第14話 ずっと見つめさせて

 「早く服を着て。」


 咲奈が首を絞められ意識を失ってしまうと思った時に、千は彼女を離して服を投げた。

 咲奈は咳をしながら涙目で上を向いて倒れたまま。


 「もう、川端先輩のお茶会に行かないというなら用はない。私のこれからのお茶会に影響がないことが分かったから。」

 「もう川端先輩のお茶会にはいかない。でも、このお茶会はやめないで。」

 「何を言っているの? 貴女は私の奴隷ごっこから解放されるのだから、嬉しいでしょう? 貴女は解放されるし、私はもっと上に行ける。」

 「嬉しくなんてない。これが終われば、私は谷崎さんに会えなくなる。話せなくなる。触ってもらえなくなる。こんな酷いことは勿論されたくないに決まっている。でも、それ以上に・・・私は谷崎さんのことが好き。」


 それを聞いた千はまた怒りがこみ上げてきて、咲奈の頬をもう一度叩いた。


 「馬鹿みたいなことを言わないで!! そんな馬鹿らしい理由でお茶会に参加なんかしないで!!」

 「じゃあ!! 谷崎さんはどうしてお茶会を開くの? どうしてそこまで上に行くことにこだわるの!? おかしいわ。谷崎さんの放課後のお茶会は、このお茶会よりも歪んでいる。」


 咲奈は起き上がって、千に必死に訴えかける。

 “ねぇ、谷崎さん!!”

 そう何度も言いながら。


 すると千は暫く余り込んだ後、下を向いて少し震えながら口を開いた。

 温室に打ち付けられる雨の音にかき消されそうなくらい小さな声で。


 「・・・上に行かないといけない。上に行かないと、誰も私を見てくれなくなる。そんなの嫌。」

 「谷崎さん・・・?」

 「貴女だって嫌でしょ? だからそんなに見てくれというのでしょ? 私は誰にも見てもらえなくなるのが嫌。もう二度と嫌。上に行かないとみんな見てはくれない。みんなから忘れられていってしまう。消えるのが嫌。だから失脚するのが怖い。」

 「・・・谷崎さんは間違っている。例え、失脚してみんなから見てもらえなくなっても谷崎さんはこれからも消えはしない。」

 「なんですって・・・?」


 咲奈はそう言うと千に近づいて彼女の手を取った。

 千はじっと目を逸らすことなく咲奈を見つめている。


 雨音だけが暫く聞こえて、薔薇の花の香りを感じた頃。

 咲奈はゆっくりと千に語り掛けた。


 「見てもらえなくなるのは嫌。でも、一人でも見てくれたら。私はそれだけで幸せ。一人でもいい。一人でも見てくれる人がいたら消えはしない。谷崎さんは私を覚えていてくれた。だからずっと私はいる。だから谷崎さんだけにもっと見て欲しい。谷崎さんは絶対に忘れられたりはしない。私が絶対に忘れないから。私は絶対に何があっても谷崎さんだけを見いてるから。」

 「・・・嘘ばかりよ。みんな。愛なんて裏切られるだけ。」

 「・・・私が何を言ったところで逆効果だと思うから。何もこれ以上は言わない。信じてとも言わない。でも、これだけは最後に言わせて。」

 「・・・・・・。」

 「真夜中のお茶会をやめないで。私はずっと谷崎さんを近くで見ていたい。」

 「・・・服を着て、さっさと私の前から消えて。」



 それから。

 咲奈の机の中には千からの招待状は届かない。

 でも、千は他の少女たちに招待状を届け続けている。


 今までなら、悲しくなったら川端凰華に慰めてもらっていた。

 愛してくれるのは凰華だけと自らに言い聞かせて。


 しかし咲奈はあの一件以来、凰華には会ってはいない。お茶会も断っていた。凰華に色々と尋ねられたが無言を貫いていた。


 「もう、谷崎さんは見てくれないのかもしれない。でも、谷崎さん。私はずっと貴女だけを見ている。お願い、谷崎さん。ずっとこれからも見つめさせて。」


 その日は晴れていたのに帰るころには雨が降ってきた。

 まるであの時の夜の様に。

 曇天は咲奈の心をも暗くさせる。せめて雨だけでも避けて帰ろう。

 咲奈は下駄箱においてある自分の傘を取ろうとした。


 その時。


 「私、傘忘れちゃった。」

 「あ、ちょうどここに傘があるじゃん、これ使ったら?」

 「え、でも誰かの傘じゃない?」

 「こんな傘見たことないし、ずっと置きっぱなしだったのよ。これ使って帰ろうよ。」


 そんな少女たちの会話が聞こえて、咲奈の傘はなくなった。


 「見たことがない。傘と私。」


 仕方がない。

 濡れて帰ろう。


 咲奈はそう思った。

 もうこういうことなんて慣れていたし、濡れようが何をしようが今更どうでもいい。

 濡れていても誰も気づくことはない。

 今となっては誰も。


 泣きそうな顔で咲奈は玄関を出た。

 だが、濡れるはずの咲奈の頭上に傘がある。


 「え・・・?」


 咲奈が慌てて振り返ると、そこには谷崎千がいた。

 傘を差し出しながら。


 「・・・入ったら? 濡れるから。」

 「谷崎さん・・・。」

 「早く入って。このままここにいる気なの?」

 「でも・・・私は、もう・・・。」


 これではらちが明かないと思ったのか、千は咲奈の手を引っ張って傘の中に無理矢理入れた。


 「早く帰りましょう。」

 「・・・・・・。」


 会話なんて一切なく、雨の音だけが二人の間に聞こえた。

 遠くから楽しそうに帰る少女たちの声は聞こえたが、あまりにも遠すぎて耳に入らなかった。

 近くにある傘が雨をはじく音だけが聞こえる。


 咲奈はちらりと千を見たが、千は前を向いたまま。

 ただ、一度だけ咲奈を睨むようにして見た。

 それきり二人は目線も交わすこともなく、会話を交わすこともなく、寮までただ歩いた。


 寮まで着くと、千は傘を閉じて自分の肩についた雨を払った。

 よく見ると片方の肩が随分と濡れている。

 咲奈は自分の肩を見てみたが、濡れてなどいない。


 「・・・谷崎さん。」


 そう言いかけると、千は閉じた傘を咲奈に差し出す。


 「いらないからあげる。」

 「え・・・?」

 「どうせ、誰かに盗られて傘なんてもうないのでしょ? 私はたくさん友達がいるから。別に困りはしない。貴女は誰も見てもらえてないから。」


 咲奈は差し出された傘をゆっくりと受け取った。


 「・・・ありがとう、谷崎さん。」


 でも、谷崎さんだけは見てくれているから。


 そう言おうと思ったが、やめておいた。

 千は咲奈を見ずにさっさと行ってしまったし、今は真夜中でもない。

 そして、もう何もからかも解放されたのだ。

 お茶会はない。

 

 「私は、何から解放されたのかな。谷崎さん。」


 これからの真夜中は何をして過ごすのだろうか。


 咲奈は暗い空を見上げて、傘を抱きしめたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る