第2話 【現実世界】漫画家・やよいのピンチ

2 漫画家の部屋 夏


   やよい、矢田、楓が舞台上。

   ●爽やかな曲、フェイドアウト。

   ○上手エリア、フェイドアウト、漫画家エリア、フェイドイン。(クロス)


矢田「で、出来上がってるのは、ここまでということですか?」

やよ「まぁ、そうなっちゃうかな。結果的に」

楓 「そうですね。結果的には」

やよ「頑張ったよね、楓ちゃん」

楓 「も、もちろんです」

矢田「はいはい、えっと、大学生の後輩の女子が先輩に告白しようと思ってたら、先回りして告白されて付き合い始める。なるほど。あー胸きゅんですねー。こっからが楽しみだなぁ」

やよ「でしょ? 気に入ってもらえって良かったね、楓ちゃん」

楓 「は、はい。良かった、良かった。あははは」

矢田「あはは……って何が面白いんですかっ!」

やよ「急に大きな声出さなくてもいいじゃない。もう午前二時よ。近所迷惑でしょ」

矢田「大きい声も出ますよ。締め切りいつか知ってるんですか?」

やよ「……明日?」

矢田「五日前です!」

楓 「本当です! もっと言ってあげてください」

やよ「あ、楓ちゃん裏切った」

楓 「こうなると思ったんですよ。締め切り迫ってるのに旅行に行くなんて。実は、先生、さっき帰ってきたばっかりなんですよ。それも一週間の長期旅行。帰ってから、今から描くから集合って電話があって」

矢田「は、はぁ!?」

やよ「こらっ……楓ちゃん。それ内緒って言ったじゃないの」

矢田「どういうことですか? 先生、頭おかしいんですか?」

やよ「そうね、ちょっとおかしいのかな、私の頭。こらっ、私の頭、なんて」

矢田「そんなんで誤魔化されませんよ。どこに行ってたんですか? 何をしに行ってたんですか? 取材ですか? プライベートですか? そこに漫画を放り投げることを説明できる合理的な理由があるんですか?」

やよ「そんな一度にあれこれ聞かれても答えられないってば」

矢田「一つずつでけっこうですから、答えてください」

やよ「えっとね、えっとぉ」

矢田「かわいこぶらない!」

楓 「あ、先生、ご主人と旅行だったんですよ。ラブラブ夫婦海外旅行。いい歳して」

やよ「だから、べらべら喋らないの! それにいい歳って」

矢田「ラブラブ旅行!? 私からの着信、気付きませんでしたか!? 必死に何度も入れてた電話を無視して。あ、その腕時計、何ですか? ごついの?」

やよ「え?」

楓 「本当だ。先生、そんなのしてませんでしたよね? ちょっと見せてください」

やよ「こらこらこら」

楓 「なんか傷だらけですね? 旦那さんのですか?」

やよ「まぁね」

矢田「今度会う日までこれを俺だと思って身につけてくれ……ってやつですか?」

楓 「寒っ」

やよ「そんなんじゃないわよ。……彼、忘れて行っちゃったから」

楓 「腕時計忘れるなんて、おっちょこちょいですね」

やよ「おっちょこちょいなのよ、あの人」

矢田「そんなことより、私、心配したんですからね。先生の身に何かあったんじゃないかって」

やよ「えっと、それは、ごめん」

矢田「絶対に許しません」

やよ「まぁさ、過ぎてしまったことよりは、これからのことを考えよう。ね?」

矢田「これから?」

やよ「そうよ、この作品を完成させなくちゃ」

矢田「締め切り過ぎてて、これっぽちしか描けてなくて、まだやる気はあるんですか?」

やよ「当たり前じゃないの。……私もプロだから原稿はきっちり渡すわよ」

楓 「先生、かっこいい」

やよ「知ってる」

矢田「……わかりました。最終の本当の本当の本当の締め切りを言います」

楓 「本当の締め切り?」

矢田「もうここ過ぎたら絶対に間に合わないからねっていうラインです」

楓 「あぁ、なるほど」

矢田「……本日、午前六時。午前六時までに原稿をいただけたら、その足で印刷所に持ち込んで、ギリギリセーフって感じです。はっきり言って、先生だからここまで待ってるんです。他の作家だったら……」

やよ「わかった、わかった! 今、二時だから、あと四時間ってことね」

矢田「へぇ期限を聞いてもまだやるんですね? はっきり言って、無謀な挑戦ですよ」

やよ「無謀な挑戦? いいじゃない。燃えてきた」

矢田「そういことでしたら、私も担当編集として全力を尽くします。こう見えても、元漫画家アシスタント、かつては、背景画の矢田と呼ばれた男です。漫画家の道は諦めましたが、腕はさびてません。任せておいてください」

