44話 ユージンは、頼まれる

「ユージンの探索隊に依頼があるのだ。メンバーを集めてもらってよいか?」

 突然現れた学園長は、そんなことを俺に言った。


「……どんな依頼ですか?」

「なぁに、大したことではない。三人が揃った時に説明しよう」

 学園長はニヤニヤしたまま詳細は語らなかった。

 怪しい……。


 俺は適当に学園内を探して「二人とも見つかりませんでした」と言おうと思ったのだが、思いの他あっさり二人は見つかった。


 サラは生徒会室に居て、スミレも一緒だった。

 どうやら天頂の塔バベルの様子を中継装置サテライトシステムで見ていたらしい。

 そして俺は二人から、第二騎士ロイドが魔王エリーニュスに敗れたことを知った。


(つーか、エリーのやつまだ100階層に居座ってるのか……)


 通常、神の試練はせいぜい二~三時間だと言われている。

 召喚されてからすでに半日は経っている。

 どういうことだろうか。 



「がくえんちょー、用事ってなんですかー?」

「ユーサー王……、突然の呼び出しですね」


 スミレとサラは戸惑っている。

 もっとも俺も同じだ。


 俺たち三人は、学園の裏手にある第九訓練場に集まっている。

 ここは教師陣が使う訓練場で、普段は鍵がかかっており生徒は入ってこれない。 


「さて、揃ったな」

 ユーサー学園長が俺たちを見回す。

 そして、ゆっくりと口を開いた。




「ユージン、サラくん、スミレくん。君たちには魔王と戦ってもらいたい」




「やっぱりですか」

「………魔王と」

「えっ!?」

 三者、反応が違った。


 俺はうっすらと予想していた。

 サラは真剣な表情で学園長を見ている。

 スミレは完全に予想外だったようで、大きく口を開けて驚いていた。


「ふむ、ユージンとサラくんは驚いていないな。スミレくんは驚いているのがわかりやすいな」

 学園長があごヒゲをなでる。


「ええええっ! 魔王とか絶対嫌ですよ!! ねぇ、ユージンくん、サラちゃん!?」

「第二騎士が敵わなかった相手に、俺たちが勝てるとは思えませんけど」

「ユーサー王、それはカルディア聖国への救援依頼ということでしょうか?」

 俺たちの反応を聞いて、ユーサー学園長は予想通りだという顔をする。


「もちろん、これは強制ではない。嫌なら断ればよい。そして、サラくんの質問に答えよう。これは聖国への救援依頼ではなく、学園の一生徒への提案だ。対魔王の作戦については、十二騎士たちが立案、準備をしている。二日後には実行される計画だが、明日は魔王エリーニュスの予定が空くからな。せっかくの『神の試練』を中断されてしまった君たちに声をかけたというわけだ」

 ユーサー学園長がよどみなく答えた。


「相手は伝説の魔王です。私たちよりも相応しい者がいるのではないですか?」

 サラがもっともな質問をした。


「迷宮組合からS級以上の探索者に声をかけているが、集まりが悪くてな。A級以下は残念ながら、戦いにならないという予想で挑戦を断っている」

「俺たちはB級なんですけど……?」

 もちろんユーサー学園長はそれを知っているだろうけど、俺は念のため口にだした。


「ハハハ! 500階層を目指すにしては慎み深いな。遠慮をすることはないぞ、ユージン。おまえにとって魔王エリーニュスは恐れる必要などないだろう?」

「それは……まぁ、そうですけど」

 俺個人はエリーに対して恐怖心は一切ない。


 が、仲間のスミレとサラは違う。

 俺は二人の顔を見ると、スミレは首を横に振っているし、サラはじっと何かを考えている。

 少なくとも乗り気ではなさそうだ。


「ユーサー学園長。申し訳ないですが、この話はお断り……」


「では、ユージンたちがどうして魔王退治に最適なのかを説明しよう!」

 俺の言葉にユーサー学園長が言葉が被さる。


「さいてき?」

 スミレが首をかしげた。

 

