43話 堕天の王


 ――千年以上前の暗黒時代。


 この世界は大魔王が牛耳っており、地上の民は九人の魔王に支配されていた。

 人々は家畜のように魔王や魔族に使役されていた。 


 そして救世歴0年。


 大勇者アベルによって大魔王は討ち滅ぼされた。

 九人の魔王たちも敗れ去り、あるものは魔大陸へ逃げ込み、あるものは姿を消した。


 南の大陸を支配していた『堕天の王』エリーニュスも例外ではない。

 しかし、その強大過ぎる力ゆえ大勇者アベルをもってしても滅ぼすことはできず『天頂の塔』の魔力を利用した『封牢』に閉じ込めるのがやっとだったらしい。


 その伝承を根拠に、南の大陸では九人の魔王の中でも『堕天の王エリーニュス』は、格別に強いと信じられている。


 あいにくとそれを確認する術はなかったわけだが――――――今日までは。



「きゃあああああ!!!」

「うわああああああああ」

「た、助け…………!!」

 生徒会のメンバーたちが、黒い蔦に次々に身体の自由を奪われ、宙に吊り下げられる。


 頼みの綱であるミシェル先輩は……。


「……雷魔法・雷龍」

 ミシェル先輩の周囲を、巨大な蛇のような魔法の龍がとぐろを巻いている。

 雷の王級魔法を用い、雷の魔法剣を構えるミシェル先輩。


 それを余裕の表情で見下ろす、魔王エリーニュス。


 

(……スミレ、魔力マナを借りる)

 俺がスミレの手を握る。


(…………)

 瘴気と魔王の魔力に当てられ、言葉は発せないようだったが、コクコクと頷いてくれた。


 サラは青い顔をして宝剣を抜けてすらいない。

 女神教会に属する聖女候補として、魔王エリーニュスは教敵のはずだが恐怖で固まっている。


(サラ、スミレを頼む)

(…………ユージンは何をするつもり? 神の試練に割り込むの!? ペナルティを受けるわよ!)

(ミシェル先輩が敵わなかったら助けに入る。生徒会の連中をあのままにはしておけないだろ?)

 ミシェル先輩以外の探索メンバーは、全員黒い蔦に囚われ戦意を喪失している。

 気を失っている者も多い。

 

 このあと、ミシェル先輩との勝敗結果で、今回の『神の試練』は終了するはずだ。


(待って……、それなら私も一緒に行くわ。おいで……『慈悲の剣クルタナ』)

 サラの呼び声に答え、宝剣が輝く。

 そして剣の複写コピーがコトリと転がった。


(スミレちゃんは、この複写コピーを持っておいて。結界が張ってあるから瘴気を弾いてくれる)

(あ、ありがとう……)

 スミレは極寒の中にいるかのように、ガタガタ震えている。

 ここに一人で残してよいのか、不安になった。

 その時。



「雷龍波斬!!!」

 巨大な魔法の斬撃が、魔王エリーニュスを両断しようと迫る。

 遠目にもその威力は、帝国における黄金騎士団長……、いや最高位の天騎士に届くと感じた。


 ドン!!!!!!


 という爆発と、突風と砂埃で視界が遮られる。

 そして、視界が徐々に開けてきた。


「そんな……」

 サラの声が耳に届いた。


 俺にはこの光景は驚くことではなかった。

 普段からエリーに接している俺には。


「……う……うぁ……かはっ!」

「ん~、ちょっとだけ痛かったかしら?」

 ミシェル先輩の切り札とも言える全力の一撃は、魔王エリーニュスの黒い翼に傷一つついていない。

 そして、ミシェル先輩は首をエリーに掴まれギリギリと絞められていた。

 

(どう見ても勝負はついた)


「探索者ユージンは、神の試練に挑む!」

 俺は探索者バッジに叫ぶと、そのまま魔王とミシェル先輩に向かって駆け出した。

 一拍遅れて、後ろにサラが続くのを気づいた。


 天使の声アナウンスによる案内はまだだ。

 しかし、のんびりしていると生徒会メンバーとミシェル先輩が死んでしまう。


 魔王が弐天円鳴流の間合いに入る直前。




 ――エリーと目が合った。




「エリー!!!!!」

 思わず声が出る。


 魔王は、俺のほうを見て薄く笑った。  


「駄目よ。順番は守らなきゃ☆」

 そう言った魔王が、大きく漆黒の翼を羽ばたかせた。

 

