第8話 貴女が見てくれるなら

 "谷崎さん、私を見て。”


 そう、咲奈が呟いた直後だ。


 「私なら見ているけれどね。可愛いのね、貴女。」


 背後から声がして咲奈は慌てて振り返る。


 するとそこには、高等部二年生ながらカースト最上位に君臨している川端凰華が立っていた。


 「か、川端先輩!?」

 「貴女、知らないの? ここは私だけが入っていい場所なのよ。この学院で一番の人しか入れないの。」

 「ご、ごめんなさい! 私・・・すぐに出て行きます!!」


 咲奈が立ち上がって、その場を去ろうとすると凰華は咲奈の手首を掴んで引っ張る。

 その反動で千の写真のままになっているスマホが落ちてしまった。


 「あ・・・。」

 「あら、やっぱり。」


 見られてしまった。

 咲奈が恥ずかしさに涙を溜めていると、凰華はそっと咲奈の目尻を撫でる。


 「悲しい恋をしているのね。」


 咲奈は思わず体をびくりと震わせた。


 「恋なんて・・・そんな良いものでもありません。」


 すると、それを聞いた凰華は優しく咲奈の額にキスをしたのだ。


 「!?」


 咲奈は慌てて凰華から離れると、額に手を当てる。

 そんな咲奈を見て凰華は、クスクスと笑った。


 「可愛い。お茶会目的ではなくて、その子にただ会いたいから貴女は仲良くなりたいのね。その子はとても幸せね。」

 「先輩・・・?」

 「私の周りにそんな子なんて一人もいないもの。貴女は誰よりも純粋なのね。」

 「そんな・・・私なんて。」

 

 ただの歪んだ価値のない人間だ。


 咲奈が相変わらず暗い顔をしていると凰華は咲奈をじっと見つめた。

 凰華から目が離せない。

 この気持ちはどう表せばいいのか分からない。


 悦び。


 それが一番近いのかもしれない。


 咲奈が思っていると、凰華は咲奈を引き寄せて彼女に口付けた。

 目線より熱く。激しく。


 「・・・っ!!」


 驚いた咲奈は凰華を引き離す。


 「貴女、誰よりも綺麗。ねぇ、私のお茶会に来て?」

 「え・・・?」

 「貴女の相談に乗ってあげる。私、貴女が好き。」

 「川端先輩?」

 「そうすれば、きっとその子は振り向いてくれるわ。私のお茶会に行けるくらい貴女が優れているという証拠になるわよ。だから、その代わり私とキスして? 一緒に遊びましょうよ?」


 凰華は、咲奈を優しく抱きしめる。

 そして首筋に噛み付く。


 あぁ、いい香りがする。

 薔薇?紅茶?焼き菓子?

 違うわ。

 でも、分からない。


 だけど、こんなことは。


 「先輩、でも・・・こんなこと続けられません。私には好きな人が・・・。」


 すると凰華は微笑む。


 「わかってる。じゃあ、こうしましょう。貴女は私の向こうに好きな人を見て。私をその谷崎さんとやらと思ってキスして。抱かれて。私を谷崎さんと呼んでも構わないわ。」

 「だ、駄目です! そんなことしてまで川端先輩は私と関係を持ちたいのですか?」

 「そうね。どんなことでもするわよ。好きな子を手に入れたいもの。まぁ、そうこうしているうちに貴女は私自身を好きになるわよ。さぁ、どうする?」


 谷崎千。

 川端凰華。

 谷崎千。

 川端凰華。

 谷崎千。


 何を恐れることがあるものか。


 「わかりました。私、谷崎さんが見てくれるなら、どんなことでもします。」



 ・・・それが一年前の夏。


 泣き止んだつもりが、咲奈はまたぽたりとスマホの画面に涙の雫を落とす。


 「私、川端先輩のお茶会に行けば、きっと谷崎さんに認めてもらえると思ってた。谷崎さんのお茶会に呼ばれる資格が持てるって思ってた。ずっとずっと谷崎さんだけを見ていた!! どうしてなの、谷崎さん! 谷崎さん!! 谷崎さん!!!」


 咲奈はその写真を削除しようと指を伸ばす。

 震えながら。


 「谷崎さん・・・私のせいね。私は私のせいで、恋とも言える愚かな気持ちが終わるのね。谷崎さんは、私なんて見ていない。そう・・・今はただ、谷崎さんが憎い。」


 咲奈は涙を拭うと、窓のカーテンを開けた。

 それでも月夜は美しい。


 咲奈は、そっと削除の文字から手を離した。

 まだ消すことができなかった。

 全て忘れたら楽になるものを。


 だからこそ咲奈は自分に、こう言い聞かせたのだ。


 「私を愛してくれるのは、きっと川端先輩だけ。川端先輩を通して谷崎さんを見るのはもうやめるわ。その方が正しいんですよね? 川端先輩。」

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