 魔法剣士としては日が浅い俺。

 異世界に来たばかりのスミレ。

 宝剣持ちだが、剣術の腕は普通なサラ。


 まだまだ魔王と戦えるような探索隊チームではない、はずだ。


 ユーサー学園長が「パチン!」と指を鳴らす。

 すると、空中に巨大な映像が浮かび上がった。


「これは……100階層の様子ですね」

 映像には真っ黒い森が映っている。


 魔王エリーの姿は……あった。

 木の上で、手作りのハンモックでだらしなく眠っている。


 気持ちよさそうに、むにゃむにゃと寝言を言っている。

 いつものエリーだ。


「なんだか猫みたい」

「あれが伝説の魔王……?」

 俺には見慣れた光景だが、スミレとサラは戸惑っている。

 

「……ん?」

 突然、映像の中の魔王が目を覚ました。


「ちっ」

 不機嫌そうな顔で『こちら』を指差すと、映像は「バチン!」と音を立てて消えてしまった。


「盗み見しているのがバレたか」

 ユーサー学園長が肩をすくめる。


「さて、学園の授業で習って知っていると思うが、魔王エリーニュスはかつて天界で木の女神フレイアに仕えた大天使長。そのため木魔法を得意としているわけだが、先程の映像に映っていたンガイの森は、木魔法を使った生きた結界だ。あの黒の森がある限り、魔王には手が出せぬ。S級探索者のミシェルくんや、第二騎士ロイドくんはンガイの森に囚われた人質を盾にとられ敗れてしまった」


「あの……人質は無事なのでしょうか?」

 サラが心配そうに尋ねた。


「それについては問題ない。迷宮組合と十二騎士が監視をしているが、全員生きていると報告が入っている」

 ユーサー学園長の言葉に、サラと俺はほっとした。

 エリーが学園の生徒の命を奪ってて、これまで通りに接する自信はなかった。


「さて、スミレくん。ここでクイズだ。木魔法の弱点は何かな?」

「えっと、それは火魔法……はっ!」

 学園長の言葉に、スミレの表情が変わる。


「その通り! しかもスミレくんは炎の神人族イフリート。黒の森を焼き払うには最適だ!」

「待ってください、学園長。人質はどうするんですか?」

 スミレの火魔法の威力はよく知っている。


 が、制御に関しては素人に毛が生えた程度。

 正直、人質ごと焼き払ってしまう未来しか見えない。

 俺の結界魔法で守れればいいが、あいにく個人を守るのは得意だが大勢は難しい。



「そこでサラくんの出番だ。『慈悲』の名を冠する宝剣。その剣は攻撃よりも守りに特化している。サラくん、キミは慈悲の剣を何本まで複製できるかな?」

「……20本が限界です」


「私の知っているかつての使い手は999本の光の刃を自在に操っていた。現在の人質は23人。残り3人は気合でなんとかしてほしい」

「999本の光の刃を操っていたのは、慈悲の剣の初代の持ち主です! まさかユーサー王は会ったことがあるのですか?」


「あぁ、それほど親しかった訳ではないが彼女も天頂の塔を目指していた時期があったからな」

「そっ……」

 サラが絶句している。

 カルディア聖国のことには詳しくないが、よっぽどの人物らしい。


「さて、ユージンの役割が一番大事だ。スミレくんとサラくんが人質を助ける間に、魔王エリーニュスの相手をしないといけない」

「……あの。俺の魔力は誰に借りてるか、学園長はわかってますよね?」


 スミレの魔力を借りた魔法剣・炎剣。

 そして、魔法剣・闇刃。


 力を借りた当人の魔力で勝てるわけがない。


「考え違いをしているぞ、ユージン?」

 ユーサー学園長は、不敵な笑みを浮かべた。


「いいか? 勇者として魔王と戦うわけじゃない。これは探索隊が『天頂の塔』に与えられた神の試練。勝つ必要は無い。力を認められればいいのだ」

「それはそうですけど」

 しかし、どうやって?

 その疑問に答えるように、ユーサー学園長は俺に小声で囁いた。


「中継装置で見たのだがな。スミレくんの魔力を使った魔法剣は慣れているようだが、魔王の魔力の扱いはまだまだなんじゃないのか? 一振りで息が切れていたぞ?」

「……」

 その通りだったので、何も言えなかった。


「せっかくの機会だ。胸を借りるつもりで戦ってこい。それに……」

「それに?」

 まだなにかあるのだろうか。

 


