第32話 【最終話】ハッピーエンドには早すぎる
32
楓 「ハッピーエンド……ですね?」
矢田「先生、終わり方、途中で、変えたんじゃないですか? ちょっと強引な感じがするんですけど」
やよ「秘密。クリエーターっていうの創られる過程の多くを語るべきじゃないわ」
矢田「さっきまで散々一緒に話しながらやってたくせに」
やよ「うん?」
矢田「何でもありません」
やよ「まぁ、でも、結局、最後は如月が持っていちゃったわね。やよいイエロー応援してたのに、最後までパッとしなかったわ」
楓 「やっぱり応援してたんじゃないですか」
矢田「自分で描いたくせに何言ってるんですか?」
やよ「だからね、手が描くの。生まれた登場人物が勝手に右手を動かしてるんだから」
矢田「じゃ、ラストも勝手にあぁなったってことですか?」
やよ「だから、そう言ってるじゃない」
矢田「へぇ、なかなか空気の読める右手ですね」
楓 「でも、ハッピーエンドで良かったですね。タイトルが『ハッピーエンドは決まっている』で、悲しい終わり方じゃまずいですもんね」
やよ「あ……あぁあぁそうだね」
矢田「タイトルのこと、ちょっと忘れてませんでした?」
やよ「そ、そんなことあるはずないでしょ」
矢田「最初はどうかと思いましたけど、『ハッピーエンドは決まっている』っていうタイトル。意外に悪くありませんね」
やよ「でしょ?」
楓 「……先生の旦那さんの人生もハッピーエンドだったと思います」
やよ「楓ちゃん……」
楓 「ごめんなさい、生意気なこと言って。でも、絶対に間違いありません。先生の旦那さんは、先生みたいな素敵な人に巡り会って恋をして、自分のやりたいことやって、知らない誰かのために力を尽くして、感謝されて、自分の大事な物を守るために亡くなったんです。だから、ハッピーエンドです。決して、悲しい終わり方なんかじゃありませんよ」
矢田「そうです。その通りです。楓さんが今日言った言葉で唯一賛成です」
楓 「それ、余計です」
矢田「だから、先生はこんなところで死んじゃダメです。絶対。今、先生が死んでも、ハッピーエンドにはなりません。天国に行っても旦那さんに怒られるだけです。『バカッ、何やってるんだ』って。それに先生は瞬と同じで、多くの人に愛されてるんですよ。先生の作品のファンがどれだけいると思ってるんですか? 今度の新作を待ち続けた人がどれだけいると思うんですか? それだけじゃありません。例え、先生が漫画家じゃなくても、ただのおばさんだとしても、私や楓さんにとっては大切な人なんです。だから、それでいいじゃないですか。瞬と同じです。それだけで生きる理由にはなりませんか?」
楓 「ただのおばさんでも、私、先生のこと、好きです」
やよ「……ただのおばさんだって……失礼。まだそんな歳じゃないんだけどなぁ」
矢田「す、すいません」
やよ「でも、まぁ、これからも、ただのおばさんになるのは嫌だからなぁ、もうちょっと漫画描いてもいいかな」
楓 「先生!」
やよ「描きたいものは、山ほどあるし、読み終わって、面白かったって、もっともっとみんなに言ってもらいたいし」
楓 「描きましょう、描きましょうよ!」
やよ「そうねぇ、ちょっと休んでから考えるわよ」
矢田「何甘っちょろいこと言ってるんですか? 覚悟してください。すぐに連載の話、取ってきますから」
やよ「もう仕方ないなぁ。……わかった」
楓 「ハッピーエンド? これって、ハッピーエンドですよね?」
矢田「いえ、違います」
楓 「え?」
矢田「まだハッピーエンドには早すぎます。まだまだハッピーエンドは先です。それまで山あり、谷あり。でも、最後は絶対にハッピーエンドになります」
やよ「そっか、まだ早いか」
矢田「はい、まだまだです」
やよ「わかった。ここはもういいから、矢田ちゃん、会社に戻って。また編集長に怒られちゃうから」
矢田「原稿もらったんですから大丈夫ですよ。でも、お言葉に甘えさせてもらいます」
やよ「……おつかれさまでした」
矢田「お疲れ様でした」
矢田、退場。
