源泉かけ流し温泉の日
~ 五月二十六日(木)
源泉かけ流し温泉の日 ~
※
すっぽんぽんになること。
失礼極まりない振る舞いのこと。
テストが終わったこの日だけは。
ぱーっと遊びに行こうと計画していた舞浜軍団。
試験終了と共に一目散に駆け出して。
お昼も食わずの二時間移動。
電車とバスに揺られ揺られて。
辿り着いたこの場所で。
現在、羽根とは言わねど。
手足を思う存分に伸ばして。
まるで垣根向こうに茂る大樹の葉のように。
夏日となった、痛いほどの日差しを。
文字通り全身で浴びていた。
「暑い気持ちいい……」
「気持ちいい暑い……」
「下手すりゃ焼けるぞこれ」
露天風呂に大の字で浮かぶバカ三人。
まばゆい光がうまいこと股間を隠す。
女性に人気の、日帰り入浴可能な温泉宿だけに。
『殿』の暖簾からこっちは。
俺たちの貸し切りになっていた。
……何日か前。
遊びに行く場所を相談していた時。
秋乃が、部活探検同好会の活動で出かけた温泉の話をすると。
きけ子と王子くんが。
一も二もなく食いついた。
姫くんだけは、明後日に控えた一年生公演の準備のため欠席だったので。
賛成三票に対して。
温泉なんて楽しめるかなどうなんだろう三票。
かくして、渋る男子の尻を蹴るうら若き乙女たちによって。
半ば強引に連れてこられたわけなんだが。
「すげえ気持ちいいな~」
「おお。後でサウナも楽しもう」
「しかし腹減ったな。昼飯は風呂の後って、拷問みてえなこと言いやがる」
俺が口を尖らせると。
パラガスと甲斐の二人から。
同時に届いた深いため息。
「立哉~。女子にとって、ここは戦場なんだぜ~?」
「そうだ。絶対に負けられない戦いを繰り広げる前に、戦力を万全にするのは当然だろう」
言われてみれば、なるほどだ。
俺たちにはまるで違いが分からない、ミリ単位の勝負。
でも、そんなとこ見てる余裕あるのかね。
だってこの温泉宿、どこを見渡してみても。
「しっかし、植物と言い置物と言い」
「こういうのよく分からない俺でも~。なんかいいなって気がする~」
「だよな」
「だよな~」
そう。
俺だって、自慢じゃないが美的センスは皆無だ。
そんな俺でも。
「ああ。ずっと見ていられるよな」
見事な岩陰から覗く灌木。
玉砂利の海に一抱え程の美しい石。
庶民にも分かりやすく。
日本庭園の美しさを伝えてくれるこの旅館には。
実は、女性に大人気の。
映え写真スポットまで存在する。
広くて落ち着いたロビーの一角。
薄いガラスの向こうに小さく垣根で区切られた箱庭は。
一見すると、美しい小型の日本庭園。
でもよくよく見ると、木々や石が。
作り物の和菓子で出来ている。
お菓子の家ならぬ。
和菓子の庭。
常にガラスの前には撮影待ちの女子がいるせいで。
俺は遠目にしか見たこと無いんだよな。
「それにしてもさ」
今日こそは、あの人気スポットをじっくり堪能しよう。
そんなことを考えていた俺に。
甲斐が、お得意の堅苦し目なトーンで声をかけて来た。
俺は浮かぶのをやめて。
湯船の底に尻をついて、顔だけお湯から出してみると。
甲斐も同じ姿勢になってお互いの顔を見合う。
「なに」
「お前、なりたいもの決まったのか?」
「俺より前にパラガスに聞け」
その話題はちょっと困る。
俺は甲斐が向けて来た鉾の先を、ちょいとずらしてみたんだが。
「俺~。もうなりたいもん決まったよ~?」
意外な返事をされて。
慌てることになった。
「まじか。何になりたいんだ?」
「おかねもちになりて~」
……このやろう。
慌てて損したじゃねえか。
「職業の話しだろうが!」
「具体的に言え」
「具体的に~?」
「「そう」」
するとパラガスも湯の中に座って。
しばらくゆらゆら左右に揺れながら考え込んでいたかと思えば。
