46話 堕天の王 その2


 ――堕天の王まおうエリーニュスが、禍々しい黒槍をゆったりと構える。


 俺は紅く燃える剣の柄を強く握った。

 魔王エリーには隙がない。


 天使は生まれた時から、どんな武器も達人のように扱えるのだとか。

 神様の使いとして生を受けたから。


 俺と魔王は、十数秒見つめ合う。


「こないの? ユージン。らしくないわね」

 きょとんとした顔で、魔王が首をかしげた。


「……いや、いくよ」

 いつかエリーが言っていた言葉を思い出した。


 千年以上、封印されているエリーは「たまには外で思いっきり身体を動かしてみたいのよねー」と言っていたことを。


「弐天円鳴……」

 俺が技を放つ前。


 シュボッ!

 

 と空気を切り裂く音が俺の頬と耳を切り裂いた。

 身体を覆っている幾重もの結界魔法ごとぶち抜かれた。


「おっそいー☆ ユージンってば。あくびがでちゃうわよ?」

 激痛が走る。

 

「っ!?」

 左耳から音が聞こえない。

 どろりと熱い血が頬を伝うのを気にする余裕はなかった。

 

 眼の前に、黒槍を振り下ろそうとしている魔王がいた。

 正確に左胸を狙う刃を、ギリギリで避ける。


「闇魔法・黒時雨」

 黒い刃が雨のように降ってくる。


 それと同時に、俺に向かって音速の突きを放とうとする魔王の姿が目端に見えた。


(……駄目だ、避けられない)


 死――その文字が脳裏に浮かんだ。


 その時、学園長の声がフラッシュバックした。




 ◇




「ユージンは、東の大陸に在った『剣聖』家の末裔だったな、確か」 

 修行の休憩中に、学園長はそんな言葉を口にした。

 学園長の剣術に叩きのめされ、息も絶え絶えながら俺は答えた。


「祖父の代までは『聖原』家は、確かに剣聖を名乗っていたらしいですけど、俺の親父はそれを引き継いでませんし、俺に至っては物心もついてませんよ」


「えっ!? そうなの、ユージン。私初めて聞いたんだけど! どうして言ってくれなかったの!?」

「ユージンくん、『けんせい』ってなーに?」

「スミレちゃん、もう少し歴史の勉強をしなさい」

「まだ異世界に来て間もないんだよ!」

 サラとスミレが口を挟んでくる。

 

「剣聖ってのは500年前に東の大陸の戦乱を一時的に無くした英雄だよ。結局、その英雄がいなくなったあとに東の大陸は再び戦火に燃え上がるから仮初の平和だったんだけど」

「へぇー! じゃあ、ユージンくんはその剣聖の末裔なんだ?」


「どうかな。名字に『聖』の文字が入るのは剣聖の末裔の証拠らしいんだけど、それを名乗るのは東の大陸中に溢れかえってるから……。正直、怪しいと思ってるよ」

「そうなのね……、私も東の大陸には詳しくないから知らなかったわ」

 俺はスミレとサラに説明した。


「ふーむ、どうかな? 私の記憶にある初代剣聖の剣技と、ユージンの使う円鳴流は似ているように思ったな。ただやつは二刀流であったから、その点は明確に違うか」


(ん? ……まさかユーサー学園長は初代剣聖に会ったことがある……いやいや500年前の人物だぞ)

 ないない。

 流石にそれはない。


「どうして急に、そんなことを言うんですか?」

 俺が聞くと学園長は、あごヒゲを撫でながら何かを思い出すように上を見ながら眉を寄せた。


「初代の使っていた剣は、決まった型はなかったと思うのだ。かの剣聖は毎回戦い方が違っていた。やつ曰く『剣に決まりなどない。斬るべき相手に合わせて変えればよいだけだ』とか言いながら、大魔獣やら魔王とも平気で切り結んでいたな」


「型が無い……?」

「ユージンが相手にするのは、千年前に南の大陸を支配していた魔王エリーニュス。かつて世界を救った大勇者アベルですら封印しかできなかった怪物だ。手持ちの技だけでなんとかしようとするな。相手を観察して、弱点を探せ。そして己を更新しろ。勝機は道なき所にある」


