エピローグ

「うわぁ、けっこうしっかり撮られてたんだなぁ……」


 朝食時。朝のニュースを観ながら私は絶句していた。


『閑静な住宅街に現れた謎の巨大な影!』と題して、テレビではリポーターが昨日の河川敷で興奮気味に解説をしていた。深夜だったにもかかわらず、誰かがスマホかなんかで撮影していたのだ。荒い画像ではあるが、夜空に浮かぶ黒い物体がはっきりと映し出されている。


 おそらく多少なりとも魔力を持っている人が魔法陣の光に気づいて空を見上げたのだろう。幸いなことに魔法陣自体はカメラに映らなかったようだが、隕石が粉々に砕け散った爆音は誰もが耳にしたと思う。もう隠し通せる範疇はゆうに越えていた。


 ちなみに、今のところ魔王らしき巨人を見たという報道はされていない。ちょうど土手が目隠しになっていたし、現界してたのもわずか数十秒間だけだったからな。


 また数日前から行方不明になっていた少年少女たちが意識不明の状態で見つかったことからも、宇宙人に攫われていたんじゃないかという憶測が立っているようだった。黒い飛行物体はUFOで、彼らを降ろしてから自爆したという声もある。謎は深まるばかりだが、昨日の出来事がSNSを賑わせているのは事実だった。


 とはいえ、事が終わってからまだ数時間しか経っていないのだ。朝刊には載っていないし、少年少女が意識を取り戻したという話も出ていない。どのみち、いろいろな情報はこれから発覚していくだろう。《勇者》候補たちの記憶が残っているかどうか次第だが、私たちが関わっていることが露見しないことを祈るばかりである。


 そんなことよりも、私にはもっと気になることがあった。


「パパとママはどうして何も訊かないの?」


「ん~?」


 一緒に朝食を取っている両親に訊ねると、間の抜けた声が返ってきた。


 昨夜、パパとママが実際に見たことも含め、何があったかは簡単に説明した。少年少女を誘拐しようとしていた女神が地球を滅ぼそうとしたから私たちが阻止した、という感じで。


 けど、私自身のことは何も問われなかったのだ。どうして異世界から魔王を召喚できる力があるのか。どうして私たちが女神と対峙していたのか。そもそも私は何者なのか。地球を救えたこと、私たちが生き延びたことを喜ぶばかりで、疑問らしい疑問はほとんど投げかけてこなかった。


 家に到着したのが遅かったから次の日に回すのかと思いきや、こうやって顔を合わせてもそれらしき話は一切出てこない。結局、痺れを切らして私から訊ねてしまった。


「そんなの、当たり前だろ?」


 と言って、パパは大きな欠伸をかました。


「親ってのはさ、無条件で子供を守るものなんだ。いちいち理由なんか聞くつもりはないよ。もちろん悪いことをしようとしていたら叱るけど、基本的に子供がやろうとしていることは背中を押すのが親の務めだ。だから真央が真央である限り余計な干渉や詮索はしない。話したくなければ別にいいし、話したければいつでも聞くよ」


「あんな非現実的なことがあったのに?」


 それにはママが答えた。


「そんなの今さらよ。昨日も言ったけど、真央ちゃんが普通の子供じゃないなんてお腹にいた時から分かってたんだから。不思議なことの一つや二つくらい、何かあると思ってたわ」


 いや、女神だとか隕石だとか地球滅亡の危機だとか自分たちの子供が異世界から魔王を召喚したとか、不思議なことの一つや二つって言葉だけで片付けちゃダメだと思うが。


「思い出すわねぇ。例えば真央ちゃん、初めて幼稚園に送りだした時はウソ泣きしていたでしょ。周りに合わせて無理やり泣いてる姿が面白かったんだから」


「知ってたの!?」


「私は女優よ? 甘く見ないでほしいわね」


 ははぁ、こりゃ一本取られたな。


 とにもかくにも、パパとママは私が普通の人間じゃないと最初から知っていたわけだ。それでも何不自由なく育ててくれたのは、ひとえに家族愛が為せる業か。心の中でも家族愛だとか言うのは、ちょっと全身がくすぐったくなるけども。


「それはそうと、パパとしてはボランティア部の部員だっていう男の子二人の方が気になるんだけどなぁ」


 龍之介と鬼頭のことか。とても人間とは思えない姿してたもんな。あんな奴らが堂々と人間社会に溶け込んでいると知ったら、そりゃ私でも驚くわ。


 ただアイツらのことを説明するのも難しい。私自身のことを話すようなものだし、ぶっちゃけ原理とかいまいち分かってないもん。魔理沙から詳しく聞かなきゃ。


「同じ部活内にあんなカッコイイ男子がいたら、そりゃもうパパは心配で心配で……」


「そっち!?」


 カッコイイ!? マジで言ってんのか!? 龍之介も鬼頭もイケメンではないぞ!