「明後日の十二騎士たちが魔王エリーニュス相手に、試練を超えられるか怪しいと思っている」

「まさか」

 迷宮都市の守護者。

 最強の十二騎士が無理なら、誰が勝てるというのか。


「ここ数百年は平和だったからな。南の大陸は魔王たちが住む魔大陸とは距離もある。どうしたって初めて魔王と戦うとなると気負うだろう。もしもの時は、私が出るしかないが迷宮都市の王自らが力を晒すとなるとどうしても帝国や聖国からの圧力は強まる。ここで学園の生徒が魔王の試練を突破したとなれば、迷宮都市も安泰だ」


 ユーサー学園長は世間話のような口調だったが、俺はかすかな違和感を覚えた。


「学園長……もしかして困ってます?」

「あぁ、困っているよ」

 肩をすくめるその仕草は、いつもの飄々としたものだった。


 が、なにか引っかかった。

 少しだけ……無理をしているような。

 よし。


「わかりました」


 学園長には、大きな恩がある。


 当初のリュケイオン魔法学園の入学試験では、白魔力しかない俺は不合格になる所だった。

 その時「確か特別試験があったはずだ」と、古い制度があることを試験担当者に伝えてくれたのは学園長だ。

 

 それからも何かと目をかけて……そのせいで贔屓だとやっかまれたこともあるが、色々と相談に乗ってもらえた。


 恩には恩で報いる。



「魔王エリーニュスとの『神の試練』。受けようと思います。……スミレとサラがよければ」

 俺が仲間のほうを見る。


「……木を焼けばいいんだよね?」

「人質になっているのは、生徒会のメンバー。生徒会長の私が嫌とは言いません」

 スミレは少し迷うように。

 サラは強い決意の顔で、頷いた。


「おお! やってくれるか! さすがはユージンだ!」

 バンバンと強い力で肩を叩かれた。



「よし、試練は明日だ。それまで私が稽古をつけてやろう!」

「「「え?」」」

 ユーサー学園長の言葉に、俺たち三人が聞き返した。


 いま、なんつった? この人。


「えー、でも一日くらいじゃ何も変わりませんよー」

「す、スミレちゃん!? ユーサー王が直々に訓練してくれるなんて、とてつもないことなのよ!?」

 さすがスミレだ……。

 学園長相手でも遠慮が無い。

 

「私も魔法使いの端くれだ、わかっているさ。スミレくんには私が秘蔵する魔法道具を貸し出そう。どんな初心者でもあっという間に魔法の達人だ」

「えっ! そんなのあるんですか!? やったー!!」

 スミレが無邪気に喜んでいる。


 俺とサラは、青ざめた顔を見合わせた。

 迷宮都市のユーサー王の秘蔵の魔道具。

 多分、その辺の小国がまるごと買えるくらいの値段のやつだ。


「あー、でも壊しちゃったら弁償ですか?」

「はっはっは! 好きに使えば良い。壊れたらそれが魔道具の寿命だ」

「はーい」


(サラ、値段は聞くなよ?)

(わ、わかってるわよ)

 小声で会話し、俺たちは頷いた。


 スミレに知られたら、きっと萎縮してしまうような金額だろう。

 つーか、俺も知るのが怖い。


「さて、サラくんとユージンの相手をするなら、私も久しぶりに剣を持つか」

 そう言うや、聞いたことのない言葉を呟くユーサー学園長。


 空中に黄金の魔法陣が現れ、その中からうっすらと七色に輝く魔法剣が現れた。


 次の瞬間。

(っ!?)

 息を呑んだ。


 思わず後ろへ下がってしまう。


 見ているだけで、鳥肌が止まない。


 あの剣はまずい。


 ひと目で俺の結界では、絶対に防げないと確信した。




「し、神剣レーヴァテイン……」




 サラの言葉にぎょっとする。

 あれが、神話に出てくる神剣?



「その複製レプリカだ。本物は持っておらんよ」

 ユーサー学園長がこともなげに言った。


「何でそんなもん持ってるんですか……」

「確か400階層あたりで獲得したんだったかな? 覚えてないな」

 あっさりと言われた。


 駄目だ。

 この人は理解不能だ。

 なんで忘れるんだ、それを。


「さて、いくぞユージン、サラくん。スミレくんも遠慮なく乱入して良いからな。魔道具はあとで渡そう」

 

 そう言うや、ユーサー学園長の身体の周囲から恐ろしい量の魔力が渦巻く。


 俺とサラは、慌てて剣を構えた。


 それから稽古は、その日の夕方まで続いた。

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