それから
私は何枚かのイラストを描いた。
誠君に、コツを教えてもらった。
「そんなに細かく描く必要はないよ、インパクトは欲しいかも?だけど」
「今は時間に余裕を見てくれてるけど、たくさんこなしたくなったら、時間が足りなくなるから」
「お店が欲しがるイラストと、ヒロが描きたいイラストは、必ずしも同じとは限らないから、今日みたいに全部は買い取ってもらえないこともあるよ。それでも、いい?」
「うん、でも…飾るって…」
「そうだね、その分も代金が欲しいなら店長に話してみるけど?」
それが本当なのかもしれないけど、いらないからと捨てられるよりずっといいと思った。
多分、こんな考え方じゃ仕事としてよくないのかもしれないけど。
とにかく、私が描くイラストを欲しいと言う人がいるだけで、私は存在を認められているようでうれしかった。
「ん…頑張ってみ…るから」
「そうか。じゃあ、あと何回か俺もついて行くからね、慣れてきて、ヒロがもう大丈夫だと思うまで」
「うん…」
私は誰からも必要とされてない、私にできることなんて何もない…ずっとそんなふうに思ってた。
誠君は優しくて、いつもそばにいてくれるけど、それは昔からの友達だからだとわかってる。
そして、ブラジルに行って画家になるという夢があって、もう少ししたら行ってしまう。
_____私はまた1人だ…
それでも、こうやって少しずつ私が外に出られるようにしてくれて、私にもできることを見つけてくれた。
きっと、私を1人にしてしまうから、何かやりがいのようなものを与えようとしてくれてるんだと思う。
_____それも、優しさ…なんだよね
優子からは何も連絡はないし、誠君も連絡はしてないみたい。
聞いてみたい…“まだ好きなの?”
誠君はなんて答えるだろうか。
そして、私はなんでそんなことを確認したいのだろうか?
白い画用紙に向かいながら、そんなことばかり考えていた。
◇◇◇◇◇
次の週、誠君と一緒にイラストを持って行った。
「あ、待ってたんだよ!見せて!」
私と誠君を見つけると、店長と店員さんが3人集まってきた。
「うわぁ、可愛い!この焼き芋を食べてるタヌキ、絵本作家さんが描いたみたい!」
「こっちのあったか下着を着てるオジサンもいい味出してる!」
「ホントに上手なんですね」
「すごいですね、プロですか?」
「えっ、え、あ、あの…」
初対面の人たちから一度に話しかけられて、心臓がぎゅっと苦しくなった。
「絵の勉強はしたよね?でもこんなチラシのイラストは初めてだから、みなさんの意見も聞いた方がいいかも?だよね、ヒロ」
「あ、はい…」
私の代わりに誠君が答えてくれる。
私の態度が引いてしまって見えたからか、みんな少し下がった。
せっかくみんなの方から話しかけてくれたのに、どう答えていいかわからなくなってしまって焦ったけど、誠君がいてくれたからよかった。
「ヒロは少し話すのが苦手で、ゆっくりしか言葉が出ません…でも、きっとみなさんと仲良くなれると思うので、よろしくお願いします」
「あ、お願い、します」
頭を下げる誠君に合わせて、私も頭を下げた。
「こんな可愛いイラストを描けるなんて、すごいよ!事務室に貼ってあるのもすごく可愛いし。あれ見て、欲しいなって思った」
「ちゃんとお代は払うから、時間がある時に私にも描いてくれないかな?」
「あ、ずるーい!じゃあ次は私!」
「あ、あの、順番に…」
やっとそれだけ言えた。
「ホント?じゃあ、時間ができたら改めてお願いするね。お代は決めておいてね。楽しみ」
「はいはい、みんな仕事に戻って!」
「「「はーい」」」
そそくさと店員さんたちは仕事に戻って行った。
「今回のイラスト、いいね!こんな感じで次もお願いするね」
「はい」
「よかったね、ヒロ」
誠君が頭を撫でてくれた。
一つ、階段を上ったようでうれしかった。
_____もう少ししたら、誠君にブラジルに行ってもらおう。もう少ししたら…
やっと、そう思えるようになった。
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