第13話 水平線上の陰謀(後編)

 標的の親子を殺し、グラサン男に罪をなすりつけることにも成功した私、犯吉罪子。

 次の犯行のチャンスを待っている間に事件は起きたわ。

 船内で娘の死体が発見されて、本島からのヘリで警察が到着したの。あれ? 私の計算よりも警察来るの早いわね。


 結論から言いましょう。グラサン、余計な事してた。

 グラサンはお爺ちゃん殺害の前に、犯行現場にいたお嬢様を襲って、船の霊安室に閉じ込めていたの。その捜査で明智探偵がマリーナでお爺ちゃんの残留物を見つけて、その流れで娘の死体が発見されていたの。

 何を予定外のことしてんのよグラサン!

 しかもお嬢様は私が空手の達人じゃないかって警戒していた相手。弱っちいアンタが何を無謀な挑戦してんのよ! 幸いにもはお嬢様は実は素人だったから良かったものの。


 まだ気絶させて廊下に放置なら分かる。でもこともあろうに霊安室に閉じ込めるとか。ただの暴行事件で済めば大事にならなかったのに。殺人未遂事件になっちゃうじゃないの。分かるでしょ? あと、そもそも時間がかかり過ぎる。下手すりゃ犯行に遅刻よ遅刻。本当に殺人を舐めてるとしか思えない。



 事情聴取にグラサンは比較的すぐに呼ばれたわ。グラサン、マスターキーを分かりやすく盗んでいたもの。ディナー中に抜け出したのも子供に証言されてるし。

 まぁ上手く誤魔化したみたいだから結果オーライだけど。

 それを事後報告される私の身にもなって! アンタの例の雑なアリバイ証言のために、私警察に呼ばれたのよ! 呼ばれた時に心臓止まりそうになったんだから。



 で、いつ最後の標的殺すの? 今回の殺人事件について客が騒ぎ出したんですけど。

「皆さん、落ち着いてください! 御心配ください。この凶悪な連続殺人事件の犯人は、この明智小次郎が特定しております!」

 そう断言したのは明智探偵。その自信満々な立ち姿は、昨日のディナーでの情けない姿から想像できないわ。

 ついにグラサンの年貢の納め時が来たようね。安心してグラサン。アナタが逮捕された後で、私は最後の標的をしっかり殺してあげるから。

 さぁ、見せてちょうだい明智探偵。私の手のひらの上で踊る姿を。



「社長を殺害し、会長をも殺害した犯人。それは犯吉罪子さん、アンタだ」



 ええええええええ!? ちょっと待っ、ええええええええ!?

 予想外の事態発生。ポンコツっぽい探偵が実は有能な件が発生よ。

「殺害の動機は、半月前に交通事故で亡くなった設計士の復讐。その事故は実は、会長親子による殺人事件だったのです!」

 トンチンカン。動機のベクトル大ハズレ。

 だけどアリバイトリックについては明智探偵の推理がおおかた正解。

 まずい。本当にまずい。これはイチかバチか、勢いでどうにか言い逃れしないと。

「私が犯人だとおっしゃるなら、今すぐ証拠を見せてください!」

 これは賭けよ。推理の詰めの甘さを指摘してたたみかけたわ。


 そして勝った!

 明智探偵は急にしどろもどろになって目が泳いで、ついにはトイレタイムを要求して尻尾を巻いて逃げたの。私は賭けに勝ったのよ!

 と思った矢先に、二の矢が来たわ。

「心配はいらんよ、警部。真犯人はわかっておるから」

 急に入ってきたのはディナーで同席していた太ったおじさんだった。たしか明智一家から博士って呼ばれていた。


「命を奪う殺人者という名の海賊。その海賊とは、シナリオライターさん、アンタじゃ!」

 シナリオライター・・・グラサンのことね。

 踊った! 博士が躍った! 私の手のひらで! 急に踊るんだもの、びっくり。フラッシュモブ!


