第12話 水平線上の陰謀(前編)

 私は船の設計士をしている犯吉罪子。

 保険金目的で船舶事故を起こした社長親子を殺そうと思っているわ。そして、知り合いのシナリオライターであるグラサン男に全ての罪をなすりつける。

 実はグラサン男もこの親子に恨みを持っていて、殺害計画も立案済み。私はたまたまその計画を盗み見できたから利用しようと思っているの。


 ただこの計画、雑すぎ。穴だらけ。杜撰。グラサン、殺人を舐めてる? 事件を舐めていらっしゃる? 自分に酔っているようだけど、これじゃあ標的親子4人を殺しきるまでに途中で確実に捕まっちゃうわこの馬鹿。


 ということで私はこの殺人計画をフォローしつつ、いざって時にグラサンを隠れ蓑にして犯人に仕立て上げることにしたの。グラサン自身、本気で自分の事を殺人犯だって思ってくれるから好都合よね。

 実際、最初の復讐として事故の関係者である設計士を殺したけど、その殺人装置も私がすり替えておいたわ。グラサンは自分の手で殺人を成し遂げたと思って意気揚々。だけど実際の死因は私がすり替えておいた殺人装置。つまり私の手柄。こんな感じで親子殺害もやっていこうと思います。


 ということでまずは下準備ね。苦痛の始まり。

 それは『電話口でグラサンが考えたドラマのシナリオを聞き続け、その間に口を挟んだらグラサンに怒られる、の法則』よ。

 どういうことかって言うとグラサンの計画は、私と電話している間に犯行を終わらせてアリバイ確保、ってなっているの。本番ではICレコーダーに録音した話を私に延々と30分くらい聞かせてね。

 私はそれを逆に利用。話を聞いているフリをしながら私の犯行を終わらせて、グラサンのほうを私のアリバイに利用してやるのよ。


 でもこの準備のために、グラサンはことあるごとに私に電話をかけてきた。それで延々とドラマのシナリオを聞かされるの。(しかもあんまり面白くない、雑な)

 少しでも声を出すと怒涛の罵声を浴びせられるのよ。「黙って聞いてろ!」って。

いくらトリック相乗りのためとはいえ苦痛。

 最後に感想を言ってあげなきゃいけないから、一秒たりとも耳を離せない。

 それに下手にシナリオを貶しても駄目。グラサンが萎えて殺害計画のモチベーションを削ることになったらいけないから。

 苦の痛。



 そしてようやく半年後、ついに訪れた運命の日。豪華客船の船内で、私はグラサンを利用して親子を殺す。

 そう、私の計画はグラサンが「自分の犯行だ」と勘違いしてくれることの他にもう1つ重要なものがあるの。

 それは“日下犯人説”を推理してくれる、優秀な探偵よ。

 これには候補がいるわ。数々の難事件を解決してきた名探偵・明智小次郎よ。

 お願い明智探偵。どうか私の手のひらの上で踊って!


 そんな時、グラサンは私を連れてディナーの席で明智探偵と接触したわ。

 グラサンはアリバイ確保のために明智探偵を利用したいみたい。

 馬鹿なの? わざわざ自分から探偵に近付くとか。自分のトリックによほどの自信があるみたいだけど、アンタのトリック雑ですから。

 でも私のそんな不安も吹っ飛んだわ。だって明智探偵、見るからにポンコツなのだったから。しかも私の顔を見るやウゲェって表情する始末。失礼しちゃう。

 でも大丈夫かした明智探偵。すごい雑な推理しそう。うぅ、駄目かも。

 だけど考えてみれば、そもそもグラサン犯人説にすら辿り着かないレベルの探偵なら、私が真犯人って真実に辿り着かないわけで問題ないわね。

 大丈夫。よっぽど私の狙いにだけ気付いて真相に辿り着く、名探偵でも現れない限りはね。


 ちなみにディナーの席には明智探偵のほかにその家族と連れがいたわ。明智さんの娘さん、空手の関東大会で優勝したんですって。凄いわね。しかも親友は財閥のお嬢様。ってことは、お嬢様も空手の達人? 娘さんともフレンドリーだし。要警戒ね。この2人、絶対に敵に回しちゃ駄目だわ。


 それからしばらく明智探偵一家と一緒に食卓を囲んでいると、グラサンが「ちょっと船に酔ったみたいです」って言い始めたわ。計画の通りなら、グラサンは今から部屋に盗聴器を仕掛けに行くわ。まぁ私は既にそこに盗聴器を仕掛け終わっているけどね。



 翌朝10時、グラサンからの電話がかかってきたわ。ICレコーダーから聞こえてくるグラサンボイスがスタートの合図。

 私はダッシュで最初の被害予定者、一家親子の娘の部屋に向かい、シャワーあがりの娘を気絶させてバスローブを奪い、血のり入りの袋を抱えてタオルを頭から被り、『風呂上りの娘』に変装。

 あとはグラサンが襲ってきたら、揉みあいながら『ナイフで刺されたフリ』をするだけ。


 ここよ、私の一番の難所は。私はこの日の為に体を鍛えまくって、必死に格闘術の訓練を受けたわ。

 さぁ、来なさいグラサン!



 来ない。遅いわね。トイレでも行ってるのかしら?

 待っていたらグラサンやっと来たわ。息を切らして。息を切らして? ちょっと待って。アナタの部屋からこの部屋まで、たしかに階段で数階上がるけど。まさかその程度で息切れしたってこと?

 そのまま息切れ雑魚グラサンがナイフで襲いかかってきたけど、正直言って楽勝だったわ。容易くナイフを避けながら、ギリギリで血のり袋だけ切らせて。一突きで死んだフリ。満足したグラサンはそのまま出て行ったわ。

 舐めてる? 殺人を舐めてらっしゃる? 普通、恨みのある相手なんだから何回も刺して、死んだことを確認するでしょ? 今回は時間が無いから仕方ないし、何回も刺して来たら私が困るから、まぁいいんだけど。


 その後、私は娘を殺してからグラサンと同じパーカーを着て部屋を出たわ。次の犯行現場に急がないと殺害予定に間に合わなくなっちゃう。

 大丈夫かしらグラサン。今頃余計なことしてたり、変なピンチになってなきゃいいけど。

 不安的中。

 グラサン、殺す予定のお爺ちゃんに負けそうになっているの。78歳によ!? 跨られて、首絞められて、マリーナの扉から海に突き落とされそうになって。

 体を鍛えてないの? あのね、トリックは最後はフィジカルなのよ!


 結局、私はお爺ちゃんの背を果物ナイフで刺して、その両足を持ち上げて、海に突き落としてやったわ。そして素早く離脱。

 これできっとグラサンは『巴投げの要領で海に投げ飛ばしてやった』って思うんでしょうね。雑魚のくせに。


 その後、すぐに部屋に戻った私は何食わぬ顔で電話口に戻ってやったわ。

 そしてグラサンが“どの面下げて「どうでしたか?」”って聞いてきたから、私も「面白かったわよ」って答えてやったわ。

 これにてグラサンは完全犯罪達成気分。あとは最後の標的を殺すだけね。

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