 黒い竜巻が巻き上がる。

 それはちょうど、リングを中心に発生した。

 中央にいる魔王とミシェル先輩、その近くで囚われている生徒会メンバーは黒い竜巻の中に見えなくなった。


「きゃあ!」

 サラの悲鳴が上がる。


「サラ! どうした!?」

「大丈夫……、この竜巻に近づくと刃物で切られたみたいになるみたい。ユージンは平気?」

「俺は平気だ。サラに回復魔法を……」


「待って、それよりも皆を」

 俺とサラは、どんどん大きくなる黒い竜巻を見上げる。



 天使の声アナウンスは聞こえない。



(おかしい……)

 どうして『神の試練』が終わらない?


「探索者ユージンは、神の試練に挑む!!!」

 俺は再びバッジへ叫んだが、やはり返事は無い。


「サラ、力を貸してくれ。あの黒い竜巻を打ち破る」

「わかったわ……、力を貸して慈悲の剣クルタナ

 サラの剣が、強い光を発し始めた時。


「止まるんだ、二人とも!」

 突然後ろから肩を掴まれた。

 俺とサラは、構えを解く。

 振り向いた先にいたのは……。


「イゾルデさん?」

「第七騎士様!?」

 そこに居たのは迷宮都市の守護騎士の一人、花の騎士のイゾルデさんだった。


「ユージンくん。引くんだ。今回の神の試練は何かがおかしい」

「でも、まだ捕まっている探索者や生徒が……」

「心配はいらない! 今第二騎士のロイド殿のパーティーが100階層に向かっている! 魔王の対処は、ロイド殿に任せるんだ」

「第二騎士様が?」

 サラが驚きの声を上げる。


 第二騎士ロイド・ガウェイン。

 通称『王の盾』と呼ばれる、迷宮都市の守護者。

 確かに彼が来るなら、俺たちが出しゃばる意味は無い。


「わかりました……、スミレ。立てるか?」

「う、うん……」

 俺は未だに立てずにいるスミレの肩を貸した。


 リングは見えなくなっている。

 黒い竜巻の向こうの様子はわからない。


(エリー……、ミシェル先輩……)


 俺は後ろ髪を引かれながらも、100階層をあとにした。





 ◇迷宮都市 円卓評議会ラウンズカウンシル



 円卓をぐるりと取り囲むのは九人の騎士と王である。


 王以外は、一様に難しい顔をしている。


 円卓席の主は、以下の通り。

 いくつか、空席が目立つ。

 

 王:ユーサー・メリクリウス・ペンドラゴン


 第一騎士:クレア・ランスロット


 第二騎士:ロイド・ガウェイン


 第三騎士:アリスター・ライオネル


 第四騎士:エイブラム・ガラハッド


 第五騎士:シャーロット・ケイ


 第六騎士:ブラッド・エクター


 第七騎士:イゾルデ・トリスタン


 第八騎士:バイロン・ガレス


 第九騎士:コリン・ボールズ


 第十騎士:ハリソン・ラモラック


 第十一騎士:デイジー・パロミデス


 第十二騎士:ジェフリー・モードレッド


 この中で、第一騎士クレア、第二騎士ロイド、第九騎士コリンの姿はない。


「困ったことになったな……」

「まさか第二騎士のロイド殿が、魔王エリーニュスに囚われるとは」

「やはり迷宮都市にいる十二騎士全員で向かうべきだったのだ!」

 ドン! と最年長の第四騎士エイブラムが机を叩く。


「そうは言ってもロイド殿はもうすぐ300階層に届く記録保持者。そして当日の天頂の塔の監視当番であったから、探索者救出のために急行したのだ。任務に忠実であったことは責められない」

「だが、相手は伝説の魔王だ。もう少し慎重になるべきでしたな」


「それにしても人質を取られるとは……、魔王とはもっと誇り高いのではないのか?」

「魔王エリーニュスは、千年前にどの魔王より狡猾だった……と言われている。正面からまともに戦うのは愚策だったな」


「そもそもどうして魔王エリーニュスが出てくるのだ……。封印の大地下牢で眠り続けているはずでは」

 第八騎士パイロンは、心底面倒くさそうに、頬杖をついている。


「それについては、迷宮組合がレポートを上げてきています。おそらくここしばらく、天頂の塔で目撃されていた魔王信仰者たち『蛇の教団』の仕業ではないかと。狙いは魔王の復活でしょう」