 スミレには魔道具を。

 サラには宝剣の使い道を伝えた学園長の言葉は、俺に対しては随分と基礎的なものだった。


「探索家の心得、ですか」

 学園では口が酸っぱくなるほど教わっている、全9条の心得だ。



■探索家の心得

 その1:常に冷静に

 その2:逃げ道を用意せよ

 その3:まずは観察

 その4:敵の弱点を探せ

 その5:敵を恐れよ

 その6:己を知れ

 その7:勝機は目に見えない

 その8:己を更新せよ

 その9:道を切り開け


 以上をもって、最終迷宮に挑むべし。



 学園の生徒手帳の最初に、明記してある。



「私が言えることはそれくらいだな。ユージンなら自力でなんとかできるさ。さて、もう一戦、手合わせするか?」

「……お願いします」

 その時の学園長の言葉の意味は、おそらく半分も理解できてなかった。


 その後、学園長の持つ神剣の複製レーヴァテインに叩きのめされ、地面に転がることになった。




 ◇ 





(…………)


 天より降り注ぐ無数の黒い刃。

 俺の心臓を狙う、魔王の槍。


 左右上下、どこにも逃げ場は無い。

 俺の結界魔法は、魔王の攻撃には通じない。


 

(……詰み)

 負けた、という言葉が脳裏をよぎった時。



 ――契約ニヨリ『魔王』ノチカラヲ借リ受ケル



 瞬間、身体を漆黒の瘴気が覆う。

 普段であれば、結界魔法で自分を保護しながら扱う。


 が、俺はあえてそれをせず流れ込んでくるチカラに身を任せた。


「……ユージン?」

 魔王がかすかに戸惑ったような声をあげる。


 黒い刃が俺の身体に次々に刺さる。

 が、それを気にせず俺は正面の魔王の槍に集中した。


 天使は生まれた時から、神の手足として働けるよう十分な戦闘技術と知識が備わっている。

 だが、そこまでだ。


 天使たちは不老であるが、不変。

 天使は生まれた時から、能力を決められており決して成長できない。


 そんな不満を以前、エリーから教えてもらった。

 魔王の槍術は達人級であり、身体能力は神話生物に劣らない。


 神の下僕として与えられた力は単調な動きだった。


 身体中から血が溢れるのを無視して、俺は黒い槍の動きに合わせて『空歩』で踏み込み魔王の首を狙った。



「っ!?」 

 驚いた顔の魔王が一瞬止まり、そして慌てて距離を取った。


 ようやく一息つけた。


「……回復魔法・超回復」

 黒い刃が身体から抜け、傷が癒えていく。

 血を流し過ぎたのか少し目が霞んだ。


 が、俺は魔王の姿を見て唇を歪めた。


 エリーの首元から鮮血が流れている。

 真っ白な肌と、漆黒の翼の中で一輪の薔薇のように映えていた。


「やっと一太刀……だな」

「バカなの? ユージン。死ぬわよ?」

 エリーが小さくため息を吐く間に、傷は癒えてしまった。

 死ぬ気で入れた一撃が、このザマか……。


「それにしてもユージンのその姿。ずいぶんと私の魔力がみたいね」

「姿?」

「気付いてないの? ほら、みなさい」

 エリーがパチン、と指をはじくと目の間に大きな姿鏡が現れた。


 そこには見慣れた自分の姿が、浅黒い肌に変わっていた。


「これは……」

 思わず腕を見ると、自分の腕ではないように感じた。


「ユージンは白魔力しか持ってないから、他の色が混ざるとすぐ染まっちゃうのよ。他の魔力に染まりやすいのは、白魔力の特徴ね。……よくみると悪くないわね。ちょっと、チャラいけど」

「……ちゃらい?」

 たまにエリーの使う言葉の意味がわからないことがある。

 おそらく異文化の言葉なのだろう。


「まったくユージンの戦闘スタイルは危なっかしいわね。それじゃあ……」

 魔王がなにか言いかけた時。



「ユージンくん!! 生きてる!?」

 人影が森から飛び出してきた。


「スミレ!? ここには来ないはずだろ?」

「人質の子たちは全員、助け出したよ! それに森にも火をつけたからもう大丈夫! サラちゃんがユージンを助けに行ってって! そろそろ私の魔力が無くなっちゃうでしょ」

 ひとまずエリーから距離を取るように、スミレのほうへ駆け寄る。

 そして目を丸くする。


「ええええっ! ユージンくんがイメチェンしてる! なんかチャラくなってる!! ……でも、悪くないね。ちょっとホストっぽいけど」

「ちゃらいって、どーいう意味だ?」

 スミレも知らない言葉を使いこなしてる。

 

