百人一首の日


 ~ 五月二十七日(金)

   百人一首の日 ~

 ※骨牌こっぱい/かるた

  カルタの事。難読漢字として有名な

  ものだが、実は骨で作った麻雀牌の

  ことでもあるので早合点に注意。




「花の色は~」


 ばん!

 ばばん!


 目にもとまらぬ動きで腕が払われると。

 畳の上を札が舞う。


 テスト明け、一発目の部活探検同好会。

 三年生はお休みとしていたんだが。


 進路の参考になるかもしれないからと。

 強引に連れてこられたのは、ここ。


 かるた同好会だった。


 でも、競技かるたを見たって。

 進路を思い付くはず無いだろうし。


 しかも初見が混ざっていたりしたら。

 説明するだけで手一杯になることだろう。


「え? え? え? なに今のぉ!」

「先輩。自分で調べるの面倒だから教えて」

「分かりやすいなお前らは」


 勝手に遊んでる二年トリオは経験者。

 でも、華瑚かことみらいのタイムマシンコンビは。


 ご覧の通りだ。


「百人一首、やった事ねえのかよ」

「お正月になら」

「弟となら」

「それを極めるとこうなるんだよ」

「……ならねえよ」

「うん」


 はなから理解してくれない二人に。

 どうやってこの面白さを伝えたものか。


 俺は、うまい方法はないものかと。

 首をひねってみたんだが……。


「吹くからに~」


 ばばばばん!


「うわさっきより加速したぁ!」

「先輩。早く教えて」

「今のは一字の決まり札だからな。『ふ』の時点で札を……」

「わけわかんねぇ」

「意味わかんねえ」

「とにかくほんとに、お正月の百人一首をガチでやるとこうなるんだよ」

「わけわかんねぇ」

「意味わかんねえ」

「まあ、実際にやってみるべ」


 俺は一言断って。

 百人一首の箱を開いて。


 取り札を適当に並べてみた。


 すると、下の句を読み始めてから。

 かなりの時間を置いて。


 みらいちゃんがのっそり一枚取ったんだけど。


「……そうか。百首全部丸暗記してるのか」

「それだけじゃ勝てねえけど、まずはそこからじゃないのか?」

「じゃあ面倒だからやらない」

「おい」

「あ、なるほどぉ。最初の何文字かでどの札か分かるのかぁ」

「そうそう」

「それってただの記憶力ゲームぅ?」

「違うんだそうじゃなくて」


 結局、やらせてみたらなおのことつまらなそうにし始めたから。

 俺はルールを説明しつつ。

 札の配置とか送り札とか。

 戦術的な面白さをとくとくと説明してやったんだけど。


「…………面倒なだけ」

「プレゼン下手だなてめえ」

「まあそうなるよな」


 どうして俺は説明下手なんだろう。

 我ながら予想通りの結果に天を仰ぐ。


 でもそんな時。

 助け舟を出してくれたのは。


「じゃあ……。いっぱい取った方に、フラッペご馳走してあげる」


 普段は俺に頼り切りなくせに。

 後輩どもを前にすると、そんな衣を脱ぎ去って。


 途端にお姉さんぶるのは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


「……立哉君が」

「良かったよ、頼りっきりって評価が無駄にならなくて」


 口をとがらせて秋乃を睨んでみたものの。

 でも、こいつのご褒美作戦は。


 二人のやる気に火をつける。


「そういう事なら」

「いざ勝負」

「現金なことで」


 試合途中だから適当に札を並べて。

 見よう見まねで、正座をしながら低い姿勢を取る一年コンビ。


 そして読み手の二年生が。

 詠み札を手に取ると。


「瀬を」


 ばんっ!


「いてっ!」

「ちっ。狙ってたのに」

「これ知ってるから」

「おいこらいろいろ突っ込みてえんだけど」


 まず、部員の皆よりも早く取ってたみたいだけど。


「じゃあさっきまでのはなに? 手ぇ抜いてたって事?」

「これは知ってる」

「有名な歌だろうが」


 ああそう。

 でも、もう一個。


「俺に当てるな。脛に食らって、地味にズキズキ痛いんだが」

「どんだけ飛ばしてもいいって、さっき教えたのは先輩」

「そんなとこに立ってるお前が悪い」

「いや、狙ってるとしか……」

「静かに」

「次の札が読まれっから」


 うぐ。

 しょうがねえな。


 じゃあ、秋乃の後ろに隠れて座ってよう。


「由良のとを」


 ばばん!


