食堂車の日


 ~ 五月二十五日(水) 食堂車の日 ~

 ※草行露宿そうこうろしゅく

  苦しい旅をすること。




「何の仕事がいいんだ?」


 秋乃のなりたいものを聞き出そうと。

 通学途中、そう質問したんだが。


「旅をしたい」


 全てが間違っている返事をしてきたのは。

 舞浜まいはま秋乃あきの


 何が間違っているかと言うと。


 まず一つ目に。

 旅ってどういうことよ。

 俺は職業を聞いてるんだ。


 二つ目には。

 質問してから別の会話を挟んで。

 かれこれ一時間後に返事してきてどうする。


 そして最後に。



 今は。

 テスト真っただ中です。



 秋乃の言葉を耳にした。

 モラルの高い数人から。


 ゴホンゴホンと咳払いが湧く。


 そして、そんな連中を含め。

 かなりの人間が。


 長文読解一問目。

 ジャックが月末に計画していたことについて。


 答えの、『好きな女性に告白しようとした』ではなく。

 『フラれたから北へ向かう電車に乗った』と書いてしまったことだろう。


「授業中ですらレッドカードもんなのにさ、お前」


 黙りなさいという意味でつぶやけば。

 こいつはどうやら、相手をしてくれるものと勘違いしたらしく。


「あるいは……」

「こら。いい加減に……」

「立哉君の作ったごはん食べたい」

「う。……む」


 嬉しそうにささやき続けた上に。

 重ね重ねの勘違い。


 でも、突っ込みづらいな。

 嬉しいことを言いやがる。


 俺が、ちょっと喜んで。

 ちゃんと叱れなかったからだろう。


 秋乃はテストそっちのけで。

 こしょこしょと、俺の料理を褒めちぎりだした。


 こらこら、いつまでその調子で話してるんだ?

 さすがに黙らないと、叱られるどころじゃ済まないぞ。


 しかも旅とか。

 ご飯食べたいとか。


 せめて、何の仕事に就きたいかってことを……。


「あ」


 ほらみろ、お前が料理のことばっかり話すから。

 長文二問目の答え、俺が書いた英文。

 ジャックが観覧車の中で本格中華作り始めちゃったじゃないか。


 ……豆板醤って、英語でなんて言うんだっけ?


「こ、この間の……。チンジョウスールが美味しかった」


 いつもでも続く秋乃の無駄話。

 これが聞こえる範囲にいるであろうみんなは。


 陳情してどうすると突っ込みたい連中が半分。

 お腹を鳴らした奴らが半分。


 今、秋乃のせいで。

 クラスの平均点が五点は下がっているはずだ。


 そして、最も被害を被っているのが。

 俺な訳なんだが。


 だって、さっき頭の中のコーヒーカップで作ってた本格中華。

 ホイコーローだったから、思わず鍋を振る手を止めちまったよ。


 なにお前、コーヒーカップで料理しろって要求した挙句。

 途中まで作った料理の軌道修正をお望みなの?


 ひとまずここから降りて。

 正面に見える、電車の形した中華屋台に行こう。


 ほら、中で座って食えるらしいし。

 チンジョウスールでもコイローホーでも好きなもん頼め。


 え? なんだって?

 俺が作った料理食べたい?


 無茶言ってねえでメニュー広げろよ。

 俺はチャーハンと餃子でいいから、お前はゆっくり決めろよ?


 その間に問3片付けるから。


「でも、旅もしたいの……」

「電車動き出した!」


 もちろん小さなつぶやきだったが。

 先生の耳に届いたかもしれん。


 もはや一刻の猶予もない。

 今すぐこいつの無駄話か息の音かを止めなければ。


「カンニングと思われるしみんなの迷惑!」


 小さいながらも厳しい声で。

 ぴしゃりと秋乃をシャットダウン。


 でも思いの外、険のある言い方になってしまったようで。


 秋乃はびくっと身体を強張らせた後。

 しょんぼり肩を落としてしまった。


 ああもう面倒な子ですね。

 なんとか機嫌なおしてもらわねえと。


 俺は急いで回答欄を埋めて。

 シャーペンすら握ってない秋乃にひそひそと声をかけた。


「謝るから。ちゃんとテスト受けろ」

「だって、何の仕事がいいんだって聞かれたからずっと考えてたのに……」

「だから悪かったって」

「あたし、旅をしながら立哉君の料理を食べたいから……」

「そんな仕事ねえけどな?」

「だから、食堂車で料理作る人になって?」

「うはははははははははははは!!! 俺の仕事の話じゃねえ!」


 秋乃のおかしな性格を治すのと。

 俺の突っ込み体質を治すの。


 どっちが楽なんだろうなと考えながら。


 俺は、テストの残り時間の間。

 廊下で逆立ちし続けた。



「……どうだ。頭は冷えたか?」

「余計熱くなるわ」

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