クリスマス前
あれから描いたイラストは、全部買い取ってもらえた。
コツのようなものを掴んだ気がする。
最初に頼まれていたA1サイズほどのクリスマスのポスターは、丁寧に仕上げた。
楽しいクリスマスがみんなに訪れますようにと祈りを込めて。
お店の人たちとも少しずつ話せるようになって、今はチラシのイラストの他にそれぞれに頼まれたイラストを少しずつ描いている。
「浩美さんのイラストって、優しくてあったかいね」
「仕事でイライラすることも、このイラストでほのぼのしちゃうね」
「ありがとう…ございます…」
「クリスマスはどうするの?あの誠君と過ごすの?」
「そんな…まだ…」
「もう1か月きったから、早く計画立てないといいお店は予約が取れないよ」
「はぁ…」
少し前から、私は一人でここに来ている。
お店の人はみんな私のことをわかってくれて、穏やかに接してくれるのでありがたい。
誠君は、本格的にブラジル行きの準備を始めたらしく、残業も遅くまでやって、あとはパスポートや荷造りやいろんなことをやっているらしい。
これまで週の半分以上はうちに来てくれたのに、今は週に一回くらいだ。
それでも、私はイラストを描くという自分の存在価値のようなものを見つけたし、誠君がきてくれなくても、とてつもない不安に襲われることは少なくなった。
完璧に元に戻ったという感覚はなく、いつまでたってもぼんやりと霧のようなものに包まれて生きてるような気がする。
一度に複数のことをするのは、今でも苦手だし(だから料理をしようとするとお母さんの3倍の時間がかかる)、とっさの受け答えはまだできない。
でも、家族もお店の人たちもみんな、それが私だとわかってくれて認めてくれている。
“そのままでいいんだよ”
言葉にしなくても、そんな気持ちが伝わってきて私は平安を保っていられるようになってきた。
「そろそろ、ブラジル行きの準備をするね」
先週、誠君から言われた。
「うん、いままでありがとう」
そう答えたらまた、頭を撫でてくれた。
_____大丈夫、私は大丈夫…誠君にはすぐには会えなくなるけど、もう会えなくなるわけじゃない
最近は、何度も自分にそう言い聞かせている。
ふと、壁のカレンダーを見たら、何かメモが書いてあった。
いつの間に書いたのか誠君の字で。
“12月5日ブラジル出発予定”
今日は、12月2日。
うそ!もうすぐだ…
どうしよう?誠君がブラジルに行ってしまう!
何とかして気持ちを整理しないと!
_____好きだと伝えなきゃ
好き?そうだ、私は誠君が好きだ、誰よりも。
唐突にに自分の感情を理解した。
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