やよ「おっ心強い」

楓 「へぇ、矢田さんって元は私と同じアシだったんですか」

矢田「今は先生みたいな才能を陰ながら支える敏腕編集マンだけどね」

楓 「自分で敏腕っていうのは恥ずかしくなりですか? なんか昭和っぽい」

矢田「誰が昭和ですか。ともかく、まずネームを見せてください」

やよ「……うん?」

矢田「だから、ネーム。物語の下地になるネームが無いと、手伝えないでしょ」

やよ「……」

楓 「……」

矢田「まさかとは思いますが、ネームも出来てないんですか!?」

やよ「……へへへ」

矢田「先生が過去最高の傑作を描くからネームのチェックはやめたいって言ったんですよ!」

やよ「それは、ちょっとごめん」

矢田「ちょっと!?」

やよ「すごくごめん……矢田ちゃん、細かいな」

楓 「ご心配なく。先生の頭の中にはちゃんとお話は出来てますから」

やよ「え?」

矢田「頭の中って言われても、先生の頭かち割って見られませんし」

楓 「矢田さんって、ちょいちょい口悪いですね」

矢田「で、こっからのスジはどんな風に考えてるんですか?」

やよ「ノープラン」

矢田「は?」

楓 「嘘、先生、さっき大丈夫だって言ってましたよね? てっきりプロットは完成してるもんだと思っていました。まさか何も考えず描き始めたんですか?」

やよ「だから、みんなで描こうって言ってるじゃん。アイデアをみんなで出しあって、ペン入れ、一発勝負」

矢田「冗談ですよね?」

やよ「本気も、本気。大本気」

矢田「信じられない」

やよ「あ、でも決まっていることはあるのよ」

矢田「なんです?」

やよ「ハッピーエンド」

矢田「……それだけ?」

やよ「それだけっていうとあれだけど、それはもうがっちりしてるから、むしろ安心して」

矢田「安心できませんよ! 鳳やよい最新作、描き下ろし四十八ページ長編読み切り! 夢と希望の超大作、乞うご期待つ! カミングスーン♪で散々宣伝しているんですよ! どうしてくれるんですか!?」

楓 「それは、矢田さんが悪いですよ。描けてないのに風呂敷広げすぎです」

矢田「はぁ!?」

楓 「あ、すいません」

やよ「ちなみにこの作品のタイトルも『ハッピーエンドは決まってる』だから」

矢田「えーっ! タイトルっていうのは作品の顔で……」

やよ「ともかく、頑張って描き上げるんだから、がたがた言わない!」

矢田「威張らないでください!」

やよ「ご、ごめん」

矢田「ともかく話の設定を詳しく聞かせてください。そうじゃなきゃ、一緒に考えられないですから」

やよ「やっと前向きになってくれた」

楓 「何も決まってないんじゃないですかね」

やよ「失礼ね、楓ちゃん。私のこと誰だと思ってるの?」

楓 「十八年前に連載開始した「三姉妹のコイバナ」が大ヒット! 数々の漫画賞を受賞後、十年間連載し、人気のまま終了。その連載終了後、八年間、新作描けてない漫画家の鳳やよいさん!」

矢田「楓さん!」

楓 「……あ、ごめんなさい。調子に乗って失礼なこと言っちゃって」

やよ「いいのよ、本当のことだもん」

矢田「だからこそ、今回の作品は、鳳やよいファンだけではなく日本中の注目の的なんです。頑張りましょう!」

やよ「ちょっと大袈裟じゃない?」

矢田「そんなことありません。ここでどーんって、鳳やよい、復活の旗印を掲げるんです」

やよ「そういう話はひとまず置いといてさ、えっと設定の話だったわね。まずね、主人公は瞬と如月の二人。瞬は如月の大学時代のサークルの先輩。瞬は大学を卒業して、大手食品メーカーに勤めている。イケメンで優しい王子様。如月は…如月はね、まだ大学三年生で就職活動真っ盛り。どじなのね。不器用で、他人がふつうに出来る   ことが自分には出来ないって思っているし、その通りって感じ」

楓 「ヒロインにネガティブな設定が多くないですか?」

やよ「そうかな」

楓 「なんか、この瞬の作画、誰かに似てません?」

やよ「え? 前に描いたキャラクターとか?」

楓 「いやぁ、そういうのじゃなくて、リアルの世界っていうか。ねぇ、矢田さん」

矢田「そんなこと、どうでもいいです。それよりも、王子様と、どじっこっていうのは王道で良いと思いますけど、二人のラブラブだけじゃ物語が展開しませんよ」

やよ「もちろん。二人の前に壁が立ちはだかるわけね」

矢田「壁?」

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