47話 決着

 

 ――音が消えた。



 ざわめいている黒い森。


 轟々と燃え盛る真っ赤な炎。


 その全てを無視し、俺を見下ろす魔王エリーニュスだけに集中する。


 ピシリ、と聖銀混じりの剣にヒビが入る。


 魔王と炎の神人族イフリートの魔力に、刀身が耐えられていない。


(また、一撃に賭けるのか……)


 思えば神獣ケルベロス相手の時もそうだった。


 つくづくギリギリな勝負に縁がある。



「反転魔法・黒天使」 

 魔王は、歌うように美しい旋律の呪文を口ずさむ。


 踊るようにして、小さな子供のような天使たち――の影が現れた。


 小さな黒い小天使の群れは、ケタケタと笑いながら俺とスミレを取り囲む。


 真っ黒な身体や羽の中、歯だけが真っ白く不気味に映る。


「キャキャキャ♪」

 一体の黒い小天使が、笑いながらこちらに近づいてきた。

 ぎりぎり剣の間合いに入るかどうか、という時。


 ゴウ!!! と炎が黒い小天使を包み込んだ。


「ギャアアアアア!!!」

 甲高い悲鳴を上げ、小天使が炎に飲み込まれ煤と成って消えた。


 一瞬、炎の人影が見えた気がした。

 ……あれは?


「ふぅん、火の大精霊サラマンダーかぁ~。やっかいなのを呼び寄せたわね」

 まるで答え合わせのように、魔王がその言葉を口にした。


「火の大精霊……」

「ふふ、どうやらスミレちゃんを守っているみたいね。ユージンは安心して私を攻撃すればいいわ」

 さあ来い、とばかりに両腕を広げる魔王。


 だが、その周囲には黒い小天使たちが取り囲み壁のように魔王を守っている。

 おそらくやつらは生きた結界であり、生きた剣だ。

 俺が迂闊に近づけは、あっという間に袋叩きにあう。


 ………………ジジ……ジジジ……


 俺の持つ魔法剣が、出番を求めるように震えている。


「こないの?」

 魔王が挑発するように微笑む。

 俺は小さく深呼吸して、腰を落とした。


(そろそろのはずだ……)


 予定は狂ったが、俺が全力の一撃を見舞うタイミングは三人で話し合っている。


・俺が魔王の力を見極める


・スミレとサラが、人質を救出し終える。


炎の神人族スミレから、新鮮な魔力を受け取る。


・そして……




降り注ぐ光の刃レインオブライトセイバー!!!」




 サラの声が響く。


 俺のいる辺り一帯に、光の刃が降り注いだ。


 しかし、慈悲の剣で作られた光刃は、味方である俺とスミレを傷つけない。


 百を超える光の刃。


 それを扱うには長い溜め時間が必要で、さらに今のサラの技量では光の刃を維持できるのはほんの数秒。


 だから、不意打ちで使うと決めていた。


「キャアアアアアア!!!」

「ギャアアアアア!!」

「アアアアアアアア!!!!!」

 黒い小天使たちの悲鳴が上がる。


 魔王が、少しだけ動揺したように見えた。

 攻撃の機会は今しかない。


(空歩)

 俺は、光の雨が降り注ぐ中へ突っ込んだ。

 

 魔王との距離はなくなり、間合いに入る。


 構える魔法剣に纏うは、漆黒の瘴気と真紅の魔力。

 

(弐天円鳴流・奥義……)


 神獣ケルベロスの首を落とした俺の最高の技。

 それを放とうとして、嫌な予感がした。


(それは魔王に通じない……)


 理屈でなく直感。

 だが、俺は剣士の直感は疑わない。


 俺は先の奥義構えをフェイントにし、ただの突きに変化した。


 ただ、速く。


 何よりも速く。


 刃を相手に届かせる。



 しかし



(見られている!!)

