手紙

毎週、1通ずつの手紙が日本とブラジルを往復した。

誠君からは、住んでいる街の様子や先生とのやり取りや、絵の勉強の資金のために始めた仕事のことが書いてあった。

日系の人が多い地域だったので、言葉には思ったほど苦労してないようで安心した。


私は、スーパーのイラストの話や、別のお店から入った仕事の話と、お母さんに教えてもらいながら頑張ってる料理のことを書いて送った。

お互いに手紙の隅っこには、鉛筆書きのイラストを添えて気持ちを伝えた。

私は大きなハートを持った似顔絵を描いて、誠君のことが大好きだと書いて、誠君からはアパートの部屋から見える景色を私と2人並んで見ているイラストがあった。


誠君と離れていても、少しずつでも私は私を取り戻していけるように何か一つずつ新しいことに挑戦している。

買い物だって、銀行での手続きだって、時間はかかるけどできるようになった。

誠君が帰ってくるときには、成長した私になって出迎えたいから。


どうしても寂しくなったら、あの公園へ行く。

あの日、初めてキスして抱きしめあった日を思い出して、そしてノートに書かれた誠君からのメッセージを読み返す。


遠く離れた地球の裏側で、誠君も頑張っているんだと思うと、泣いてばかりはいられないと勇気が出てくる。


そうやって、季節は過ぎて行った。


次の年のクリスマスには、ブラジルからクリスマスカードが届いた。


“メリークリスマス!ヒロ”

“俺の思い、全部そっちに届け!”


私は、あの公園で2人がキスしているイラストをクリスマスカードにして送った。


“メリークリスマス!誠君”

“あと2年!私は変わらずにここであなたを待っています”




そう…

変わらない。





◇◇◇◇◇



変わらなかったのは私だけだったんだと、気づくのはそのクリスマスが過ぎた頃からだった。

いつのまにか、届く手紙の数が減っていた。


毎週届いていたのに、気がついたら2週間に1通になり、忙しいからと月に1通になり…。


ブラジルへ発ってから丸2年たつクリスマスの頃には、1ヶ月経っても手紙は届かなかった。


“体調を崩した”

“仕事の給料がちゃんと出ない”

“絵が認められない”

“疲れている”


そんな内容が書かれていても、私にはどうすることもできなかった。


“頑張って!誠君ならできる”

“応援しているよ”


そんなことしか手紙には書けなかったし、書いて送ってもまた同じような手紙が返ってきた。

それでも私は、誠君を励ますつもりの手紙をせっせと書いて送った。

3日と置かずに書いて送った。

もうその頃には、まったく手紙が来なかった。

来る日も来る日もポストを開けて確認するたびに、落胆と不安に包まれる。



この時、もしも私が


“もう帰ってきたら?”


と手紙に書いていたら、状況は変わっていたのかなぁ?

でも、それだけは書けなかった。

ずっと誠君が見てた夢だったから。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る