神島少年探偵団の入団試験・中


『やあ、ずいぶん待たせたね。僕の名前は魚太郎。神島少年探偵団のメンバーだ。これから君に入団試験を出題する』


 待ちわびたメッセージに心が躍る。しかし、続く文面を読んで僕は暗い気持ちになった。


『制限時間は三十分。以下の謎を解き、答えとなる四桁の数字を時間内にメッセージで送ってくれたまえ。ただし、我々少年が守るべきルールに違反する行動が見られた場合、即刻失格とする』


 守るべきルールとは一体何だろうか。違反する行動が無いか監視されている? まさかね。


 いいや、それよりも重要なのは制限時間だ。ここには三十分と書いてあるが、今は一時間目と二時間目の間の僅かな休憩時間。三十分後は授業中であることを考えると、謎解きに使える時間は残り五分ぐらいしかないじゃないか!


 もしかすると直観的に解ける問題かもしれない。僕は少しだけ心が折れながらも、メッセージの続きを読み進める。


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p.75の松尾芭蕉=x+y+z

3<x´

x´=z´

入り口から最も近いzのする場所に隠された数字をaとしたとき

答えは「x´y´z´a」となる。

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 僕は咄嗟に国語の教科書を開き、七十五ページ目を開いた。ここはちょうど、一時間目の授業で習ったページで、松尾芭蕉の有名な句が掲載されていた。


 古池や蛙飛び込む水の音。


「……なんだ、案外簡単じゃないか」


 方程式に当てはめるなら「古池や蛙飛び込む水の音=x+y+z」となる。俳句を三つの要素に分けるなら、もちろん五七五に分解するのがベターだろう。ならば三つ要素は「x=古池や y=蛙飛び込む z=水の音」と仮定できる。


 答えは四桁の数字になるという前提から、「x´y´z´」はこの文字列と関連のある数字になるはずである。


 「x´=z´」のヒントから推測するに、xとzに共通する数字の要素。つまり文字数になるはずだ。「3<x´」の不等式から漢字の「古池や=3」ではなく、ひらがな読みの「ふるいけや=5」が正解だろう。


 この理論に従えばy´は7となり、「x´y´z´=575」となる。


 問題は最後のaだ。「入り口から最も近いzのする場所に隠された数字」というヒントしかない。「z=水の音」を代入すると「入り口から最も近い水の音のする場所に隠された数字」となる。


「……いや、まさか」


 ある可能性が思い浮かんで、僕は席を立つ。


 この結論に至る為のヒントはいくつか有った。入団試験が送られてきたのが、ちょうど休み時間であったこと。試験のヒントとなる松尾芭蕉の載っているページがドンピシャだったこと。よりにもよって、国語の授業の直後に試験が開始されたこと。


 間違いない。神島少年探偵団の魚太郎君は、僕のクラスメイトの誰かだ。そして、最後のピースはこの中学のある場所に隠されているはずである。


 授業開始まで残り三分。僕は早歩きで昇降口に向かう。皆が教室に戻ろうとしている中、僕だけが逆う形で歩みを進めている。


 昇降口前に辿り着いた僕は、知った顔を見つける。中間テストの結果を張り出している掲示板は朝と変わらずそこに有ったが、授業が始まる直前という事もあり、周囲には一人しかいない。きっとこの人が魚太郎君なのだろう。


 声を掛けようかと一瞬悩んだが、結局そのまま男子トイレへと歩みを進めた。今は一秒でも時間が惜しい。この試験に合格すれば、これから話す機会はいくらでもあるだろうし。


 予想は当たっていた。「入り口から最も近い水の音のする場所」とは昇降口から一番近くにあるトイレの事だ。洗面台の鏡に「3」と書かれた紙が貼りつけてある。これが最後のピースだ。


 僕は落ち着いた手つきで携帯端末を操作し、SNSで神島少年探偵団のアカウントにメッセージを送信する。


『5753』


 これが答えで間違いないだろう。最後に「3」と書かれた紙を剥がし、ポケットに仕舞ってトイレから出る。


 魚太郎君と思われる人物の姿は消えていた。きっと教室に戻ったのだろう。僕も早く戻らなくれは。


 そう思った矢先、授業開始のチャイムが鳴る。僕は久々に全力ダッシュで誰も居ない廊下を駆け抜けた。

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