 魔王の眼は、しっかりと俺の剣筋を追っていた。

 だが、もう俺の攻撃は止められない。


(結界魔法・風の鎧)

 おそらく魔王相手に意味は無いが、それでも無いよりはマシだ。

 

 俺は相打ち覚悟で、魔王へ特攻した。

 魔王の持つ、魔槍の一撃に備える。


 が、衝撃は何もなかった。

 

 ……トン、という柔らかいものに刃を入れる感触だけが返ってきた。



「……え?」

 俺の魔法剣がエリーの


「……っ」

 魔王が小さくうめき、ゆっくりと地面へ落ちた。



 そんな……ばかな。

 間違いなく避けられたはずなのに……。



 ……キイイイイイン


 と音を立てて、俺の魔法剣の刀身が砕け散る。


 俺は地面に倒れている魔王へ、ゆっくりと近づいた。

 死んでしまったのか、心配になったが呼吸音が聞こえる。



「…………エリー」


「はぁ……やられ……ちゃったわね」


 苦しげに、エリーが口を開いた。


「さっき、俺の攻撃を防げたんじゃないのか?」

「そう……ね」

 魔王はあっさりと言った。


「じゃあ、どうして?」

 手心を加えられ、お情けで俺は試練を突破したのか?

 そう思うと素直に喜べない。


「んー……」

 胸から血を流す魔王が、辛そうに何かを考える仕草をした。


「悪い、無理に喋らなくても」

を使うのは、100階層の『神の試練』じゃ、反則かなーって思ってさ」


「……なんだって?」

 今とんでもない言葉が聞こえなかったか?


「むかし、天界で邪神の手下たちと戦ってた時の癖で未来を視ながら、時間を止めて戦っちゃうのよねー。でも、『天頂の塔』の100階層じゃ、それは難易度高すぎかなーって」

「勝てるわけないだろ。それは」

 俺は呻いた。

 めちゃくちゃ言うな。


「そんなことないわよ? 天頂の塔の上層にいけば、それくらいは当然のように対処できなきゃ」

「……うそだろ?」

 天頂の塔には、そんな化け物がひしめいてるのか?


「こほっ」

 その時、魔王が咳き込み大量の血を吐いた。


「だ、大丈夫か?」

 自分で斬っておいて大丈夫も何もない気がしたが。


「あんたが斬ったんでしょ? ユージン」

「そ、そうなんだけど……死なないよな……?」

 心配になって思わず尋ねた。

 

「これくらいで死んじゃ、魔王を名乗れないわよ。……でも、随分と魔力を失ったわね。しばらくは眠っていようかしら」

「そ、そうか……!」

 ほっと息を吐いた。


 そうだよな。

 伝説の魔王が、俺ごときにやられて死ぬはずがない。


「……じゃあね、ユージン。神の試練の突破、おめでとう」


 ぶわっ! と大量の黒い羽が舞った。


 一瞬、視界を遮られる。


 再び目の前を見た時、魔王の姿は消えていた。

 きっと封印の大地下牢へ戻ったのだろう。


 あとで見舞いに行こう。

 どんな我が儘も聞くようにしようと思った。


(っと、そうだ!)


 俺は慌てて、スミレのもとに戻った。


「…………zzz」

 スミレはあどけない表情で眠っていた。


 サラが、スミレを介抱している。


「サラ! スミレは!?」

「やったわね、ユージン。スミレちゃんは寝ているだけ。ユージンの回復魔法で傷は癒えてるわ。少し血を流しすぎたみたい」


「そうか……よかった」

「それより、ユージンこそ平気なの? 魔王の攻撃を正面から受けていたのでしょう?」


「ああ、それは……」

 手加減されたからな、とは言えず。

 どう説明するか、言葉を選んでいた時。



「挑戦者の勝利ですー☆ おめでとうございまーす!!」


 

 天使の声アナウンスが響く。

 随分と明るい口調だ。

 喜びを抑えきれない、ような。


 ついで黄金の魔法陣が空中に現れ、その中から人影が飛び出してきた。


 純白の翼。


 太陽のように輝く金髪。


 空のように青い瞳。



「いやー、どうなることかと思いましたよー☆」


 透き通るような声で。


 えらく軽い口調とともに俺たちの前に現れたのは、一人の美しい天使だった。

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