第5章 崩れ去る均衡(5)
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聖竜暦1249年9の月16の日――
――メイシュトリンド王国王都メイシュトリンド王城国王執務室。
「――という内容の書簡がヒューデラハイドから届いた」
と、カールス国王がソファに腰かけるゲラートに告げた。
「つまるところ、支援物資を送れということですね――。先日の聖竜の晩餐がヒューデラハイドの穀倉地帯を焼いたとのことでしたが、普段からの備蓄が準備できていなかったか、足りなかったか――」
ゲラートはそう推察しながら、
「取り敢えず、いくらか送るとしましょう。おそらく直ちに飢えるということはさすがにないと思いますが、そのあたりは状況を見定めつつ追加していく方向で手配いたします」
と続けた。
「ああ、そうしてやってくれ。しかし、今度は田畑を焼くとは――、聖竜というのは何ごとも加減というものを知らぬのだな」
カールス国王はため息をつく。
「そもそも聖竜は4大素粒子の顕現、自然の脅威そのものですからな。自然現象というものは人類の事情など考慮してはくれませぬ。竜巻や大雨、地震や津波など、古来からその大小の差異はあれど、自然現象に対して人類は無力であります」
とゲラートが請け合う。
「たしかにな。四聖竜はなまじ人の形を成してあらわれ、意思の疎通が可能な存在であるため、そのような淡い期待をいだいてしまうのであろうが、そう考えれば、至極当然のことなのだろうな――」
――――
聖竜暦1249年9の月30の日――
――ヒューデラハイド王国首都ヒュドラーダ郊外。
シエロは、輸送部隊の先頭を馬に乗って進んでいた。
これまで、2日間にわたってこの国の状況を見てきたが、聖竜の晩餐からまだ2週間しか経っていないのに、そこかしこで、飢えた住民を見かけた。
それに対して、輸送ルート上にある国が管理する施設は充分な食糧が蓄えられており、とくに中継地点での食事に困るようなことはなかった。
(あまりに差がありすぎる――)
シエロはその状況を見て、ヒューデラハイドの国政に疑問をいだいていた。
遠くにヒュドラーダの城下町と王城が見えている。
街道の左右に並ぶ家屋の前には、飢えた住民がぽつりぽつりと軒下にうなだれているのを見かける。
しばしのち、前方に何やら人混みが見えた。荷車の周りには数名の衛士、そして、そこに群がる住民たち。
近づくにつれ、やり取りが耳に入る。どうやら、配給を運んできた衛士と住民たちがもめている様子だ。
内容は察するに余りあるほど単純なもののようだ。配給が少なすぎて足りないということを訴えている住民を、うるさい離れろ近づくなと押しのける衛士という構図だ。
(なるほど、おそらくのところ、今後の食糧不足に対応するため、国家が急激に食料を集約した結果、住民へ行き渡らなくなっているということか――)
そうした市場の物品不足への不満解消のために、国から配給が行われているのだろうが、当然充分なものではない為に衛士に怒りの矛先が向いているという状況なのだろう。
そんな状況を横目に見ながらさらに歩を進めると、新たな人だかりが見えた。
しかし、先程とは少し様子が違う。
荷車は存在せず、ただ一人の女が人だかりの輪の中で叫んでいた。
「――立ち上がらねばならない! 国王は市井を放置している! 先の聖竜の晩餐によってこの先、
彼女はそう繰り返しているようだった。
その時だった――。
前方から5、6名ほどの衛兵が走って向かってくるのが見えた。人だかりは蜂の子を散らす勢いで散開し、中央の女はこちらへ向かって駆け出してくる。
「待て! 女――!」
などと、口々に叫びながら全速力で向かってくる衛兵を尻目に、女はシエロの隊列へと向かってくる。
「全体止まれ――!」
シエロは右手を斜め上方に向けて振りかざし、後方の隊列へ停止を指示した。
すかさず隊列はその場で足を止める。
女は構わず走り続けており、明らかにこの隊列へ向かってきている。さては、隊列の中へ飛び込み身を隠すつもりだろう。
シエロはそう察し、そのままの状態で隊列を停止させておく。
果たして女は、シエロの脇までくると、そのまま隊列の中へと突っ込んで走り抜けていった。
衛兵も当然その後を追っているのだから、数秒後、シエロの眼前に迫る。
「ヒューデラハイドの衛兵諸君! 我の名はシエロ・クインスメアである! まさかそのままこの国使の隊列へと飛び込む気ではあるまいな――!」
シエロは声を張り上げて、前方から迫る衛兵へ恫喝した。
「な、なんだと? 此方は賊を追っているのだ! 緊急の事案である、そちらこそ道を開けられよ!」
衛兵の一人が威勢よく声をあげた。
が、衛兵たちの足はそこで止まる。
シエロの策は見事にはまった。もう充分にその目的は達している。女が逃げるには充分な時間が稼げただろう。
「こちらは礼節の儀を確かめただけの事、緊急の状況と言われればそれまで。こちらこそ失礼した。職務を全うなさるがよい――」
そう言って、また右手をかざし、今度は前方へと振った。
隊列はすぐさま前進を開始する。
(しかしあの女、まだ若かったな。僕と同じぐらいか――)
少し振り返ってみたくなる衝動を抑え込んで、シエロは王城へと向かった。
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