神島少年探偵団の入団試験・下


 午前の授業が終わり、昼休みになった。


 僕が一人でお弁当を食べていると、不思議な組み合わせの三人組が僕の席を取り囲む。男子一人に女子二人。それぞれの人物を僕は知っていたが、普段の彼らを結ぶ接点に心当たりが無かった。しかし、今このタイミングで僕の前に姿を現したという事は、彼らが神島少年探偵団なのだろう。


「小林少年! あの体たらくは一体何だ!」


 初めに声をかけてきたのは、学級委員長の小城君だった。彼は昇降口前で見張っていた人物だ。


「体たらくって……答えは合っていただろ、?」


「答えは合っていたが、謎を解いて授業に遅れるなんて言語道断だ! それより……どうして俺が魚太郎だと思ったんだ?」


「簡単な話だよ。あの第四の答えは男子トイレの中に有ったんだから、後ろの二人には答えを仕込む事が出来ないだろ?」


「心理的な抵抗はあるかもしれないけれど、不可能ではないと思うよ」


 反論してきたのは氷沼さんだった。普段関りの無い彼女が、今朝声をかけてきたのは、僕が入団希望者だと知っていたからなのだろう。


「確かに、これが本当の事件で、トイレに凶器が隠されていたならば、男子に罪を擦り付けたい女子の犯行も疑わなきゃいけないと思う。でも、これは入団試験の為の謎なんだから、そこまでするとは思えないな」


「……まあ、及第点でしょうか。それでは、どうして私たちが貴方の入団試験に関わっていると思ったのですか?」


 これは小倉さんからの質問だった。今まで話したことは無かったけれど、まさか彼女も神島少年探偵団だったとは。


「それは、鎌を掛けたら簡単に自分が魚太郎だと自白してくれたからだよ」


 小城君が赤面しつつ僕を睨む。氷沼さんは嬉しそうに笑顔を湛え、僕の脇腹を小突いた。


「やるじゃん、小林少年。あ、私は氷沼虹子ね。神島少年探偵団の千都中学支部所属でーす」


「あ、ええと……小林芳瑠です」


「知っているわ。小城君が君のアカウントを調べてくれたから……小倉です。好きな作家は横溝正史と江戸川乱歩です」


「……もしかして、今回の問題って小倉さんが作った?」


 僕の質問に彼女は不思議そうに首を傾げる。


「どうしてそう思うのかしら?」


「いや、松尾芭蕉の俳句になぞらえた見立て殺人が有ったなって思って」


 小倉さんの表情がみるみる明るくなる。孤高の小倉と恐れられている人だったから、こんな表情豊かなのが意外に感じられた。


「むざんやな冑の下のきりぎりす。一つ家に遊女も寝たり萩と月。……ええ、獄門島も大好きよ。けれど今回の問題は小城君の趣味が反映されているわね」


 名前の挙がった小城君は「おほん」と咳払いをして口を開く。


「小城倫太郎だ。神島少年探偵団千都中学支部の支部長をしている。好きな作家はエラリー・クイーンだ」


「なるほど。悲劇シリーズだ!」


 エラリー・クイーンの代表作といえば、悲劇シリーズと呼ばれる四部作だ。そのうち三作には、それぞれXYZのナンバリングがされている。


 僕が悲劇シリーズの名前を出すと、小城君は目を輝かせる。


「読んだことは?」


「Yの悲劇だけ」


 正直に答えると、小城君は嬉しそうな笑顔でわざとらしくため息をつく。


「ライトなミステリーファンはいつもそうだ。どうしてみんなYの悲劇しか読まないんだ! 次に会う時までに、最後の事件まで読み込んで来い! これは支部長命令だ」


「ええ、そんな無茶な……」


「そんな事より、小林少年は今回の問題どうだった? 小城君的には自信作だったみたいだけど」


「うっ、余計な事を……」


 これは氷沼さんに言われて、小城君は急に大人しくなる。僕はお世辞を言う気は無いので、正直に答える。


「及第点って所かな。問題は悪くなかったけど、制限時間が短すぎるよ。三十分といいつつ、問題を読む時間を別にすれば、謎解きに使えるのは実質五分ぐらいしか無かったじゃないか」


「フン、それはお前が情報さえ揃えばすぐに謎を解けると豪語ごうごするからだろう」


 あれ、そんな事言ったっけ?


「まあまあ。そんな事より、小林少年は合格でいいよね?」


 氷沼さんが小城君に聞く。小城君は再び「フン」と鼻を鳴らして、眼鏡の位置を直す。


「当たり前だろう。これほどの逸材がまだ我が校に残っていたのが驚きだ。まったく、休み時間に読書していてくれれば、声をかけてものを……」


 小倉さん以外、休み時間に読書してないじゃん。そう心の中で突っ込みを入れつつ、僕は思わずガッツポーズをする。


「よっしゃ!」


「あまり調子に乗らない事をお勧めするぞ。他校の団員の中には、大人顔負けの難問を作る方や推理小説の新人賞を取った人も居る。団員のホームページのアカウントは発行しておくが、他の団員には敬意を払い、慎ましく楽しむ様に。これは支部長命令だ!」


「分かっているよ。それよりも、これからよろしく!」


 支部長命令なんて言っちゃって、小城君も調子乗ってるじゃん、と心の中で突っ込みながらも、僕は嬉しくて仕方が無かった。


 まさか同じ学校にこれほどの仲間がいるとは思ってもなかった。これからは、面白い推理小説に出会う度に、学校に行くのが楽しみになりそうだ。


 それだけじゃない。さっきの小城君の言葉にあったような、謎を作ったり本を書いたりする凄い人たちと同じ組織に属する事が出来る事が……あまつさえ、友達になれるかもしれないことが楽しみで、心臓がバクバクと音を立てている。


 小城君、氷沼さん、小倉さんはそれぞれ僕を見据えながら言った。


「フン、よろしく頼むぞ!」


「よろしくね~」


「よろしくお願いします」


 14歳、僕の青春は始まったばかりだ。

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神島少年探偵団の入団試験 秋村 和霞 @nodoka_akimura

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