第9話 思い出の中の貴女Ⅱ

 千の部屋。

 千は紅茶のカタログを見ながら、楽しそうに歌う。


 Humpty Dumpty sat on a wall,

 Humpty Dumpty had a great fall.

 All the King's horses, And all the King's men

 Couldn't put Humpty together again!


 そして引き出しから招待状を出してくると、ガラスペンで次の招待者の名前を書く。


 「私は落ちない。絶対に落ちはしない。私がみんなを撃ち落とすの。京ちゃん、私は絶対上に行くからね。」


 千は思い出す。


 二年前の春。

 千が中等部三年生の時。


 春は出会いの季節というが、千にとっては別れの季節だった。


 「京ちゃんは、中等部でのカースト最下位になったのね。」


 京と呼ばれた少女は、風に長い髪をなびかせながら千に背を向けている。


 「だから、ここから逃げるのね。」


 千の呼びかけにも京は答えない。


 「私、ずっと京ちゃんについていっていたのに。京ちゃんが一番になるって信じていたのに。京ちゃん、あんなに好きって言ってくれたじゃない。あんなにずっと手を繋いでくれたじゃない。でも京ちゃん、私を置いて一人で逃げるのね。」


 「さようなら、千ちゃん。上に行くことができない人間なんて、価値がないのよ。だって、誰も見てくれないもの。さようなら、千ちゃん。」


 「助けて、京ちゃん。私はどうしたらいいの? 私、京ちゃんのせいで・・・全てを失ったのに。京ちゃんは一人で逃げるのね。私が一人残されて・・・誰にも見られなくなってしまうのね。京ちゃんは一人で逃げるのね。」


 桜の花の嵐。

 花吹雪の中に彼女は消えて行った。

 それが、二年前の春。



 「さようなら、弱者。」


 千は微笑むと、ノートに書かれてある何人かの少女の名前に二重線を引く。

 招待状が送られることのなかった少女たちはこうやって消していくのだ。


 「愛なんていらない。感情なんていらない。必要か不必要か、それだけよ。邪魔な子は消す。私は許さないわ。私を馬鹿にする子も蹴落とそうとする子も。あんな思いはもう絶対にしたくない。私は誰も信じない。」


 一通り次の招待状を書き終えると、千は薔薇の封を取り出した。


 「次はどんなお茶会にしようかしら。待っていて、三島さん。」

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