第5章 崩れ去る均衡(8)

8

 聖竜暦1250年1の月3の日――

――メイシュトリンド王国王都メイシュトリンド王城国王執務室。


 ヒューデラハイド王国事後対策会議が、今日も開かれていた。

 メンバーは王を含む先日の4名に加えて、世を導くもの・リチャード・マグリノフも加わっていた。


「ヒュドラーダの大使メンデルから書簡が届いた。此度の首謀者と名乗るものが現れ、面会をしたということだ。今後、交渉を重ねて今後の対応を協議してゆくことになりそうだという内容だった。ついては、大使に対して、どのような方向性での交渉へ持ってゆくかということにつき、意見を聞きたい」

カールス国王が会議の主旨を述べた。


「なんと! で、そやつはどのような輩でありまするか?」

開口一番はキリング将軍だ。守備に定評のある将軍だが、会議の場においてはいささか性急な感じがあり、大抵は一番に口火を切る傾向がある。まあそのおかげで、会議の進行がスムーズになるのはありがたいことなのだが。


「まだ、年若き少女だという話だ。名前はミュリーゼ・ハインツフェルト。かつて、ヒュドラーダの南、海岸線に位置していたメリドリッヒ王国の貴族家にあった家名らしい――」

カールス国王はメンデルの書簡にあった報告のままに答えた。


「“メリドリッヒの神童”――、そうですか、彼女は生きていたのですね」

意外な人物が口を開く、リチャードだ。


「先生はこの人物をご存じなのか?」

カールスが驚きを隠さずに問う。


「ええ、知っておりますとも。こちらの国へ参る前、一度興味本位で立ち寄り、彼女と会談を持ったことがあります」

リチャードが答えると、


「私もその件なら、耳にしております。“メリドリッヒの神童”という異名は、まだ7歳の時、ヒューデラハイドがまだ保有国になる前のこと、実はこの保有国の権利を争ったもう一つの国がメリドリッヒだったのですが、何を隠そう聖竜との契約について反対派としてメリドリッヒ国王に陳情したものが、この“メリドリッヒの神童”だったのです――」

ゲラートはさすがに耳が早い。


「さよう。彼女はわずか7歳にして、聖竜との契約についての問題点を論理的に当時のメリドリッヒ国王に説きました。その理論は一部の隙もない完璧なものだったと言います。しかしながら、メリドリッヒ国王はこれを容れず、ハインツフェルト伯爵家を過疎地へ異動させました。つまりは、彼女を遠ざけたかったのでしょう。結果として、ヒューデラハイドとの抗争に敗北したメリドリッヒはのちに、反逆罪として滅亡させられました。その後、ハインツフェルト伯爵家も取り潰されたと聞いております」

リチャードが遠くを見るような目で受けた。

「私が彼女と面談をしたのは、その抗争の直前でした。聖竜との契約ドラゴンズ・プレッジの問題点について論じてみたかった私が、彼女の“神童ぶり”に興味を持ったからです。結果としてではありますが、私は今ここにおります」


「なんと、先生ですらその少女の影響を受けたと申されるか――」

カールス国王はさらに驚愕した。


「先生、彼女はそれほどに優秀なのですか?」

ゲラートがリチャードへ質問する。


「私が出会ったのはわずか7歳の少女でした。そのわずか7つの女の子が大の大人に対して、ましてや、数百年を生きるエルフ族に対して臆せずに物事の真理を語るなど、できますか? それだけでも瞠目に値するたたえるにたることですよ。ましてや影響を与えるなど、まさしく“神童神の子”でしょうな」

リチャードは静かな表情で答える。プライドの高い彼にしてみれば、『影響を受けた』という言葉はまさしく、称賛の言葉であろう。


「なるほど、その少女の天才ぶりはわかった。で、その少女は今後何を要求してくると考えておられる? 彼女と話したことがある先生ならば、彼女の意図が読めるのではないのですかな――」

今まで黙って聞いていたフューリアス・ネイ将軍が鋭く切り込む。


「ええ、彼女が求めるものはわかっております。答えは『』です――」

リチャードはあたかも当然のごとく答える。


「――? つまり、どういうことですか、先生」

カールス国王はたまらず聞き返す。


「言葉通りですよ、カールス国王。でしょう、ということです」


「つまりは、『不干渉』ということか――。放っておいてくれと、そういうことだな」

フューリアスはそう受け止めた。

「彼女はつまり、こちらには手を出すな、こちらのことはこちらでやるから、そちらは関わらず放っておいてくれと、そう要求するということだな――。であれば、問題は、その“神童”は何がしたいのか、ということになるが――」


「それもわかっています。会談の時、私はそれを聞いておりますからな――。ただ、わたしとしてはそれはいささか無理がある、と、そう思っておったのですが、もしかすると、この『聖竜との契約ドラゴンズ・プレッジ』がその引き金となったのやもしれませんな――」

そこまで言って、リチャードはひと呼吸置くと、

「『デモ・クレイス』――。統一語でいうと、『民主主義』とでも言いますかな――、それが彼女の目指すものでしょう」

そう断言した。


――――


作者註:本文内に出てくる『デモ・クレイス』という言葉はあくまでもこの世界における造語として作者が付けた名称です。

 実際的には、『デモクラシー』と『民主主義』は現代社会においては完全一致ではないと考えられる方もおいでかもしれませんし、私自身の勉強不足で言葉が釣り合わないというご指摘もあろうかと思います。

 が、そこはご容赦願います。よろしくお願いいたします。

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