第13話 歪んだ愛を溶かして

 深夜24時。

 薔薇の温室。


 咲奈は招待状を握りしめてやってきた。

 震えはもうない。

 迷いなんてもうない。


 「いらっしゃい。三島さん。」

 「ええ、お招き・・・ありがとう。谷崎さん。」


 咲奈がそう言うのは初めてのことで、千は少し面食らった。

 だが、もうそういうことに慣れて開き直ってきたのかと思い、勝ち誇った笑みをこぼしたのだった。


 いつも通り千がティーポットに手を伸ばそうとすると、咲奈はその手を取って制止させた。


 「何よ・・・?」

 「・・・・・・。」


 咲奈が黙り込んでいるものだから、千は苛立って彼女の手を振り払った。


 「お茶はいらないってこと? いいわ。今日のお愉しみをさっさと始めましょう。今日は何をしてもらおうかしら。」


 それを聞いて、咲奈はおもむろに自分の服を脱ぎ始めた。


 雨が温室に打ち付ける真夜中。

 雨音が五月蝿い。


 咲奈は、月の見えない空を一度仰いだ後、何も言わずに服を脱ぎ続ける。


 「三島さん・・・? 何をしているの?」

 「私を見てもらいたくて。」

 「どういうこと・・・?」


 千が眉を顰めているうちに、咲奈は何も纏わない状態になった。


 「自ら殺されにきたってわけ?」


 千は勝気な微笑みをたたえているが、実際のところは動揺していた。


 咲奈は何をするのか?

 いや、それよりも千は思い出していた。

 遠い昔・・・のことを。


 咲奈は千に近づくと、再び彼女の手を取った。


 「触って。私に触って、谷崎さん。」

 「何をするの!?」


 "私に、触ってよ。千ちゃん。”


 咲奈は自分の胸に千の手を持っていくと、無理矢理彼女に触らせた。


 「もう、誰にも触らせない。谷崎さんだけに触ってもらいたい。」


 “千ちゃんだけに触らせてあげる。”


 「やめて・・・。」


 「お願い、私を見て。谷崎さん。」


 “千ちゃん、私を見て!”


 「やめて!! どうして、そんなことを言い出すのよ!?」


 「谷崎さんが好きだからよ。もう隠しはしないわ。私はずっと谷崎さんが好きだった!! 私は谷崎さんだけをずっと見ていた!!」


 “千ちゃんが好きだから。私、ずっと千ちゃんを見ているの。”


 「五月蝿い!! 消えて、消えて、消えて、消えて! 私の前から消えて!!」


 「消えない。私が消える時は、谷崎さんが私を忘れる時。最後に見てもらうまで、私は消えたくない。絶対に消えはしない。」


 “さようなら、千ちゃん。”


 苛立ちと恐れ、嫌な思い出。

 全ての負の感情が千に押し寄せてくる。

 その結果、千は力任せに咲奈を押し倒した。

 咲奈の身体は地面に打ち付けられる。


 「何を言い出すの!? 三島さん!! 貴女は私が憎いはずよ? 私がしてきたことを忘れたの!?」

 「忘れない。憎い、辛い、悲しい。それは私が谷崎さんのことが好きだったから・・・谷崎さんの仕打ちが憎かった! でも、私と谷崎さんの接点はもうこれしかない・・・。これしかないのよ・・・。」

 「接点ですって? 何を求めているの!?」

 「私は谷崎さんを求めている。ずっと、ずっと、ずっと!!私を初めて見てくれた時からずっと。私は谷崎さんをずっと見ていた。私は谷崎さんのお茶会に参加したかった。ずっと、ずっと、ずっと・・・!!」

 「馬鹿にしないで!!」


 千は思い切り咲奈の頬を叩く。

 だが咲奈は涙目になりながらも、千に訴え続けた。


 「私が谷崎さんを馬鹿にしたことなんて一度もない。川端先輩のお茶会に参加したのも谷崎さんに会いたかったから。先輩のお茶会に参加すれば谷崎さんに見てもらえる資格があると思ったから。その代償として川端先輩に求められた。私は、ずっと先輩を谷崎さんだと思って抱かれ続けていた。谷崎さんだと思ってずっと喘ぎ続けてきた。」

 「何ですって・・・?」

 「本当の谷崎さんは見てくれない。川端先輩は優しくしてくれる。愛してくれるのは先輩だけ。そう思ったのに・・・そう思えば楽になれるのに・・・それでも私は谷崎さんを求めている。」


 咲奈は全てを言い尽くすと、千の両頬に触れた。


 「これから私のことを今まで以上に酷くしてもいい。全て覚悟して今日は来たから。でも、お願い・・・私を最後に一度でもいいから見て。私だけを見て。」


 咲奈は千を思い切り引き寄せると、彼女に口付けた。


 決して千がしてくれなかったこと。


 咲奈が深く千の唇を貪る前に、彼女は引き離される。

 そしてもう一度頬を叩かれると、今度は怒りのまま首を絞められた。


 千は今まで見せたことのない目で咲奈を見つめる。


 怒り、そして恐怖に慄く目。

 その目で、ずっと咲奈を睨んでいる。他の何も目に入らないくらいに。


 咲奈も千を見つめた。

 苦しくて、目に涙を浮かべながら。

 それでも、咲奈は千を見つめる。


 歪んだ二人の想いが交わす目線。

 何一つ二人の想いは交わらない。

 それでも。


 「よかった・・・やっと・・・谷崎さんが私を見てくれた。私だけを・・・。」


 千が咲奈を押し倒した弾みで、机から紅茶が滴り落ちる。

 二人に落ちる。


 歪んだ咲奈の愛を溶かしながら。


 雨が温室に打ち付ける真夜中。

 雨音が五月蝿い。

 月は見えずとも。

 温室はなおも明るい。

 お茶会が続く限り、昼間も深夜も常しえに。

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