 あっ、もしかして変身できることを言ってるのかな? 男子って変身ヒーローものとか好きだもんなぁ。……いや、男子だけじゃなかったか。


「大丈夫だって。鬼頭……デカい方の奴は桃田っていう相応しい女性がいるし、龍之介も須野さんっていうちょっといい感じの女子がいるし」


「いいや、分からんぞ。男はみんな狼なんだ。真央は可愛いからいつ食べられてもおかしくはないぞ!」


「むしろ《狼》には食べられたいけど!?」


「な、なんだと!? うちの娘を誑かしたのはどこの馬の骨だ! 今すぐ連れて来い!!」


「っていうか、昨日会ってるはずなんだけどね」


 やっぱり《狼》=寧々子ちゃんって結びづけるのは無理があるよな。ずっと隠れてたから存在感とかまるで無かったし。


 ともかく、あんまり男子と仲良くしている姿はパパに見せない方がいいなと思った。






 眠たすぎて何度か意識が飛びそうになったけど、何とか遅刻せずに登校することができた。


 予想通り、教室内は今朝のニュースで持ち切りである。


 ただ情報がまだ出回っていないためか、憶測ばかりが飛んでいた。一番有力なのはやはりUFO説みたいだ。まあ未確認飛行物体という意味では隕石もある意味UFOだし、その真下で行方不明だった少年少女が見つかったんだから、妥当っちゃ妥当な線だわな。


 あー、当事者ってのは辛いわぁ。私もみんなと一緒に純粋に噂を楽しみてぇ。


 始業時間ギリギリだったものの、龍之介も普通に登校してきた。ドラゴンに変身した際の後遺症などもなさそうなので一安心である。寿命を削ってまで地球のために尽力してくれた二人には感謝してもしきれないくらいだった。


 放課後、私は部室へ行く前に図書室へと寄っていた。須野さんに会うためだ。


 須野さんはいつもと変わらずカウンターで司書の仕事をしていた。必ずいると決めつけていた私も私だけど、いっつもいるよな? 他の図書委員は何してるんだ? まさか仕事を押し付けられたりしてないよな?


「あ、瀬良さん……」


 須野さんは私の顔を見るやいなや、慌ててすっ飛んできた。


 そして申し訳なさそうに頭を下げる。


「昨日は本当にごめんなさい。途中で帰っちゃって……」


「ううん、全然いいよ。須野さんには行方不明者の捜索で大いに役立ってもらったんだから」


 龍之介たちが『空白空間』に入った後、一人で帰宅したことを謝罪しているのだ。


 だがそれも仕方のないこと。『空白空間』内では時間の流れが遅く、解除された時点ではすでに深夜だった。門限もあるだろうし、ずっと外で待たされていた須野さんの身になれば、私も間違いなく帰っていただろう。龍之介のスマホにメッセージも入れてあったみたいなので、須野さんに落ち度はない。


 それに外で観測してくれたことも実りのある情報だった。


 話を聞く限り、『空白空間』が展開されていた場所は本当に何も無かったそうだ。ランニングや犬の散歩など、通行人は特に何かに阻まれることなく通過していたらしい。女神が展開していた『空白空間』は、完全に別世界だったと思ってもいいのかもしれない。


 つまり『空白空間』内で起こったことは、《勇者》候補たちが記憶を取り戻しでもしなければ露見しないということだ。うぅ、頼むぞぉ。私も面倒ごとは御免だからな。


「ありがとね、須野さん。また一緒にボランティア頑張ろう」


「は、はい!」


 一通り話を終えて、私は部室へと向かうことにした。


 その途中、桃田と遭遇した。というか待ち構えていた。特別棟の階段の踊り場で、腕を組んで仁王立ちをしていたのだ。おっ、パンツ見えそう。男勝りな女がどんな下着を身に着けてるかって、めっちゃ気になるよね。


