45話 ユージンは、魔王に挑む

「うー、緊張するー」

 迷宮ダンジョン昇降機エレベーターの中。

 スミレは落ち着かない様子でうろうろしている。


「スミレちゃん、100階層まではしばらく時間がかかるわ。これでも飲んだら?」

 サラがスミレに精神が安定する効果のある魔法飲料を渡している。


「ありがとう……サラちゃん……う、苦っ。でも少し気分が楽になったかも」

「そう、良かった。それにしてもユージンは流石ね。いつも通りだわ」

「まぁ、な。サラは緊張してないのか?」

 俺が尋ねると、サラはぎこちなく微笑んだ。


「本国の聖女様たちには報告を入れたら、随分とプレッシャーをかけられたわ。何としても聖国の爪痕を残せとか……」

「無理するなよ。エ……魔王の相手は俺がするから。サラは人質の解放に集中してくれ」

「ねー、ユージンくんって魔王が怖くないの?」

 スミレが上目遣いで聞いてきた。


「……ああ、俺は平気だよ」

「はぁ~、すっごいね~」

「相手は伝説の魔王よ? どういう神経をしてるの、ユージンは」

 スミレとサラに呆れた顔をされたが、俺が魔王を恐れない理由は二人の想像とは少し違う。

 きっとエリー以外の魔王なら、こんなに冷静じゃない。




 ――間もなく、100階層に到着します。



 

 迷宮昇降機内に無機質な声が響く。


「「「…………」」」

 自然と俺たちは無言になった。


 ゆっくりと迷宮昇降機のドアが開く。


 そこには以前のようなだだっ広い空間は無く、風が無いにも関わらず不気味に揺れる黒い森が広がっていた。


 俺が先頭となり、ゆっくりと森の中を進む。

 視界が悪い。


 深い霧が十歩先を見えなくしている。

 息苦しいのは瘴気のせいだろう。


「スミレ。体調はどうだ?」

 この前は魔王の瘴気に当てられスミレはまともに立つこともできなかった。


「少し気持ち悪いけど……大丈夫だよ。ユージンくん」

「スミレちゃんは私のそばを離れないで。いくらユーサー王から借りた魔法装備があっても、瘴気に対抗するような術はもってないんだから」

「……うん、ありがとう、サラちゃん……」

 今回の作戦で、スミレとサラは二人一組ツーマンセル


 魔王エリーニュスが100階層全体に、生きた結界魔法『ンガイの森』を広げている。

 黒の森を焼き払う担当のスミレ。 

 そして、囚われている人質を助け出すのはサラの役目だ。


 俺は二人の時間を稼ぐために、魔王の相手をする。

 だから、ここから森の奥へと進むのは俺だけ。

 