「組合の予測では『生贄術』を使ったと見ているようですな。命を犠牲にして魔王を呼び出すとは」

「つっても実際は魔王の復活じゃなくて、神の獣に魔王を召喚しただけだ。命を賭けたにしてはショボいよな」

 最年少の第十二騎士ジェフリーは口が悪い。


「そうとも限りませんヨー。南の大陸には隠れ魔王信者が多いですからネー」

「その通りだ。しかも、中継装置サテライトシステムによって魔王の美貌が大陸全土に映し出されている。間違いなく魔王信仰がこれから活発化するぞ……」

「あー、いい女だよなー。魔王じゃなきゃ、口説いてやるのによー」

「不謹慎ですよ! ブラッド!」

「冗談だよ、冗談。怒るなってシャーロット」

「まったくもう」


 喧々諤々と。

 会議はまとまらない。

 ユーサー王は、その様子を興味深そうに眺めている。


「第一騎士クレア殿とは連絡が取れたのだな?」

 話題が変わった。


「はい、蒼海連邦の依頼で大魔獣の撃退作戦に参加しておりましたが、緊急で迷宮都市へお戻りいただいています。が、到着は明後日になる予定で……」

「遅いな」

「最新鋭の飛空船でも、どうしても2日はかかります。距離がありますから」


「帝国と神聖同盟は何と言ってきてるのだったか?」

「帝国からは魔王討伐の援軍として黄金騎士団ゴールデンナイツの第一師団と、指揮官の天騎士。さらに帝国が抱える唯一の勇者もこちらへ向かっていますね。到着は三日後の予定です」


「おいおい、帝国の最高戦力が揃い踏みかよ。よく惜しげもなくあの皇帝が寄越したな」

「むしろ狙っていたのでしょう。グレンフレア皇帝は迷宮都市の運営に関わりたがっているという噂でしたから」

「……ここで力を借りれば、口実を与えるわけか」


「神聖同盟は……言うまでもないな」

「あちらは聖神様を称える宗教国家の集まりですからね。魔王は宿敵です。神聖騎士団ホーリーナイツの精鋭たちに加え、こちらもカルディア聖国の勇者が魔王滅殺を掲げて、向かっていますよ。到着は同じく三日後です」


「帝国と同日か……」

「対魔王という目的は合致している。神聖同盟の到着を待って、合同で魔王と戦うのは有りでは?」

「いや……、神聖同盟を率いる『八人の聖女』共は腹黒だ。ここで頼っては、弱みを見せることになる」

「ああ、帝国と同じく今後は迷宮都市の運営に口出ししてくるだろうな」


「ただでさえ、大魔王の復活に備え天頂の塔で発見された武具や魔道具の共同管理を提唱している」

「面倒なことになるか……」

「やはり我々だけで対処するしかないな」

「それには何よりも第一騎士様が戻ってこないと……」


「おいおい、クレア殿がいないと我々は何もできないのかぁー!」

「そうは言っても、第一騎士クレア殿と第二騎士ロイド殿は迷宮都市の双璧です。その片方が崩れたとなれば、残りの十二騎士で団結しなければ……」


 ここで初めてユーサー王が口を開いた。

 



「ふむ……、やはり私が出ていくしか……」




「「「「「「「「「「それだけは、絶対に駄目です!!」」」」」」」」」」

 

 これまで意見がまとまらなかった十二騎士たちが口を揃えて同じことを言った。

 

