第5章 崩れ去る均衡(6)

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 聖竜暦1249年12の月21の日――

――ヒューデラハイド王国王都ヒュードラダ、王都郊外の森。


 王城は燃え盛る炎に包まれていた。

 ネル・カインリヒは命からがら王城から脱出に成功していたが、全身は擦り傷や打撲で満身創痍だ。

(あの分では、国王ルークはもう既に命はないだろう――)

 炎で真っ赤に染まった王城の上空は、夜中だというのに昼間のように煌々と照らされていた。

 

 いったい何が起きたのか?


 

 数時間前――

 突如としてそれは起こった。

 王城に大勢の群衆が波のように押し寄せたのだ。


 王都のみではなく、近隣の村や町からも加わったのであろう。その数は数万を超えていた。

 計画は周到だった。

 これほどの群衆を集結させるのに、一度にやれば、さすがに王都の衛兵たちも不穏な空気に気付くだろう。しかし、やつらはゆっくりと長い時間をかけて、少しずつ王都や王都周辺の村や町に集結していたのだ。

 そして、計画通りに今夜一気に王城へと押し寄せた。

 王都中の民衆らは、王城へと迫り、火をかけ、壁を壊し、窓を打ち破り、破壊の限りを尽くした。抵抗するものは容赦なく切り殺されたり、殴り殺されたりした。

 瞬く間に王城は蹂躙され、民衆は口々に「王を殺せ!」と連呼していた。

 国王ルークは赤炎竜ウォルフレイムを呼び出し、群衆に対応するように懇願したが、

「これは契約の範囲外である」

と言って、取り合わず姿を消してしまった。


 そうなのだ。

 「聖竜との契約ドラゴンズ・プレッジ」においては、対外的手段としての運用についての取り決めであって、内政には関与しないということになっている。

 内政は契約者が自らの力で為すことが、「聖竜との契約ドラゴンズ・プレッジ」の要件なのだ。

 この度の騒乱は、明らかに民衆の蜂起であり、これはまさしく「内政」問題であった。

 そして、契約者はそのもの自身との一代契約であるため、契約者が死ねば、その契約も終了する。

 つまり、赤炎竜ウォルフレイムはルークの死をもって契約から解放されることになる。


(とにかく俺も見つかれば命をとられる恐れがある。ここまではうまく逃げ延びたが、さて――)


 ネルは、自分の身に付けている上着を脱ぎ去り、髪をくしゃくしゃにかき乱して、夜陰に紛れ森の奥へと姿を消した。



――――



 聖竜暦1249年12の月24の日――

――メイシュトリンド王国王城国王執務室。


 カールス国王は頭を抱えていた。

 我が国が庇護を受けている南の大国、ヒューデラハイド王国の惨状の報告が先ほど届いたからである。即刻、重臣たち――ゲラート、キリング、フューリアスの3名を集め、意見を求めていた。


 ヒューデラハイド王国の現状は以下のようなものであった。

 まず、王城は焼け落ち、国王ルーク・ナイン・ジェラードは捕縛され、群衆の前に引きずり出され、そして吊るされた。 

 群衆を扇動したのが何者なのかは皆目見当がついていない。

 ただ、武装はほとんどしていなかった様子なので、どこかの国家が介入しているとは考えにくかった。隣国のレダリメガルダあたりの策略かとも疑われたが、聖竜も姿を現してはいないし、レダリメガルダ自体、万一に備えて国境や、関門に防衛陣を敷いたほどであったため、その線は薄いと思われる。

 かつての王都ヒュドラーダはいまや無政府状態であり、王城の倉庫に大量に備蓄されていた食料は民衆の手に渡ったと見える。

 ともかく、こんな大それたことをやってのけるには、小規模の民衆の集まり程度では不可能である為、そのうちにその首魁の存在について明らかになるであろう。

 事実上、ヒューデラハイド王国は消滅した。

 このことの意味の方が今は大きい。まずは同盟国であった我が国はどのように対応するのかが迫られている。次に、この騒ぎの中にあって、いまだ姿を現さない赤炎竜ウォルフレイムはどこへ行って、なにを考えているのか。最後に、このクーデターは今後どのような影響をもたらすのか。

 様々な点につき仮説を立て、対応を協議する必要がある。


「とにかく、南の国境に守備部隊を配置し、国境の警備にあたりましょう。その民衆たちが何を考えているのか、なにを目論んでいるのかわからない現状ではこれが最優先かと思われまする」

さすがに、守りに定評のあるキリング将軍らしい発言だ。


「それはすぐに手配しておる。すでに国境へ向けて守備隊5000を送る準備に入っている。それよりもだ、いったい何が起きているのだ?」

カールス国王はさすがに少しいらだっている様子だ。


「は、ヒューデラハイドはさきの聖竜の晩餐において国家の食糧供給減の要ともいえる穀倉地帯を失いました。その後、我が国からも再三、支援物資を送り続けていたのですが、どうもこれを、民衆には配給せず、自身の国庫に眠らせていたようです。当然民衆は飢え、国家への不満も募りましょう。その結果がこれだと考えられます」

ゲラートは、当然の推測をしたまでに過ぎない。仕方がない。情報が少なすぎるのだ。


「いずれにしても、今は何もできないでしょうな。キリング将軍の言う通り、国境の防御を固めて、しばらく様子を見るしかありますまい――」

フューリアスですら、明確な手立てや推察ができないでいた。

「しかし、厄介なのは、この騒ぎを扇動したやつがいたとして、その目的がただ食料を確保するためだけというのは少々都合がよすぎる結論付けだということであります。もし何か別の思惑があったとしたら、今回のクーデターの成功は、世界秩序に修復不可能なが入ることになりますな――」


 それと気になるのは、赤炎竜ウォルフレイムの行方だ。

 未だその所在について明らかになってはいない。腹を空かせ、契約から解き放たれた聖竜が次にどのような行動に出るのか。

 その動向が注目される。

 

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