「やあやあ。待っていたぞ、瀬良君」


「はあ」


 私は待たれたくはなかったのだが。


 立ち止まったまま呆けていると、いつもの自信満々な笑みを張り付けた桃田が下りてくる。そのまま馴れ馴れしく私の肩に腕を回してきた。


「黙ってるなんて水臭いじゃないか。瀬良君の両親、有名な俳優なんだろう?」


「あー……」


 そういえばそうだったな。へんてこなヒーロー衣装を着たパパを見て、桃田は興奮気味に目を輝かせていたんだった。


 ってか、桃田の顔がなんだか嫌らしいなぁ。とてもじゃないが、《勇者》適性のある人間には見えない悪人顔をしている。女神を討ったことで、適性が反転しちゃったかな?


 私は深々とため息を吐き出して、嫌々ご要望を伺った。


「何がお望みですか?」


「とりあえず昨日も言ったようにサインが欲しい。それにエンダー仮面が怪人を倒しているところを生で見てみたい!」


「……はあ。分かりましたよ。話は通しておきます」


「本当だな!? 絶対だぞ!?」


「まあ、桃田先輩にはお世話になってるんで」


 話を通すだけだけどな。後はどうなっても知らん!


「というか桃田先輩。先輩は鬼頭の変貌した姿とか見て奇妙に思ったりしないんですか?」


「ん? ああ、なんだ。昨日のことか」


 エンダー仮面のサインに比べれば、まったくもって取るに足らないことだと言わんばかりに桃田は嘆息した。


「もちろん驚きはしたさ。だが忌避したり嫌悪したりする気は毛頭ない。あれは鬼頭の個性として理解し、今後も奴に対する態度は特に変えないつもりだ」


「個性……」


「よく考えてもみろ。女神に魔法に変な空間に隕石に巨人だぞ? そんなファンタジックなものが実在するなら、友人だって変身くらいするさ」


 いや、しないよ? 普通は周りで奇怪な出来事があっても、友人は変身したりしないよ!?


 だが、これ以上言っても桃田は聞く耳を持ちそうになかった。悪い癖が出てる。めっちゃ目が輝きだした!


「それじゃあ瀬良君。キミのお父さんによろしくね」


 そう言って、桃田は上機嫌にスキップしながら階下へと降りていった。


 態度や考え方が一貫しているのは桃田の良いところであり、私も見習いはしたい。が、なんで私の周りの人たちって異常に対して異常に理解があるんだろうな。いやまあ、助かってはいるんだけど。


 不思議に思いつつ、特別棟の四階へと上る。


 ボランティア部の部室では、私以外の四人がすでに着席していた。


「鬼頭も変わりないようだな」


「うむ」


 龍之介が問題なさそうだったので特に心配はしていなかったが、実際に元気な姿を見れて安堵した。これで懸念事項がまた一つ晴れたな。


 私は寧々子ちゃんに軽いスキンシップ(断じてセクハラではないぞ!)をしてから自分の席に座る。すると間髪入れずに魔理沙が手を上げた。


「セラマオさん。いきなりで申し訳ないのですが、一つよろしいですか?」


「いいけど……そのセラマオっての、そろそろやめない?」


「えっ……」


 私の提案に、何故か寧々子ちゃんがショックを受けたように固まった。


 そして潤んだ瞳で私を見上げてくる。


「もうセラマお姉ちゃんって呼んじゃダメなの?」


 ズッキューン!! と心を撃たれたね。ちょっと涙目になっている寧々子ちゃんの上目遣いが可愛すぎて心臓が止まるかと思った。むしろ止まれ。寧々子ちゃんを悲しませる者は誰であろうと死で償うがいい!!


「いいよぉ! セラマお姉ちゃんって呼んでいいよぉ! だって私はセラマオだもの! 誰が何と言おうと瀬良真央でセラマオだもの! ずっとセラマお姉ちゃんって呼んでねぇ。いよぉしよしよしよし」


「あうあうあ~」


 わざわざ一回立ち上がって寧々子ちゃんを抱きしめに行く。ああん、やっぱり可愛いよぉ。本当に食べちゃいたいし食べられたい! パパよ、私は何も間違っていないんだよ!