「蕎麦屋に入って~、かつ丼の『上』って躊躇なく頼めるようになりたい~」
「そっちの具体的じゃねえ!」
「でも、上か」
「それくらいビッグになりてえ~」
「……上か」
「ああ。確かにビッグだな」
「ビッグだな」
親と一緒に行ったって。
何でも好きなもの頼んでいいぞと言われたって。
『上』とは頼まん。
具体的なことは何も分からなかったが。
ある意味参考になった。
男として生まれたからには。
『上』と注文できるような大物にならねえと。
「まあ、そんな話は今日は無しにしようぜ~?」
「確かに。今日くらいは羽目を外したいな」
「おお~。ゆうた、分かってる~。じゃあ俺から行ってくるね~?」
さっき話してたサウナに向かう気か。
湯船を出たパラガスは、屋内に向かうかと思ったんだが。
まるで何かを探すようにふらついて。
あっちへこっちへ揺れ歩く。
「のぼせてるじゃねえか。そんな状態でサウナに行こうとするな」
俺と甲斐は慌てて風呂から上がって。
パラガスの腕を肩にかけ。
両側から支えてやると。
「サウナなんかに行かないよ~?」
「じゃあどこ行く気だ?」
「女子風呂~。こっちから女の子の声がする~」
正面の垣根に視線を向けて。
こいつは歩き出そうとし始めたから。
俺と甲斐は、せーのと同時に口にして。
お互い、パラガスの足を片方ずつ抱えると。
そのまま温泉落下式のツープラトンバックドロップだ。
「ぶはぁっ! 溺れるかと思った~!」
「ちっ。し損ねたか」
「千載一遇のチャンスを」
「痛いし大股開きにされるし酷くね~!?」
「お前のオツムが一番ひどいわ」
「だが御開帳についてはちょっと悪かったと思っている」
「こうなりゃ~! 強行突破~!」
「こいつ懲りてねえ!」
「うわっぷ! なにしやがる!」
パラガスは長い腕でお湯を俺と甲斐に向けて跳ね上げると。
ひるんだ隙にとばかりに。
温泉を飛び出して垣根に走る。
「こら止まれど変態!」
甲斐は湯底で足を滑らせたんだが。
なんとか俺が間に合って。
間一髪。
パラガスの背中を。
思い切り足蹴にすることに成功した。
……あ。
ちょっと今のなし。
「うわしまった!」
「ごはああああ~!」
吹っ飛ぶパラガスがなぎ倒した垣根。
そして、呆然と立つ俺の目に飛び込んで来たものは。
……おそらく、世間一般。
大方の予想を覆したことだろう。
そこには秋乃、きけ子、王子くんばかりか。
沢山の女性が俺を見つめているという信じがたい世界が待ち構えていた。
そう。
ここはパラダイス。
誰もが一糸まとわぬ姿で慌ててしゃがみ込む。
『姫』の暖簾の先にある桃源郷。
……だったら良かったんだけど。
「きゃーーーー!!! きゃーーーー!!!」
「誰か! 誰か来て!」
「きわめて特殊な受動型の変態が現れました!」
「もうお嫁に行けない!」
垣根を越えれば。
そこは和風おしゃれロビーから見えるミニチュア可愛い日本庭園。
女性客がわんさか集い。
誰もがカメラを向ける場所。
俺はそこに。
見世物として突如出現し。
見世物を見世物したまま立ち尽くす。
……そんな騒ぎの中。
一人、秋乃だけは俺を見つめ。
薄いガラス越しに。
「だ、大丈夫、待っててね? 今、『パンダ来日』って紙を貼るから」
「うはははははははははははは!!! 確かにオールヌードだけれども!」
もちろん、こんなに上手におしゃべりできるパンダはいない。
俺たちはこっぴどく叱られて。
垣根の修理を手伝わされることになったのだった。
「た、立哉君大変」
「携帯いじってねえで、手伝ってくれよ」
「でも……。トレンド入り……」
そして俺は。
お嫁に行けなくなったのだった。
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