第10話 それでも貴女を求めている

 深夜24時。

 薔薇の温室。


 今日はカモミール。

 癖はあるけれど、咲奈は嫌いではなかった。


 これを飲めば落ち着くはず。

 これを飲めば落ち着くはず。


 手はもう震えない。

 咲奈はゆっくりと紅茶を飲む。


 千はその様子をじっと見つめていた。

 そして、小さな瓶を咲奈に差し出す。


 「蜂蜜、いる?」

 「いえ、いらないわ。」

 「そう。甘いのが嫌いなのね。覚えておく。」


 覚えておく。


 これは千の癖。

 その人の好みを覚えて、次に繋げる。

 お茶会を喜んでもらえる。

 それが千の悦び。

 好みなど、このお茶会に必要なのかは分かりかねるところだが。

 ただ、咲奈を困惑させるには充分の効果があった。


 次があるの?

 また次も。

 その次も。


 いつまで千は自分の存在を覚えているのか。


 憎しみの矛先から、逃げたい。早く。


 憎しみの矛先だとしても、逃げたくない。まだ。


 咲奈は首を振って、先ほどの考えを消す。

 きっと自分を愛してくれるのは凰華だけだから、彼女を守る為に参加しなければならない。


 だから、谷崎千は憎い。


 「谷崎さん、今日は私、何をすればいいの?」


 スカートを握り締めながら咲奈はそう言った。


 「分かってきたじゃない。私、賢い子は好き。でも、今日は何もしなくていい。」

 「え・・・?」

 「じっとしていて。今日は私がするから。」

 「どういう・・・。」


 千は立ち上がると、咲奈に近づく。


 「立って。」


 咲奈は椅子から立ち上がる。止まったはずなのにまた震え出す。


 千は咲奈にそっと触れた後、今度は乱暴に制服を脱がせた。


 「谷崎さん!?」

 「それも、いらない。」


 千はあくまで冷たい目線で、人差し指を上下に振る。

 下着も脱げという意味だ。

 咲奈が戸惑っていると、千は早くしてと怒鳴った。

 咲奈の中の千は決して怒鳴ったりするような人ではなかったのに。


 咲奈は唇を噛み締めながらも、上半身を全てを晒した。


 「これで満足なの? 谷崎さん。」

 「あまり。」


 千は咲奈の背後に回り込むと、彼女の胸に触れた。


 「!?」


 そして、壊れ物を触るように優しく撫でる。

 咲奈の胸の先端も。

 指の腹で撫でる。


 「・・・っっ!」

 「気持ちいいの? だったら声を出したら? 川端先輩の時のようにね。」


 千は彼女の胸を弄っては、先端を触ったり弾いたりする。

 愉しそうに。


 千に全てを触られたい。

 咲奈はそこまでも思っていたわけでは決してなかった。

 ただ、凰華を通して彼女を感じていたのは確かだ。

 そして今、自分に触れているのは凰華ではない。千なのだ。


 だからといってこのような形は残酷すぎる。


 谷崎千が憎い。


 「お願い・・・っ・・・やめて、谷崎さ・・・あっっ・・・。」


 思わず最後に咲奈は小さく喘いでしまった。


 「苦しい? 下も触ってあげようか? 私は優しいから。苦しむ姿から解放してあげようか?」


 咲奈は涙を溜めながら首を振る。

 しかし、千がやめるはずがない。

 スカートの下に手を入れると、ショーツの上から何度もなぞってやる。


 「あら? もっと苦しくなっちゃった?」

 「ん・・・っ、いや・・・やめ・・・っ・・・!」


 咲奈は自分の口を塞いだ。


 やめて?


 やめないで?


 何を言おうとしたのか。


 咲奈は自分が分からなくなる。


 この手は凰華ではない。

 自分に触れてくれているのは凰華ではない。

 こんな声を出すのは許されない。


 そう、凰華ではないのだ。

 凰華ではないから。

 これは千だから。

 憎い谷崎千。

 そう、千なのだ。

 だから。


 「谷崎さんっ・・・お願い・・・。」


 もっと。


 咲奈は仰反るように天井を見上げた。

 温室からは空が見える。

 暗闇に浮かぶ月は何よりも煌めいていた。


 あぁ、どうしてこんなに月明かりが眩しいのかしら?


 咲奈はこんな時に何故かそればかり思った。


 「・・・三島さん。また、お茶会しましょうね。」


 全てが終わった時、千に耳元でそう言われた。


 咲奈は自分は本当に馬鹿げていると嫌悪に陥った。

 こんなにも、こんなにも酷い事をされたのに。

 そう・・・こう思ってしまったのだ。


 ・・・谷崎さん、やっぱり、貴女は川端先輩とは違う。

 谷崎さん、貴女は私に絶対キスをしてくれないのね・・・。


 「お願い。谷崎さん、私を見て。」

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