「おいおい、そこまで反対することはないだろう?」

 ユーサー王はわざとらしく悲しい顔をする。


「貴方様にもしものことがあれば、迷宮都市は終わりです!」

「帝国やカルディア聖国が、この都市国家に手を出せないのはユーサー王が健在だからですよ」

「ユーサー王、ご自重を」


「わかっている。言ってみただけだ。……残念」

 冗談を言っただけ、のような口調だが自分たちが止めなければこの自由奔放な王は喜々として魔王に挑戦することは十二騎士全員が知っていた。


「しかし、どうするのだ? クレアくんが戻ってくるのは、明後日。それまで何も手を打たないのか?」

 ユーサー王の言葉に、十二騎士たちが押し黙る。


「一応、S級の探索者に迷宮組合経由で、魔王討伐の依頼を出しています……」

「普段なら喜んで挑戦する命知らずばかりの連中だが、今回は予定が急過ぎるな。なんせ明日中だ」

「上位探索者は、暇さえあれば最終迷宮に潜って、休んでいるのは怪我をした時だけ、という変態ばかりですからね」


「流石に万全でない時に、魔王に挑む愚か者はいないか……」

「S級のミシェルくんですら、歯が立たなかったからな」

「あれは依頼者の生徒たちに気を取られていたのだろう。普段のミシェルくんならあそこまで遅れは取らないはずだ」


「誰かめぼしい者はいないのか?」

「A級探索者なら数はいますが、正直魔王エリーニュスに挑むには実力不足です。A級の学生探索者の中には、魔王と戦いたがっている勇敢な生徒もいますが迷宮組合の判断で、挑戦は引き止めています」

「迂闊に挑んでも、人質が増えるだけか……」

 やはり結論は出ない。

 

 ここで第七騎士イゾルデが、ユーサー王に話しかけた。


「あの……、ユーサー王」

「ふむ、なんだ? イゾルデくん」

「ユーサー王は大陸外にも多くの知り合いがいらっしゃると聞きます。帝国や聖国に力を借りられないなら、そちらを頼ってはいかがでしょう?」

 その言葉に、十二騎士の何名かの目の色が変わる。


 ユーサー王は、その言葉に小さく頷いた。


「ああ、実は西の大陸にある大国太陽の国ハイランドの白の大賢者殿からは連絡をもらっている」

「白の大賢者様!!」

「伝説の大魔王討伐のパーティーメンバーの子孫殿ですか」

 円卓会議がざわめいた。


 白の大賢者とは、西の大陸において最強の魔法使いと呼ばれており、ユーサー王と肩を並べるほどだと言われている。

 確かに彼女の助力があれば、魔王エリーニュスとてなんとかなるかもしれない。


「だが、大賢者殿は太陽の国の最高戦力の一人。それを持ち出すとなるとハイランドの王族や大貴族は黙っていないでしょうな」

 理屈屋の第八騎士パイロンが釘を刺す。


「あの……ユーサー王。白の大賢者様はなにか条件を出されたのでしょうか?」

「本人は何も言ってきておらんよ。かの賢者殿は欲のない人物だからな。が……、太陽の国の上層部は色々と言っているそうだ。どうしようもない状況になればいつでも声をかけてくれ、という伝言だ」


「最後の手段……というわけですね」

「ああ。対魔王への協力は惜しまないが、しがらみが面倒だと通信魔法越しにぼやいていたな」

「うーむ……」

「他にめぼしい人材は……」


「あの……、学園の卒園生である紅蓮の魔女殿はいかがでしょう?」

「おお! ロザリー殿か!」

「一応訂正しておきますが、彼女は卒園はしていません。中退ですから」

「卒業試験で、天頂の塔を破壊してしまって管理者に最終迷宮の出禁をくらったのだったな」


「彼女は魔王との戦闘経験もあります。うってつけの人材でしょう」

「ユーサー王! 紅蓮の魔女様と連絡はとれませんか!?」

「実は何度か通信魔法を送っているのだが、不通だ。どこにいることやら」

「……そんな」

「頼みの綱が……」

 十二騎士たちの顔が暗く沈む。


 その後も円卓会議は続いたが、有効な結論は出なかった。

 やがて意見も出し尽くし、会議は終了となった。


「では、まとめよう」

 十二騎士で最年長である第四騎士エイブラム・ガラハッドが、円卓を見回した。


「現在、第九騎士コリンが100階層を監視している。我ら十二騎士は順番ローテーションで魔王を監視。ただし、決して単独では戦ってはならない。決戦は第一騎士クレア殿が戻られた明後日。十二騎士全員で魔王エリーニュスを討伐する。異論は無いな?」