「その前に、魔力を注入~☆」 

 スミレが俺の首に腕を回し抱きつこうとした時。





「あーあ、邪魔な子が来ちゃった」





 聞き慣れたはずの声にぞっとした。

 明確に殺気を含んだ声。


 目の前を、何かが横切った。


「……………………え?」


 音もなく、スミレの胸に黒い刃が刺さっていた。

 

 ゆっくりとスミレが膝から地面に倒れる。


「スミレ!!!!」

 俺は即座にその刃を引き抜き、回復魔法をかける。

 が、治りが遅い。


「………………ゆー……じん…………くん」

 ひゅーひゅーと、かすれるような声でスミレが俺の名を呼ぶ。



「やっぱ、死なないかー。元天使の私の攻撃って神族にはめっぽう弱いのよねー。スミレちゃんって炎の神人族だし。残念」

「…………エリー、おまえ」

「どうしたの? 私は魔王よ? 加減してもらえると思った? どうせ復活の雫で生き返るんだから」

「…………」

 俺はスミレに絶対にここへ来ないように、十分な念押ししなかったことを悔いた。


 魔王の追撃が来るかと思ったが、それはないようだ。

 回復魔法をかけ続ける。

 けど傷の治りが遅い。


「スミレちゃんに刺さったのは毒の刃。しばらくは動けないわ。ユージンに魔力を与えるのも無理ね」

「くそっ!」

 俺はスミレを抱きかかえ、この場から離脱しようとした。


「駄目☆ 逃げたら二人とも殺してあげる。試練は継続よ」

 こちらへ向ける殺気は、本物だった。

 逃げられない。


「スミレ、少しだけ待っててくれ……」

 俺はゆっくりとスミレを地面に寝かせた。

 そして、魔王と決着をつけるために前へ進もうとした時。



「待……って、……ゆー……じん……くん」

 腕を掴まれた。


「スミレ! 動いちゃ駄目だ」

 俺の言葉を無視して、スミレは小さな声で呟く。



「ねぇ、火の……精霊……さん……ユージンくんに……力を貸して……ほしいな……」



 その言葉が終わるか、終わらないかの時。




 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド……




 耳鳴りが聞こえた。

 そして、眼の前が真っ赤になる。


 気がつくと、俺とスミレの周囲は一瞬で燃え上がり巨大な火の渦に囲まれていた。


 そして、俺の身体に赤色の魔力が流れ込んでくる。

 エリーの黒魔力が塗りつぶされていくのを感じた。


 再び刃が紅く染まろうとしている。

 その時。




 ――己を更新しろ。勝機は道なき所にある




 ――他の魔力に染まりやすいのは、白魔力の特徴ね




 過去に会話した言葉が蘇った。


 スミレと火の精霊の魔力が膨大だ。

 これを使えばきっと、魔王とでも戦える。


 けど、それだけでいいのか?

 型にとらわれず、道なき場所へ至るには……。



「魔法剣・

 黒い刃が真紅の炎を纏う。


 身体の中で黒魔力と赤魔力が暴れるのを感じた。

 結界魔法でなんとかバランスをとる。


 長くはもたない。

 が、今までとは違う力強さを感じた。



「闇魔法・黒時雨」

 エリーが魔法を放った。

 無数の黒い刃の雨。



 俺は空に向かって刃を振るった。

 

 ドン!!!!


 と大きな爆発音がして、花火のように黒い刃が霧散した。

 魔法剣の効果範囲が、とんでもないことになっている。


「……はぁ~、やっかいね。精霊たちまで敵に回しちゃったか」

 魔王がぽりぽりと頭をかく。



「じゃあ、決着にしましょうか? ユージン」

「…………あぁ」


 俺はゆったりと剣を構えた。



「…………がん……ばれー、ゆー……じん……くん」

 掠れるようなスミレの声が届いた。

 俺は小さく視線を向け、頷く。



 同時に、大量の赤魔力が身体に流れ込み身体が燃えるように熱かったが、俺はそれを無視してすべてを賭ける一撃のために重心を落とした。



「ユージン・サンタフィールド。推して参る」


「エリーニュス・ケルブ・フレイア……もっとも天界の名前は棄てたから、今はただの魔王エリーニュスよ。いらっしゃい、ユージン」



 ――こうして魔王と最後の勝負をすることとなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る