「じゃあ、俺が先に行って『神の試練』への挑戦を宣言してくるよ。天使の声アナウンスが聞こえたら、二人は作戦通りに頼む」

 俺は二人に声をかけ、一人で奥へ進もうとした時、二人に腕を掴まれた。


「スミレ? サラ?」 

 どうかしたのか、と聞く前にスミレが真剣な表情で俺に言った。


「ねぇ、ユージンくん」

「なんだ?」

「無事に『神の試練』を突破できたら、ユージンくんに言いたいことがあるの」

 顔を赤らめ、目を潤ませるスミレの様子がただ事ではなかった。


「言いたいこと? 今言ってくれてもいいんだけど」

「ううん、無事に100階層を突破したら言うよ。100階層超えって探索者にとっての一つの目標なんだよね? だからそれを成し遂げたら言うよ」

「? わかった」

 気にはなったが、それ以上追求はしなかった。

 100階層を突破したら改めて聞こう。


「ユージン」

 今度は、サラが俺の手をギュッと握る。

 すっと身体を寄せて、吐息がかかるくらいの距離で囁いた。

 サラの長い髪が身体に触れ、ドキリとする。


「私も……、あなたに言いたいことがあるわ。本当はもっと早く言っておくべきだった。泥棒猫が現れる前に……」

「ちょっと、サラちゃん~?」

「スミレちゃん、邪魔しないでくれるかしら? 私はスミレちゃんが言い終わるのを待っていたでしょう?」


「どろぼうねこって誰のことかなぁ?」

「あらあらあら。言わないとわからないなんて察しが悪い子猫ちゃん」

「悪いことを言うのはこの口かなぁ? みんなの前だと清楚系生徒会長とか言われてるくせに、私に当たりがきつくない~?」


「素の性格はこっちですよ。聖女候補は素直なだけじゃ務まりませんから。スミレちゃんはそろそろ口の利き方を覚えましょうか?」

 スミレとサラが、お互いの頬をつねっている。


「ふ、二人とも……仲良くな?」

 今回の作戦は、スミレとサラにかかっている。

 最近は仲良くなったと思ったけど、やっぱり時々諍いが起きる。


「任せといて! ユージンくん。ばっちりサラちゃんと一緒にやっておくから」

「ええ、スミレちゃんのことは私が面倒をみておくから。ユージンは心配しないで」

「いくよー! サラちゃん」

「あなたは後からついてきなさい!」

「いーじゃん、手をつないで行こうよ」

「スミレちゃんの手は、握る時に結界魔法を張らないと火傷するから嫌なんです!」


 二人は騒がしい会話をしながら、俺とは違う道へと消えていった。

 あらかじめ人質が捕まっている地点は、確認してある。

 そっちへ向かっているはずだ。 


 俺は上空を見上げた。

 木々に隠れてわかりづらいが、ふわふわと丸い球状の魔道具が浮いている。


 通称『天頂の塔バベルの眼』。

 眼を通して、南の大陸全土の『中継装置サテライトシステム』に最終迷宮の様子が映し出される。

 

(親父や……、幼馴染アイリは見てるかな?)


 今は見ていなくても、いずれ目に留まることはあるだろう。

 相手が魔王だ。


(不甲斐ない姿は晒せないな……)


 そんなことを思いながら、ゆっくりと黒い森を奥へと進んだ。

 なにかしらの妨害があるかと思ったが、特に起きなかった。


 やがて少しだけ開けた場所に出て、そこだけが明るくなっていた。


 黒い森の中に、ぽつんとある小さな泉。


 そして、泉の周辺には白い花が咲き誇り幻想的な光景を作り出していた。


 白い花の中で眠っている美しい女性。


 いつもの漆黒の翼は見当たらない。


 自由に出し入れができるらしい。


 すー、すー、という寝息が聞こえる。


 彼女は、俺には気づいているのだろうか。


 まぁ、いいさ。

『神の試練』に不意打ちは無い。

 正々堂々自分の力を見せないといけない。




「ユージン・サンタフィールドは『神の試練』に挑戦する」




 俺は探索者バッジに呟く。


 それに呼応して、無機質な天使の声アナウンスが階層内に響く。




 ――挑戦者ユージン・サンタフィールドの『神の試練』への申請を受理しました。……あの、マジでなんとかしてください。お願いします。




(……ん?)

