第25話 魔王、地球と対話する

 何も無い真っ白な世界。


 なんで私はサイヤ人でも修行してそうな場所で一人ぼんやり突っ立っているんだ?


 ……ああ、そうだ。思い出した。私、死んだんだ。


 隕石を破壊し、女神を討った後、最強の魔王は自分の世界へと還っていった。けど魔法陣の中へ降下していったわけではなく、その場でいきなり姿を消してしまったんだ。


 当然、魔王の肩に乗っていた私は地面に落ちる。十メートルはあろうかという高さから落下し、運悪く頭を打って帰らぬ人となった。これが顛末だ。つまり、ここは死後の世界ってわけか。道理で身体がなんかふわふわしてるし。


 くそう、あの魔王め! もうちょっと優しく降ろさんかい!


 ……ってのは嘘。もちろん冗談だ。


 落下したのは事実だけど、しっかりと鬼頭に受け止めてもらった。その後、魔王召喚に関して少しだけ説明して、倒れた《勇者》候補たちのために救急車を呼んでから解散。両親と一緒に帰宅し、家に到着したのと同時にベッドへ即ダイブ。死ぬほど疲れてたから、一呼吸置く間に眠ってしまった。のび太君もビックリだね。


 そう。だからここは夢の中、いわゆる明晰夢というやつなのだろう。


 そしてどうして私が夢を見ているのかも、すでに理解していた。


 目の前におっさんが現れる。以前と同じく薄汚れたコートを羽織り、浮浪者のような姿で私と向き合うように立っていた。


 おっさんの存在を認めた私は、何よりもまず最初に頭を下げた。


「本当に申し訳ありませんでした」


「いいよ、キミが謝るようなことじゃない。あの女神とやらが地球を滅ぼそうとしたのも、為るべくして為ったわけだ。結果的には私も助けてもらったわけだし、キミが一方的に謝罪するのは気が引けるね」


「助けてもらったのはこちらも同じです。それに地球に魔力を持ち込んだことも、謝っておこうかと思いまして」


「ああ、そのことか」


 事の発端はそれだ。私たちが地球に魔力を持ち込んでしまったせいで、クリーンな《勇者》を製造できなくなると女神が怒った。それがなければ、地球滅亡の危機なんて事態には陥らなかっただろう。私が必要以上に女神を煽ったというのもあるが、それは話がこじれた要因の一つにすぎない。


 さらに言えば、元々魔力の存在しない地球にとっては、訳の分からない物質をバラ撒かれたようなもの。世界のルールを変えてしまったのも同義。地球そのものをぶっ壊そうとした女神ほどではないにしろ、地球からしてみれば私たちも立派な『悪』には違いなかった。


「はっはっは」


 だが、おっさんは笑うだけだった。


「水道水の話はしただろう? 塩素が入ってるからこそ安全に飲めるんだ」


「はい」


「それと同じだよ。魔力とやらも、今後地球にどのような影響を及ぼすかは分からない。毒にも薬にもなり得るだろう。百年後、千年後に、それを見極めようじゃないか」


「でも……」


「私は今までずっと人間を見てきたから分かる。生物としての進化も、国としての盛衰も、外部からの影響が非常に大きかった。きっと世界同士でも同じなんだろう。魔力によって地球はさらに発展するかもしれないし、このまま滅亡の一途を辿ってしまうのかもしれない。だから魔力が良い効果をもたらすのであればキミたちに感謝しよう。悪い方向へと作用するならキミたちを恨もう。ただそれだけの話だ」


「……分かりました」


 おっさんがそう言うのであれば、それに従うまでだ。


 私は今後一切、魔力を持ち込んだことを気にしたり悔やんだりはしないだろう。


「それに、キミたちがボランティアに精を出してることも知っているよ。積極的に人々の役に立とうとしているキミたちを無条件で信じてみても、バチは当たるまい」


「あー……やっぱり見られてたんですね」


 照れるなぁ、ははは。


 いやいや、別に己の善行を恥ずかしがっているわけではない。元はといえば、桃田をぎゃふんと言わせるために始めただけなのだ。それが巡りに巡って世界そのものから評価されちゃってるんだから、そりゃ目も泳ぐってもんよ。


 ま、そのおかげで地球さんも手を貸してくれたんだから、結果オーライなんだけどね。


「異世界から来たお嬢さん。最後に一つ訊きたい。地球は好きかい?」


 そんなもの訊くまでもない。答えなんか最初から決まっている。


 私は今までの人生で最高の笑顔を浮かべた。


「大好きです。地球に生まれて本当に良かったと思ってます!」


「そうか。そう言ってくれれば、私も嬉しいよ」


 ゆっくりと消え行くおっさんは、どこか照れ臭そうに笑っているようだった。

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