「いでっ!!!」

「へへっ。これは場所覚えてた」

「くそう。知ってるやつだったのに」

「ほんとさ! なんなんだよ!」


 手裏剣みたいに飛んで来た札が耳にかすったんだけど!

 あとおまえら。


「騙してんじゃねえ! 同好会の皆さんが目ぇ丸くさせてるじゃねえか!」

「そりゃ、知ってる歌なら」

「覚えてた場所なら」

「相変わらず、呆れるほどのスペック持ってるよなお前ら」


 遠くまで飛んで行った札を回収する間。

 ゲームは止まる。


 その時間を利用して。

 俺がぶつぶつと文句を言い続けていると。


「ああうるせぇ。今度こそ顔にぶつけてやる」

「やっぱワザとじゃねえか」

「あたしはワザとじゃない。脛なんて狙ってなかった」

「おお。みらいちゃんのは偶然だったか」

「あたしは、消したいものにぶつかりますようにって願いながら払った」

「よけいやなこと言われるとは」


 同好会の皆さんも。

 これにはさすがに大笑い。


 一年コンビのふてぶてしさに。

 俺も肩をすくめながら、苦笑いするしかなかった。



 ……結局。

 二人はそれなり楽しみ始めてくれたようだから。


 次の試合では。

 俺も秋乃と戦ってみる事にしたんだが。


「……お仕事、見つかった?」

「かるたは趣味で遊ぶもんだろ。プロとか無いし」

「かるた取る人じゃなくて、掲載されて印税を稼ぐという手も」


 ああなるほど。

 なにも、競技するだけが仕事じゃない。


 それこそかるたを作る人とか。

 イラストライターとか。


 そう考えればいろんな可能性が見えて来るな。


「すごい発想力だなお前。じゃあ俺、百一人目?」

「ううん? 入れ替え制」

「だれを引退させるのよ」

「こいつがきらいだから、クビ」

「お前の祖先と蝉丸との間に何があったのか?」


 前にも嫌いとか言ってたよな。

 まあ、お前の趣味はどうでもいいか。


「それより、お前は仕事見つかったのかよ」

「見つかった……」


 また思い付きか。

 でも、聞いたのは俺だし。


 無下にするわけにもいくまい。


「なにになるんだよ」

「お姫様」


 そう言いながら、秋乃が手にした読み札は。

 式子内親王しょくしないしんのう


 後白河天皇の第三皇女だから。

 姫と呼んでも差し支え無さそうな人だけど。


 それにしたって。

 姫様かよ。


 職業かと問われれば。

 微妙な線。


 そしたら俺だって。

 お殿様って職が可能って話になるが。


 ……殿様か。

 一体どんな仕事すりゃいいのかよく分からんが。



 ちょっといいかも。



「姫様は秋乃で」

「うん」

「俺が殿様か」


 そんな姿を想像していたら。

 こいつは意外にも。


 首を横に振る。



 ……俺じゃいやなのか。

 釣り合わないよな、やっぱり。


 慌てて誤魔化そうと。

 うまい言い訳を考えていたら。


 秋乃は、札を一枚手に取って。


 ぽつりとつぶやいた。



「立哉君は、坊主」

「うはははははははははははは!!! 姫の対義語じゃねえからそれ!」


 しかも蝉丸って!


「お前は俺を消そうとしてるのか!? そいつ、さっき二軍落ち宣告をいてっ!!!」


 そして今度は。

 一年コンビから二枚の手裏剣が飛んで来たんだが。


「ちっ。おしい」

「もっとスナップを利かせないと……」


 こいつらも。

 俺を消そうと目論んでいたようだ。



 ……だれか、俺の心情を。

 うまいこと歌にしてくれ。

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