希望
それから一週間かけて、5枚の絵を仕上げた。
A3サイズの画用紙に、ポスターカラーとクレヨンを使って、思う通りに仕上げた。
「ヒロ!いいね、これ!うんうん、こんな絵が添えられていたらみんな買いたくなるよ」
「ホント?」
「うん、早速、持って行ってみようよ。店長に
誠君は、絵をクルクルと丸めると私の手を取った。
「さ、行こうか?」
「うん」
この温かい優しい手は、私を希望へと導いてくれる、そんな気がする。
ずっと暗いトンネルだったところから、やっと霧がかかった昼間のような所へ出てきて、これから先は、晴れ渡る空の下が待っているような予感がする。
_____でも、それは誠君がいないと叶わない
おそらく、もうすぐブラジルへ行ってしまうだろう。
そうすると私はまた、一人で霧の中を歩かなくてはならないのだろうか?
考えただけで、不安の塊に押しつぶされそうだ。
車で10分ほどで、そのスーパーに着いた。
そういえば、ここはお母さんとたまに買い物に来たことがある。
「あの、すいません!ここの店長さん、いらっしゃいますか?」
中に入って、近くにいた店員さんに尋ねる誠君。
こんなことも、きっと私1人だとまだできない。
こんなことくらい、昔はなんでもないことだったのに、今は人の目が怖い。
言葉も昔のようにすらすらとは出てこない。
話しかけた後に返ってくる言葉を、すぐに理解してまた言葉にして返す、そんな会話として当たり前のことがうまくできないままだ。
「店長は、あちらのストックヤードにいますので」
「わかりました、ありがとうございます」
誠君は私の先に立ち、行く先を教えてくれる。
きっと生きていく道も、行く先を照らしてくれる…そんな気がする。
「こんにちは!溝口君からの紹介で、イラストを持ってきました」
「おー、あんたが永野君と神谷さんか。どれどれ、早速見せてもらおうか」
誠君が丸めていた絵を広げて、店長に見せた。
「お?これはいいね、美味しそうに描けてる、こっちも家族で楽しそうだ」
「いいでしょ?」
「うん、あ、でもこれはちょっと…」
「これですか?」
「うん、うちに来るお客さんはこんな感じじゃないからね。もっと庶民的というか、ざっくばらん、みたいなね」
店長がダメだと言ったのは、お肉のチラシで、少しオシャレをしてステーキを食べてる家族の絵だった。
「それから、これは家族というよりお年寄り向けの商品だと思うからイラストもそんな感じでお願いしたい。だけど、こっちの3枚はこのまま 買取たいけどいいかな?」
「えっ?」
私はとっさに返事ができなかった。
「いいよね?ヒロ」
「は、はい」
「これくらいのイラストだと、1000円かな?それでどう?3枚で3000円」
値段を言われても相場がわからない。
それよりも私の絵を欲しいと言って買ってくれる人がいる、そのことがただうれしかった。
「は、は、はい、それ…で」
「いいの?よかった。ホントはもうちょっと出してあげたいんだけど、そんなに余裕がなくてね。でもさ、もっと描いてくれるなら、そのうち系列店にも紹介するから」
「それはぜひ!よろしくお願いします」
私より先に誠君が頭を下げていた。
私も慌てて頭を下げる。
「それから、来月からクリスマスのキャンペーンをやるから、そのイラストを注文したいんだけど。これくらいの紙に書いてくれないかな?」
店長は大きく手を広げた。
「A1くらいですか?」
「そんなもんで。今月いっぱいで仕上げてほしいけど、どうだろう?描けそうかな?」
「どう?ヒロ、描けそうかな?」
「…は、い」
「値段は5000円でいいかな?」
「は、はい」
「テーマはね、そうだな、大きなツリーを動物たちが囲んでる、みたいな子供向けでお願いするよ」
「は、い」
はい、頑張って描きますと応えたいのに、はいしか出てこない。
それでも店長は構わず話し続ける。
「これから、描いて欲しい絵と商品の値段を書いて渡すから、それを描いて持ってきてね」
「はい」
「そうだ、ちょっと待ってて」
そう言うと、店長は5枚の絵を全部持って事務室へ行った。
私と誠君はストックヤードで待ちぼうけだ。
無意識に、積み上げられた段ボール箱の数を数えていた。
「そこの荷物は、昨日俺が届けたやつだよ。ここは俺の配達区域だから」
「ふーん…そう…」
こんなにたくさんの、重そうな段ボール箱を運んでるんだ、すごいね、とか言いたいのに。
まだ私の唇は、糊がくっついたようにうまく動かない。
自分のことなのにじれったくてたまらないのだけど、
パタパタと音がして、店長が戻って来た。
手には、ラミネートされた絵があった。
「この3枚は早速売り場に出させてもらうね。それからこの2枚は、もらってもいいかな?事務室に飾りたいんだけど」
「え?あ…はい」
「いいの?ヒロ」
「ん、いい…」
私の絵を飾ってもらえる、それがうれしかった。
「商品とは少し雰囲気が合わないけど、絵としてはとてもいいよ、なんだか気持ちが和むから。それからこれ、はい3000円」
渡された封筒の中には、千円札が3枚入っていた。
「あ、あの、ありがとう…ございます」
「いやいや、たいした額でもなくてごめんね。えっと、じゃあ、次はこの商品にこの値段で描いてきて」
そこには焼き芋の値段、あったかアンダーウェアの値段、入浴剤の値段が書いてあった。
「そっちの3枚は、今週末には欲しいんだけど、どうかな?できそう?クリスマスのやつは、あと3週間あるけど…」
「ヒロ、どう?やれそう?」
私は頭の中で、焚き火をしながら焼き芋をしてるタヌキが浮かんでいた。
「うん、できると思う」
「じゃあ、お願いしとくね、よろしく」
ぽん!と誠君の背中を叩いて、店長は仕事に戻っていった。
少しだけ、この先の自分の歩く道が明るくなってきた気がした。
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