「はい、本日の寧々子ちゃん成分補給終わり! で、魔理沙。なんだって?」


 急に冷静になって自分の席へと戻る。


 こういう時、もう慣れた、もといもう諦めたとでも言わんばかりに冷ややかな視線を寄こしてくる同志たちには感謝だ。私も存分に素の自分を出せるってもんよ!


「女神に関して良い情報と悪い情報が一つずつあります。昨夜は勝利の余韻に水を差すと思って、後回しにしていました」


 なんか嫌な予感がする。


「……悪い情報から聞こうか」


「はい。端的に言えば、女神に『死』という概念はありません。なので、いずれ彼女は肉体が再生し復活を果たすでしょう」


「……マジで?」


「マジです」


 全身から血の気が引いた。


 昨日は何故私たちが勝利できたのか。それは女神がまだ万全な状態ではなく、地球が積極的に力を貸してくれたからである。だが何よりも大きな勝因は、女神が私たちを殺そうと躍起になって姿を現したことだ。


 仮に女神が私たちの挑発に耐え、元の力が戻るまで忍び、私たちの与り知らぬところで地球滅亡を企んでいたとしたら、間違いなく阻止できなかっただろう。昨日はいろいろな幸運が重なって勝利を得られたのだ。たとえ常に地球の力を借りれたとしても、次はどうなるか分かったもんじゃない。


 だから女神復活はなんとしてでも止めなければならなかった。


「あ、あんなにバラバラになったのにか? 完全に蒸発したようにも見えたぞ! それでも復活するって言うのかよ!?」


「なんたって神ですからね。自然の摂理に従っていれば、おそらく数百年、数千年後には人の形を取り戻すでしょう」


「…………」


 脱力した。


 数百年? 数千年? どんだけ先の話をしてんだよ! 私たち死んでんじゃん!


 そりゃ地球にとっては近未来の出来事かもしれないけどさ、そん時はそん時を生きる人に任せようよ。私たちにはどうすることもできないぞ。


「で、良い情報ってのは?」


「あっ、はい。私たちが生きている間に復活することはないでしょう、ということを言いたかったのです」


「……そうか」


 うん、まあいいんだけどさ。魔理沙って情報の出し方ちょっと下手すぎない?


 重要な情報を明日に回すとかさぁ、喋り方も淡々としすぎてるしさぁ……こっちはもっとわくわくが押し寄せて来てほしいんだよ!


 まあ、そんなことはさておき。


 仕切り直しの意味を込めて咳払いした後、私は改めて同志たちの顔を見回した。


「諸君、昨夜はご苦労だった。みんな無事で何よりだ。魔理沙の話では数百年くらいは女神も復活しないということなので、いったんは忘れよう。ただ、連れ去られた《勇者》候補がまだいるかもしれないため、しばらくは捜索を続けようかと思う」


 助け出した五人と、操られていた六人の計十一人。女神と対面してから三週間以上は経過しているので、もう何人か確保されていても不思議ではない。


「とはいえ今日はみんなも疲れていると思うから、外に出るのはやめよう。代わりに、そろそろ私たちの本懐を成し遂げようかと思う。せっかく落ち着いて顔を合わせられる機会が巡ってきたわけだしな。と、いうわけで……私たちの本懐とはなんぞや! はい、龍之介!」


「……ボランティアか?」


「ちがーう! 《勇者》を倒すための情報収集だろ! 何のために転生したと思ってるんだ!?」


「理不尽すぎるだろ」


 ふふん。普段から弄ってくる龍之介には、こういうところでマウント取らないとな!


 ……あれ? 私ってそんなに弄られてたっけ?


「女神とのいざこざでは思わぬ収獲もあった。《勇者》が勝利するのは世界の選択であり、世界が己の生命力を分け与えて助力しているからである。昨日、私も《勇者》が受けられる恩恵を体験したばかりだ。だがまだだ、まだ足りない。何故世界が《勇者》の勝利を選択するのかという、肝心なところが抜け落ちているのだ。それを補うためには、各々が調べてきた物語が必要不可欠だと思う。さあ、同志たちよ。生まれる前から予定していた中間報告会を、いま始めようじゃないか」


 女神との対立なんてのは些細なことだ。障害物競争のハードル一つにすぎない。


 だって私たちの戦いはこれからなんだから!

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あべんじゃ~ず! 秋山 楓 @barusan2022

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