「「「「「…………」」」」」

 その場の全員が小さく頷く。

 全員が納得した顔ではないが、それ以上の妙案は結局出てこなかった。


「探索者への依頼は継続する。ただし、挑戦して良いのはS級以上のみ。我らとの合同戦線は、連携が取れないため無しだ。なんとしても三日後の帝国と神聖同盟の勇者が訪れる前に我々の力で決着をつける!」

 エイブラムの力強い言葉に、十二騎士たちが頷いた。


「もしも、我らが全滅した場合は?」

 第三騎士アリスターが面白そうに言う。

 彼だけは、あまり危機感を持っていないようだ。

 エイブラムは一瞬、顔を歪めすぐに表情を戻した。


「その場合は……、ユーサー王。貴方様の判断にお任せいたします。帝国や神聖同盟の力を借りるか……、あるいは他大陸へ助力を求めるか……」

「ふむ、心得た。まぁ、そんなことにはならんと期待しているよ」

 真剣な顔のエイブラムと対象的に、王の言葉は軽い。


「「「「「「「「「はっ!」」」」」」」」」

 十二騎士たちは、胸に手を当て短く返事をした。


 これにて最高会議は終わりか、と思われた時。


「あー、会議を終わる前にひとつだけいいかな?」

 王が何かを思いついたような顔をして、手を上げた。


「「「「「……」」」」」」

 十二騎士全員が予感する。

 こういう時に、王はろくなことを言い出さない。

 

「何でしょうか? ユーサー王」

 皆を代表してエイブラムが訪ねた。


「明日は魔王に挑戦する部隊は、決まっていないのだろう? 勿論、S級の探索者が名乗りを上げないとは限らないが」

「ええ、そうですね」


「もったいないじゃないか。伝説の魔王がわざわざ100階層に出向いてくれたのだ。私から一組、挑戦する探索部隊を推薦したい」

「お言葉ですが、実力のある探索部隊には一通り声をかけております。まさか、A級の探索者を推薦するおつもりではありませんよね?」


「ん? A級ではなかったな。たしか、まだB級だったはずだ」

「B級!? まだ100階層も突破していない探索者に魔王と戦わせるのですか!? 無茶です!」

「ユーサー王、貴方様が言っているのは……」

 第七騎士イゾルデだけは、該当の探索者に心当たりがあるようだった。


「なに、心配するな。私のこれは独断だし、強制ではない。本人が嫌がるなら無理強いはしないさ」


 ユーサー王が立ち上がると、周囲に小さな無数の魔法陣がふわりと浮かび上がる。

 空間転移の魔法だ。


「では、会議は終了だな。私は学園に顔をだすから、用事があるならいつでも来てくれ」


 ユーサー王はそう言い残すと、シュインと姿を消した。

 

 取り残された十二騎士たちは、大きくため息を吐いた。




 ◇ユージンの視点◇




(……ミシェル先輩大丈夫かな?)


 俺は学園の訓練場で、素振りをしていた。


 100階層からイゾルデさんと一緒に学園に戻り、そのまま天頂の塔へは戻らずに待機しておくように言われている。


 ミシェル先輩や、生徒会メンバーの救出には第二騎士様が向かっているらしい。

 直接話したことはないが、迷宮都市において三番目に強いと言われる実力者だ。

 

 きっと100階層の『神の試練』など余裕で突破するだろう。

 ただ、相手が魔王であることだけは少々心配だったが。


(エリーのやつは、何を考えてるんだ……?)

 念のため大地下牢の魔王の檻を確認したところ、もぬけの殻だった。

 まだ戻ってきてはいなかった。

 

(落ち着かないな……)

 無心とは程遠い心地で剣を振る。


 ちょうど千回の素振りを終え、もう千回くらいやろうかと思っていた時。


「精が出るな。ユージン」

「っ!?」

 突然、後ろから声をかけられた。 


 慌てて振り向くと同時に、癖で剣を振るってしまう。

 疲れていたとはいえ、俺の全力の横薙ぎを「ぱしっ」と片手で受け止められた。


「学園長?」

「良い太刀筋だ」

 褒められたが、片手で剣を受け止められた身としては苦笑いするしかない。


「どうしたんですか?」

「喜べユージン。いい話を持ってきた」

「…………」


 嫌な予感がする。

 学園長の、この顔は知っている。


 俺は、入学当日に学園長に無茶な依頼をされた時の記憶が蘇り、顔が引きつるのがわかった。

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