 後半のアナウンスが少しおかしい。

 が、気にする暇はなかった。


 ピリっと空気が変わった。


「ふわぁ~。やっと挑戦者がきたのね」

 魔王エリーニュスが起き上がったからだ。


 そして俺の顔を見て、ぱちりと大きく瞬きをした。


 そして、にぃ~となにか悪いことを思いついたかのように唇を歪める。




「天頂の塔の眼たち、ここから離れなさい」




「…………え?」

 思わず間の抜けた声を上げてしまう。


 俺を上空から見ていた、中継装置の『眼』が遠くへ離れていった。


 干渉ができないはずの最終迷宮の眼に。


 じわりと、嫌な汗が出る。

 そんな俺の気も知らず、エリーは俺に満面の笑みを浮かべた。


「やっほー、ユージン! 私に逢いに来てくれたんでしょ?」


 ぶんぶんと手を振る魔王エリーニュス。

 いつも通りの様子に気が抜けそうになるが、魔王が発する魔力と瘴気は普段と比較にならない。


 小柄な魔王エリーの身体が、今は竜よりも巨大に見えた。


「なぁ、エリー。そろそろ学園の地下に戻らないのか?」

 俺は剣の柄に手をかけながら言った。

 炎の神人族スミレの魔力は、スミレにわけてもらっている。

 今回は、さらに一個の仕掛けがある。


「んー、久しぶりの自由の身だもの。もう少し満喫したいかなぁ~。ところでユージンの彼女たちは一緒に居ないのね?」

「エリーが怖いから来ないってさ」


 俺の嘘は、あっさりと看破された。


 もともと騙せるとは思っていない。

 黒い森は、魔王が作った結界だ。

 その中にいる限り、俺たちの行動はつつぬけだろう。


「イフリートの女の子は……、妙な服を着ているわね。どうせあの学園長おっさんの趣味でしょ? もう一人の聖女見習いの子は……、一応『聖剣』持ちだけど全く使いこなせてないわね……あの感じだと『声』も聞けてないんじゃないかしら……ふぅん」

 まるで見ているかのように言う。

 いや、結界越しに見えているのだろう。


「エリー、神の試練の挑戦者は俺だ」

 剣を引き抜き魔法剣を発動する。

 刀身が、赤く輝き……ジジジという音を発する。


「そんなせっかちな男には育ててないわよ? ユージン」


 ばさっと、大きな黒い翼がエリーの背中から出現する。

 それと同時に、黒い風が大きく森全体を揺らした。


(なんて瘴気だ……)


 学園の大地下牢の比ではない。

 魔力に耐性が無い者なら、一瞬で意識を失いそうな……。

 

(スミレ、サラ……)

 俺が気を取られた時。


「集中してないわよ?」

 眼の前に魔王が現れた。


空間転移テレポート!?)


 意識よりも先に、身体が動いていた。

 俺の首をつかもうとする魔王の手をギリギリかわす。


 ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン


 黒い森から、百本以上の枝が槍のように俺に向かって跳んできた。

 それを結界魔法と魔法剣・炎刃で防ぐ。


「あら、やるわね。じゃあ、これはどうかしらーー闇魔法・影の獣」

 俺の周りに真っ黒な身体をした二足歩行に長い爪の獅子のような魔獣が現れる。


 十数体の影の獣たちが、一斉に俺に飛びかかってきた。

 数が多すぎる!

 

「弐天円鳴流・鎌鼬!!」

 鎌鼬によって増えた剣刃が、影の獣たちの首を落とす。


 それを見計らったように。


「闇魔法・黒風牙」


 歌うような声が響く。


 息つく暇もなく、攻撃が襲ってくる。

 目の前に巨大な獣の口が現れ、俺を飲み込んだ。

 

「くっ!」

 結界魔法で身体を覆ってなお、ミシミシと身体中から嫌な音がする。


「弐天円鳴流・獅子斬!!」

 俺は魔法剣で一点を突き破り、魔王の魔法から逃れた。

 それを見た魔王が「ぱちぱち」と拍手する。


「これくらいはやってもらわないとね」

 魔王は満足気だが、俺の心境は焦燥感で溢れていた。


 俺はまだエリーに一太刀どころか、距離を詰めることすらできていない。


 このままではいけない。


(まだか……?)


 俺は昨日の学園長との稽古の会話について、思い出した。




 ◇




「スミレくん、これを着たまえ」

「これが魔法が上手くなる魔道具なんですか?」

 ユーサー学園長がスミレに手渡したのは、赤い魔法のローブだった。


 見た目は少し古臭く、魔道具自体から大きな魔力は感じない。

 学園長の秘蔵の品という割には、大したものには見えなかった。

 俺よりも魔法に詳しい、サラも同様の感想だった。


 が、スミレがローブに袖を通した瞬間、ぞわりと鳥肌がたった。


 チリっと空気が焼ける匂いがする。


 至る所で火花が舞っている。


 一体、何が起きている?


