いい方向?

どうしよう…。

今まで感じなかった吐き気と、怠さ。

私はつわりなんてないのかも?なんて軽く考えていたんだ。


ぽりぽりとお菓子を食べる音がする。

ただそれだけなのに、神経を逆撫でされているようだ。


_____どうしよう


しばらくしたらおさまるかもしれないから、じっとしていることにした。


「ヒロちゃん…?」


不安そうに私を探す誠君の声。

私はまだ毛布から出られない。

ガサガサと何かを探してる音がする。


_____何をしてるんだろう?


そっと毛布の隙間から誠君を見たら、病院から出されている薬の袋を開けていた。


「だっ、だめ、それは食べ物じゃないから、すぐご飯にするから」


慌てて飛び出して、誠君から薬を取り上げた。

慌てたら、吐き気はおさまっていた。

私は簡単なご飯を作る。

カレーにしよう。


ご飯をたくさん炊いて、カレーも大きな鍋に作った。


_____これで少しはご飯作りをさぼれる




それからも、同じような日々が続いた。

私のつわりは、そんなに重いものではないのだろうけど、誠君の面倒も見ながらだと寝てもいられないから、つらい。



つらい。



ある日、ご飯の後片付けもそのままで、私はぼーっとしていた。

誠君は、画用紙と色鉛筆で何かを描き始めた。


「誠君?なに描いてるの?」

「……」


返事はない。

濃い青、紺、黒、それから赤とオレンジと、黄色…


「あっ、これ、あの公園からの夕焼けだよね?」

「……」

「そうでしょ?誠君、絵は描けるんだね?」

「…」


何も言葉を発することもなく、宵闇迫る夕暮れの景色が描かれていく。

昔のままではないけれど、雑になっているけれど、色のコントラストや構図は昔のままだ。


_____誠君の記憶に、あの公園の夕焼けがちゃんとあるんだね


私にとっては、それは奇跡だった。


「あっ!どうして?何をするの?」


誠君は、せっかく描いた絵をいきなりぐしゃぐしゃに塗りつぶしていた。


「あーぁ、上手く描けていたのに。でも、絵を描くことはおぼえてるんだね?また描こうよ、一緒に」


私は誠君の両手を私の両手で包んだ。

この手は、昔のことを記憶しているのかもしれない、そう思った。


明日から、時間を見つけて一緒に絵を描いてみようと思った。

何か、いい方向に進んでいくんじゃないかと漠然と期待してしまった。


そんなことを期待せずに、もっと早く、お母さんたちに頼ればよかった…。

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