんだが。


 こっそり画面を覗き見ると


 『立っとれ』とだけ書いて。

 どこかに送信していた。


「誰に送ったんだよ!」

「やかましい。昔の知り合いだ」


 また過去の話か。

 こう連発されると。

 俺も自分の過去のことが気になり始めて来た。


「それより、俺の命令を聞けんのなら罰として立っとれ」

「前門にも後門にもお立ち台が設置してあるんだが?」

「まあまあ、先生。これをどうぞ」

「買収すんなよ秋乃」


 秋乃が、頭からバラを外して。

 手渡したあと、頭を下げる。


 すると先生は。

 またもやハンカチを取り出した。


「……懐かしいな。もっともあの時は、そんな頭に挿されたクラッカーから紙吹雪を浴びせられたんだが」

「なんだそのエピソード!?」

「思い出すと、泣けてくる」

「どこに泣きの要素があるんだよ!」


 どれほど綺麗な昔話なのかと。

 勝手に想像して胸を打たれてたのが馬鹿馬鹿しい。


 でも、呆れた俺に反して。

 秋乃は、わたわたしながら、変なスイッチを手に取ると。


「た、立哉君を笑わせるために作っておいたんだけど、先生に使っていいよね?」

「なんの話か知らんが、構わんぞ?」


 そんな返事に頷いた秋乃が先生に向き直り。

 頭を下げてからスイッチオン。


 すると、ドリル髪がバカンと爆発して。

 中から飛び出た紙テープが、先生にこれでもかと降り注ぐ。


「…………保坂。立っとれ」

「俺なんかい」


 仕方が無いから。

 俺は、腹を抱えて笑うみんなに見送られながら廊下に向かったのだった。



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