やよ「楓ちゃんも遅い時間までありがとう。もう帰ってゆっくり休んでね」
楓 「先生は一人になって大丈夫ですか? 私なら……」
やよ「大丈夫。心配ない。ありがとう」
楓 「わかりました。……おつかれさまでした」
やよ「おつかれさまでした」
楓 「あ、今日描いたものもいつか世に出しましょうね」
やよ「そうね」
楓、退場。
○照明がやよいに絞られる。
やよ「あなた、ごめんね。私、もう少し生きてみる。またあなたに会ったときに、楽しい人生だったって、たくさん思い出話が出来るように頑張ってみる」
○別エリアに照明が入る。
そこに瞬後がいる。
瞬後「のんびり待ってるよ」
やよ「私のこと、怒ってる?」
瞬後「怒るはずないだろう。君が君の人生を生き抜くことが僕の望みだ」
やよ「……私、大丈夫かな?」
瞬後「大丈夫さ。君は最高の恋人で、最高の妻で、最高の漫画家だった。僕は誰よりもそれを知っている。だから心配しなくてもいい。これからも、君は君の思うままに進めばいい」
やよ「あなたは昔から口がうまいってわかってるのに、いつも私はあなたの言葉を真に受けちゃう」
瞬後「ごめん、でも、本当の気持ちなんだ」
やよ「わかってる、たくさん一緒に過ごしたんだもん。あなたの本当も嘘も見抜けるわ」
瞬後「そうだね、そうだった。……ありがとう」
やよ「……私の方こそ、ありがとう。私と出会ってくれて。……私を選んでくれて、私と道を歩んでくれて、こんな私のことを大切にしてくれた」
瞬後「僕は君を置いて海外に行ってしまったけどね」
やよ「忘れてた」
瞬後「でもね、離れても、心はいつも君で満たされていた。いつも君を思ってたんだ」
やよ「それでも行かざるえなかった?」
瞬後「そうだね。そういうこともある」
やよ「簡単に送り出したように思うかもしれないけど、私、本当は寂しかったんだよ。すごく、すごく。あなたの乗った飛行機を見上げて、ずっと泣いてたんだよ。……駄々っ子みたいにあなたの腕を掴んで離さなければ良かった」
瞬後「君の寂しさはもちろん知っていた。でも、あのときの僕は……いや、そんな話は意味がないな。たった一つ、たった一つだけ間違いなく言えることがある。あのときも、それからも、何より君を愛していたんだ」
やよ「……信じてあげる。この時計がその証だから。見て、あなたがいなくなっても、この時計は、健気に秒針を刻んでるのよ」
●音響、優しい音、フェイドイン。
瞬後「……ごめん。悲しい思いを、辛い痛みを与えてしまった。本当にごめん」
やよ「これからは、この時計をあなただと思って、身に付ける。今度はもう離したりはしないからね」
瞬後「……うん」
やよ「……そうだ、馬鹿げた質問していい?」
瞬後「どうぞ」
やよ「……あなたの人生はハッピーエンドだった?」
●音響、優しい音、フェイドイン。
瞬後「……もちろん」
やよ「よかった。もしそれがあなたの優しさだったとしても」
瞬後「ハッピーエンドに決まってるだろ。限られた時間の中で、愛する人に出逢えて、愛してもらえたんだ。ろくでもないこともたくさんあったけど、それに比べたら、取るに足らないことだ。君が、君がね、僕の人生をハッピーエンドにしてくれたんだよ。君が僕の人生を輝くものにしてくれたんだ。……いいかい? これからは、空の上から、君のことを見守ってる。辛いことや苦しいことががあったときは、空を見上げるんだ。君が泣いるいるとき、僕も泣いている。君が唇をかみしめているとき、僕もかみしめている。海外にいるのと変わらないさ。愛はここにある」
やよ「……うん、わかった、わかったよ。ありがとう」
微笑む瞬。
やよ「……おつかれさまでした」
深々と頭を下げるやよい。
微笑む瞬。
○照明、瞬のエリア、消える。
やよい、顔を上げる。
○照明、フェイドアウト。
カーテンコール。
END
戯曲「ハッピーエンドには早すぎる」 澤根孝浩 @tk-sawane-es
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます