第15話 でも、もう終わるのね

 千はまた話しかけてくれないだろうか。

 傘に入れてくれたあの時のように。


 咲奈はそう思って千を見るが、千は見向きもしない。

 それどころか、真夜中のお茶会に呼ばれることもない。


 これが千の言うところの ”解放” なのか。


 幕切はあっけないものだ。

 終わりの見えない夜毎の悪夢から解放されるという日が、このように複雑だと咲奈は思ってもみなかった。


 だが、結局はきっかけを創り出したのは全て咲奈である。


 告白などしなければよかった。

 そもそも、よかれと思って凰華のお茶会に参加したのも、結局は千を狂わすきっかけとなってしまった。


 「私は何一つ、何一つ・・・。」


 そんな時だ。

 咲奈の前に招待状が差し出された。

 顔を上げると、千が咲奈に直接手渡しに来たのだ。


 「谷崎さん・・・?」

 「こんなことをするのは最初で最後。お茶会に来てくれるかしら? 三島さん。」


 咲奈は震える手で、それを受け取る。

 千と目を合わすのが怖くて、逸らしながら受け取った。


 「お招き・・・ありがとう。谷崎さん・・・。」



 深夜24時。

 薔薇の温室。


 月は輝きに満ち。


 アールグレイの香りが漂う。


 「ようこそ、いらっしゃい。三島さん。今日は終わりにふさわしく、アールグレイにしたの。私、特別な日にしか淹れないの。」

 「特別な・・・日。」

 「さようなら、三島さん。」


 そう言うと、千は咲奈の頭上にカップを傾ける。

 アールグレイは咲奈に滴り落ちた。


 あの時も。

 震えていた。

 でも今も、震えが止まらない。


 「谷崎さん・・・私は、もう谷崎さんとお話しできないの? 今なら覚悟できてる。何をされてもいいって。それでも、駄目なの?」

 「三島さんが嫌がるようなことしようと思っていた。奴隷のように扱えば嫌がるから私の憎しみをぶつけれるって。でも、それが通じない今、あなたが一番嫌がるのってこういうことでしょ? だから、終わりにしようと思う。」

 「そんなこと言わないで、谷崎さん。お願い・・・もう一度、私を・・・。」


 「貴女たち、何をしているの?」


 後ろから聞き覚えのある声が聞こえ、二人は驚いて振り返った。


 「川端・・・先輩?」


 するとそこには川端凰華が立っていたのだ。


 咲奈は震える足で立ち上がる。


 「先輩、どうしてここに!?」

 「最近、テーブルの位置が変わってたり、この前に至ってはテーブルクロスに紅茶のしみがあったりしておかしいと思っていたの。でも日中は誰もいるはずがないし。夜中に何かあるのかしらと。そしたら、貴女たちがいたの。ねぇ、もしかしてお茶会をしているの?」

 「あ、あの・・・それは・・・。」

 「ここは私以外が入っていい場所じゃないのを知っているわよね? ましてや、お茶会を開くなんて。あら・・・? 咲奈? 貴女、髪の毛が濡れているわよ? 何かあったの?」


 そう言うと凰華は、千をじっと見た。

 千は何も言うことができず、ただ目を逸らしている。


 「咲奈、もしかして何かされていたの? 毎晩、無理矢理何かされていたの? だから、私にも会いに来なくなったの?だったら、私、そこにいる子のこと許さない。この学院で生きていけないようにしてやる。」


 生きてはいけない。

 そうか。

 私はここで失脚するのね。


 千が全てを覚悟した時。

 咲奈が身を乗り出して言うのだ。


 「違うのです!!」


 「・・・咲奈?」

 「みしま・・・さん?」


 咲奈は凰華に駆け寄ると、彼女の制服を掴んで必死に訴え続ける。


 「谷崎さんは、悪くありません!! 私がここに呼んだのです。谷崎さんとお茶会がしたくて。でもここは川端先輩の大事な場所だから昼間は呼べなくて。でも、ここでお茶会をしたかったのです! ここで・・・主催するのが・・・私たちの・・・夢だったから。谷崎さんとお茶をしたかったから・・・。この紅茶は私がこけてしまったせいで谷崎さんがこぼしたものです。だから、違うのです。」

 「咲奈・・・貴女が?」


 咲奈は何度も頷く。涙を流しながら。


 「お願いです。許してください、先輩。そしてこれからも続けさせてください。真夜中だけでもお茶会を谷崎さんとさせてください。私の夢だったのです。お願いです、やめてと言わないでください。お願いです。私にはもう、これしか・・・。お願いです・・・。お茶会を続けて・・・お願い。」