「こ、これって……?」

 スミレ自身も戸惑っている。


「成功だな、スミレくん。この魔道具の名前は『火の大精霊サラマンダーのローブ』という。これを着ると火の精霊たちが大量に集まってくるという効果があるのだが、普通の人間だと5分も経たないうちに全身火傷を負ってしまう」


「ちょっと!! 学園長!? なんてものを着せるんですか!?」

「心配いらんよ、スミレくんの場合は炎の神人族イフリート。火の精霊よりも格上だ。火傷を負うことはない。結界魔法を使うと精霊が逃げてしまうから私も装備できなくてな。『何もせずに』火の大精霊のローブを着る必要があるのだが、そんなやつは居ないと諦めていたのだが……」


「スミレが異世界からやってきたと」

「その通りだ! まったく幸運だな」

 はっはっは、と豪快に笑う学園長。


「ユーサー王、お言葉ですが精霊魔法は一般的な魔法よりもさらに扱いが難しいと言われています。人間よりも長寿なエルフ族やドワーフ族が長い年月をかけてやっと習得できるとか。スミレちゃんには難しいと思いますが……」

「えっ! そうなのサラちゃん?」

「俺も聞いたことがあるな」

 サラの言う通り、学園でそう教わった。

 が、学園長はニヤリと笑った。


「その通り。精霊魔法は数ある魔法の中でも、習得難易度が高すぎることから敬遠されている。そもそも精霊魔法の扱いが大変なのはなぜか? それは精霊たちが気まぐれだからだ。精霊を意のままに操るには、長い年月をかけて精霊と仲良くなる必要がある。だが、今回の相手は堕天使エリーニュス。精霊と天使が敵対している理由は知っているかな? スミレくん」


「えっとー、うっすら覚えてるような、ないような……」

「かつて精霊を従える神様と天使を従える神様で戦争があったんだよ」

「あー! 神界戦争ってやつだ! 思い出した!」

 俺が助け舟をだすと、スミレがぽんと手を叩いた。


「そのため魔王エリーニュスに対しては、精霊魔法が非常に有効だ。そして、ひとつ精霊魔法のコツを教えよう。スミレくんは細かく指示を出す必要はない。かつての大天使長エリーニュスをやっつけたい、火の精霊の力を貸して欲しい、そういえば喜んで力を貸してくれるさ。本来は精霊語を覚える必要があるが、火の大精霊サラマンダーのローブの効果で勝手に伝わる」


「なるほど……。ただ、普段着にはできませんね。スミレが着ているだけで、これじゃあ火事になる」

 俺は周りの火の粉を見渡して言った。


「その場合は、ローブを着ずに持ち歩くか結界魔法で精霊を寄せ付けないしかない。幸い、ユージンの探索隊だと二人とも結界魔法を扱える」

「俺かサラのそばに居ないと危険だな。今回ならサラとスミレがコンビで動く感じか」


「できるかな?」

「わ、わかりました! やってみます」

 緊張した面持ちでスミレが頷く。


 こうしてスミレは、一日で精霊魔法使い(仮)となった。




 ◇




「さて、お次は……あら?」

 魔王が異変に気づいた。


 黒い森中に、火の粉が舞っている。


 どうやらスミレが、火の精霊たちに無事にお願いできたようだ。


 黒い森が、苦しげに揺れている。


「ふうん、火の精霊かー。ちょっと、鬱陶しいわね」

 少しだけ。

 ほんの少しだけ、さっきより余裕がなくなった声色になった気がした。


 

「まさか、ユージンはこれで有利になったなんて思ってないでしょ?」



 魔王が手を上に掲げる。


 すとん、と黒い一本の槍がその手に落ちてきた。



「世界樹の槍かー。ま、無いよりはマシかな」

「っ?!」

 魔王がその槍を構えると、喉元にその刃を突きつけられたかのような威圧感があった。




「まだまだ時間はあるから……たっぷりとあいし合いましょう? ユージン」


 魔王が口元を小さく舐めた。


 己の首元を汗が伝うのを感じた。


 ……どうやら、かつて南の大陸を支配してた伝説の魔王が本気で相手をしてくれるらしい。

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