第7話 思い出の中の貴女

 一年前の夏。

 三島咲奈が高等部一年生の時。


 彼女は全く目立たない少女であった。

 この学院にお茶会という裏制度があることは知っていたし、同級生も既に参加している子もいた。

 お茶会とは、どのようなものだろうか。


 「私も行ってみたいな。」


 しかし、今の咲奈にとっては夢のまた夢。

 なぜなら咲奈は目立たないどころか、むしろ。


 「きゃっ!!」


 咲奈は女学生にぶつかった。

 いや、正確にはぶつかられた。


 その拍子に咲奈が大事にしている本が落ちてしまう。

 慌てて咲奈は屈んで拾おうとしたが、ぶつかった少女に踏まれてしまった。


「あ・・・。」


 悲しい思いなんて慣れた。

 もう一度、拾おうとすると他の少女が踏んでいく。


 もう拾うのを諦めてしまおうか、泣くことすら忘れた咲奈が立ちあがろうとした時。

 目の前に本が差し出された。


 驚いて拾ってくれた相手を見てみると、そこには谷崎千が立っていた。

 千は微笑むと本の埃を払い、咲奈に手渡す。


 同じクラスの谷崎千。

 クラス、いや学年の人気者。

 美人で明るくて優しくて。

 一年生なのにカースト順位は既に上に昇ろうとしていた。

 規模は小さいが、お茶会も主催しているらしい。


 「これ、大事な本なのでしょう?」

 「え、あ・・・ごめんなさい。」

 「謝らないで。」

 「あの・・・どうして、私が大事にしているって、知っているの?」

 「いつも読んでいるでしょ? 違うの?」


 見ていてくれたの?


 そう言いかける前に千は誰かに呼ばれて行ってしまった。


 咲奈の胸は高鳴ったまま。

 誰にも見てもらえない。誰にも相手にされない。

 それなのに彼女は、自分を助けてくれた。

 そして、見ていてくれていた。

 

 あの谷崎千が。


 ただ、真実としては。


 千は上に行くために常に他人を見定めている。

 少しの行動も見離さない。

 それを利用しては他人の心を打つような言葉をかける。

 人とは、自分の言動にひっそりと気づいてくれていると知った時、喜びを持つものだ。


 咲奈もその一人。


 だが、そんなことを知らない咲奈は本を抱きしめると、千を想ったのだった。


 それから。

 時が経つにつれ咲奈は虚しくなっていく。

 いくら咲奈が想っても、どんどん千は遠い存在になるばかり。

 どんどんお茶会の規模は大きくなるばかり。

 今日も学年でカーストが上の少女たちを囲んで、次のお茶会の話。


 どれだけみんなに虐められても、無視されても悲しくはない。

 でも、千に忘れられていくのが悲しい。


 千が、もう一度自分に微笑みかけてくれたなら。

 話してくれるなら。


 「私、谷崎さんが見てくれるなら、どんなことでもする。」


 しかし、やはり千は手の届かない存在。

 お茶会なんて誘われはしない。

 もう話しかけてももらえない。


 悲しみに耐えかねた咲奈は、薔薇の温室に入って茂みの中に座り込む。

 千の写真を見ながら。


 咲奈は、こっそりと千の写真を撮っていた。

 こんなことをするなんて、ストーカーと同じだ。


 きっとこのことが本人にばれたら軽蔑されるだろう。

 きっと他の人にも知れ渡り、今以上に虐められたり無視されるだろう。

 

 それでも、それより。


 「谷崎さんを見ていたい・・・でも、写真の谷崎さんとも私は目が合わないのね。」


 今ですらこんな状況。

 彼女のお茶会に参加できるなんて一生無理に決まっている。


 スマホの画面に涙が落ちた。

 咲奈はゆっくりと千の写真に口付ける。

 そしてこう呟くのだった。悲痛な声で。


 「・・・谷崎さん、私を見て。」

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