 あまりにも咲奈が必死に泣きながら言うものだから、凰華はため息をついた。

 そして、咲奈の頭を撫でる。


 「わかったわ、咲奈。特別に真夜中だけ使うことを許してあげる。」

 「先輩・・・。」


 次に凰華は、千をじっと見た。

 千は立つのもやっとで、凰華を見るのもままならない。


 「貴女が谷崎さんだったのね。貴女が羨ましい。」

 「え・・・私が・・・?」


 何を羨ましがることがあると言うのか。

 全てを手に入れた彼女が。

 千の目標としていた彼女が。


 「だって、こんなにも咲奈に見てもらえてるのだから。私のことを見てくれる人なんて誰もいないから。」

 「どういう・・・ことですか?」


 声を震わせながら千は凰華に尋ねた。


 「誰も私自身なんて見ていない。私を通してお茶会に参加することしか見ていない。私は誰にも見られていない。馬鹿みたい。それでもお茶会はやめられないの。誰か私を見てくれるまで。歪んだ想いでは、何も手に入れることなんてできないのに。」

 「誰も、見てくれない・・・。」


 凰華は微笑むと、千の肩をぽんと叩いた。


 「お茶会って本来は楽しいものなの。誰がこんなに歪んだものにさせたのかしらね。好きな人と純粋に楽しむ場なのにね。貴女が羨ましい。こんなに貴女のことを見てくれる子とお茶会ができるのだから。」

 「私を見てくれている・・・。」


 凰華は、そう言うと温室から出ていった。


 彼女が去った温室は、嵐が去った後のように静まり返っていた。


 全ての力を使って凰華に訴えた疲労感だけが咲奈に残る。

 疲労感だけが。


 千はゆっくりと咲奈を見つめた。

 咲奈もまた同じ。


 「ごめんなさい。谷崎さん、余計なことを言ってしまって。これからも続けさせてくださいなんて・・・。」

 「三島さん・・・。」

 「多分、こう言ったことも結局は逆効果になるのよね。谷崎さんを不快にさせてしまっただけだわ。谷崎さんとずっとここで会いたい。話したい。触ってもらいたい。・・・でも、きっとお互いもう疲れたよね? きっともう。」


 咲奈はポケットからスマホを出す。


 「これを見て。」


 そして千の写真をスライドさせては彼女に見せた。


 「これは・・・全部、私・・・?」

 「そう。ずっと谷崎さんを見たくて撮ったの。気持ち悪いよね。自分でもそう思う。最低なことをしているって。でも、これが私の全て。私の支え。歪んだ私の愛。」

 「・・・・・・。」

 「でもね、聞いて。これだけ写真があるのに、谷崎さんがこっちを見ているものなんて一枚もないの。それなのに。消すことはできなかったし、本物の谷崎さんをずっと見ていた。酷いことをされても。お願い、谷崎さん。これを全部消して。谷崎さんが全部消して。そうしたら、私。もう全て諦める。」


 そう言うと咲奈は千にスマホを差しだして、消去するようにと促した。

 千はスマホの画面と咲奈を交互に見つめる。

 しばらくした後、千は自分の写真を全て削除した。

 そして、咲奈に無言でスマホを返したのだった。


 これで。

 ・・・これで。


 咲奈が涙を流しながら、目を閉じて深呼吸をした時だった。


 「気持ち悪い。」


 「谷崎さん・・・?」

 「お茶会はやめない。私はこれからも三島さんを奴隷にする。私の写真を隠し撮りしていたことをクラス中に言いふらしてもいいの? 嫌なら私の言うことをずっと聞いて。ずっと。」

 「え・・・? どういうこと?」

 「私の命令を聞いて。」

 「何を・・・命令・・・するの? 今まで以上のことをするの? でも私は・・・。」


 狼狽える咲奈を千は睨むように見た。

 そして、怒鳴るように言うのだ。


 「これから、私にキスをして。お茶会をする度にずっと。」

 「谷崎さん・・・?」

 「私は貴女が嫌い。だからキスをして。ずっとして。そして、ずっと虚しい気持ちにさせる。」


 千にキスを許される。

 そんなこと今まであっただろうか。

 咲奈が勝手にしたことはあるが。

 千がそのようなことを言うなど、予想もしなかったことだ。

 何を考えてのことかは、咲奈には分からなかった。


 単純に咲奈を虚しくさせたいのか、それとも期待して良いのか。


 咲奈が撮った写真など全て千が消してしまって証拠などないのに。


 けれども、そんな深読みなど咲奈にはどうでもよかった。

 

 「キスをして。ずっと。」

 「するわ・・・ずっと。」


 咲奈は千に抱きつくと、彼女の唇に自分の唇を寄せた。

 寄せる。

 いいや、そんなものではない。

 貪るように食らいついた。

 千は咲奈を思い切り抱きしめ返すと、彼女もまた咲奈の唇を貪る。

 息をする暇などお互い与えないくらいに。


 咲奈の髪からアールグレイの雫が千の顔に滴り落ちていく。

 特別な日に淹れるアールグレイが。


 二人の間に愛など成立してはいない。

 ただ・・・今は、キスをするという行為だけが二人を溶かすのだった。

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