 そこから博士による大逆転のすごくダンサブルなダンスショーが開幕。

 博士は早速、アリバイトリックをICレコーダーの音声で暴いたの。

「馬鹿な!それはちゃんと消したはず!」

「消した? いや、消したと思った。ところが消えて無かったんじゃな。こういう大事なモンはちゃんと確認せんといかんでな」

 馬鹿なのグラサン? いや、馬鹿ってのは知ってたけど、証拠になる恐れのあるものを消し損ねているなんて大馬鹿じゃないの。


 でもここで私も気付いたわ。さっきの明智探偵に求めた証拠、博士が持ってた。私、グラサンが電話口で語っていたドラマのストーリー、全く知らないもの。

 もし明智探偵に「ドラマのストーリーを電話口で聞いていたはずですよね? なら内容を話してみてください。話せるものならね」なんて言われていたら詰んでいたわ。



 こうして、グラサンの謎は全て解かれた。



「動くな! 動いたら爆弾を爆発させる!」

 その時突然、グラサンは船に仕掛けた爆弾のスイッチを見せびらかしたわ。何をしてるのコイツ?

 案の定、グラサンを取り押さえようとした人が現れて、もみ合いになった挙句にうっかりスイッチオン。

 あんた馬鹿ぁ? どこの世界にうっかり爆弾を爆発させる犯人がいるのよ!



 グラサンはその後、隙を見て逃走。おそらくボートで海に逃げたみたい。それを追う警察。

 あれ? 警察? 全員出動? 船で爆弾が爆発したばかりよ? お客さんだって大混乱、ここは警察が人々を落ち着かせて誘導するのが普通じゃないの?

 まぁ何はともあれ、最後の最後で私に最後の標的殺害チャンス到来。殺人を邪魔する警察もいなければ、先に殺人をしようとするグラサンもいない。天が言っているのね、いつ殺るの? 今でしょ、って。

 そうと決まれば話は早い。私はいざって時のために用意しておいた別の爆弾を爆発させたわ。もちろん無関係のお客さんが全員無事に脱出できる余裕のあるように、沈没までの時間を調節して。


 そして計画通り。最後の標的と二人きりになる時間ができたわ。

 これにて完全犯罪は達成……


「やめろ!」


 そこにいたのは明智探偵だった。

 明智探偵は逆転のダンスをぶちかましてきたの。今回は私が逆に毛利探偵の手のひらの上で踊らされていたの。

 私が殺人未遂の現行犯だって言い逃れの出来ないこの状況。


 そして明智探偵の口から咲き乱れる見事な名推理。的確に私の事件の真相を言い当て。(途中、一部の台詞が海の方から聞こえた気がしたけど、多分それは疲れていたからそう聞こえたのね)



 こうして謎は全て、解かれた



 でも大人しくお縄を頂戴する私じゃない。最後の標的だけは殺さないと。私は明智探偵を気絶させるために戦いを挑んだわ!

「俺は女に手は出せない主義なんだ」

 明智探偵!? 何このナイスガイ。一瞬、背後にシティハンターが見えたわ。

 でもお生憎、私もこのままじゃ引き下がれないのよ!

 明智探偵が無抵抗なのをいいことに、私の一方的なリンチを始めた。


 前に言ったと思うけど、私今回の殺人のために体を鍛えたの。その強烈な拳を、何発当てたか分からないわ。

 なのに倒れないのよ明智探偵。息絶え絶えなのに。


「おじさん!」


 トドメの一撃、そう思った瞬間。明智探偵のところのアーサーくんが叫んだの。

 まだ逃げ遅れた人がいたの!?

 この時、私の心は折れたわ。無関係の人を逃がしたつもりだったのに、そのプライドが負けた感覚。

 それを見透かしたのか、明智探偵は私を背負い投げたわ。


 完敗よ。

 私は最後に明智探偵に聞いたわ。どこで私が真犯人だと睨んだの?って。

「アンタがアイツに似てたから。犯人がアンタじゃなきゃいいと思って、無実の証拠を集めようとしたからこうなっちまったんだよ」

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犯人たちの鎮魂歌 @luckyclover

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