38話 ユージンは、60階層のボスに挑む

「ユージンくんは、これからずっと一人で探索するわけじゃないんだよね? 私との相棒パートナー関係は解消してないよね!?」

「してないよ、スミレ」

 俺は苦笑して答えた。


「ユージン、もう少しで戻ってくるから! あと二十日もすると学園祭の企画内容が固まって生徒会長の仕事は一段落するから! もう少しだけ待ってて!」

「わかったよ、三人揃ったら部隊チームでの探索を再開しよう」

 俺は興奮するサラをなだめた。


 二人は大きな瞳で、じっと俺を見つめる。


「ユージンくん。一人で無茶しちゃ駄目だよ?」

「ああ、気をつけるよ。スミレ」

 目を潤ませ、俺の手をぎゅっと握りしめるスミレ。

 俺は彼女の頭をやさしく撫でた。


「ユージン……、心配だわ。あなた一人だと魔物を攻撃できないでしょ?」

「そうなんだけど、これも修行だからさ。危なくなったらやめるよ、サラ」

 スミレを押しのけて、サラが俺に身体を寄せる。

 押し出されたスミレがサラを軽く睨む。


「サラちゃん、そろそろ生徒会に戻ればー? ユージンくんとの相手は私がするから」

「スミレちゃんこそ、魔法の授業があるでしょ? ユージンとは私が話しておくわ」

「いやいや、忙しいんだから気を使わなくていいよ、サラちゃん☆」

「スミレちゃんのほうが立て込んでるでしょ? 遠慮しなくていいから☆」

「「ふふふ……」」

 スミレとサラは、にこやかに笑みを交わす。


「じゃ、一緒に戻ろっか? サラちゃん」

「そうだね、スミレちゃん」

 ガシ! と二人は力強く手を握り合う。

 ぎりぎりと音が聞こえそうなほど。


「じゃーねー、ユージンくん!」

「頑張ってね! ユージン」

 スミレとサラは、手を繋いだまま学園のほうへ戻っていった。

 途中、小声で何か言い合っているようだったが声は聞こえなかった。


(二人は仲良くなったなぁー)

 ぼんやりとそんなことを考えていると。


(たまにユージンって馬鹿になるわよね?)

 エリーの声が頭に響いた。

 会話を聞かれていたらしい。


(スミレとサラの関係は、前よりは良好だろ?)

(わかってないわねー。ユージンの前で争ってないだけで、裏だとギスギスのドロドロよ?)

(……そ、そーなのか?)

(ユージンはもっと女心を勉強しなさい)

 魔王エリーに叱られた。


 しかし、女心なんてどこで学べばいいんだ?

 一瞬、知り合いの軟派な竜騎士の顔が思い浮かんだが、あいつなら「両方と付き合えばいいだろ?」と言ってきそうだ。


(いや、本当はそれも有りか……?)

 帝国では一夫多妻は珍しくない。

 貴族なら世継ぎのために、複数の奥方を迎えることは多い。

 皇帝陛下なんて妃が、数十人もいる。



「義理の母の顔と名前を一致させるのが大変なのよね~」

 よく幼馴染のアイリがぼやいていた。



(でも、親父がなんて言うか……)

 俺の母が亡くなって以来、一度も再婚しておらず独身を貫いている。

 母に操を立てているからだ。


 だから俺も一途に一人と添い遂げたいと思っていた。

 その相手には残念ながら振られたが……。


(あら、私がいるじゃない?)

(……何つった? エリー)

(ユージンの相手なんだから、嫁にするにはぴったりでしょ?)

(……あ、あのなぁ)


 魔王を嫁にすると言えば、親父は仰天するだろうか?

 適当な人なので、案外大笑いするだけかもしれない。

 そして何より。


(いや、そもそも俺とエリーの関係は……)

 あくまで封印されている魔王を、生物部の仕事として俺が世話しているだけだ。


 流れで契約までしてしまったが。

 なによりエリーは俺のことをどう思っているのか。




(私はユージンのことは好きよ?)




(…………)

 すでに百回以上言われた言葉。

 甘い言葉に、心が揺れそうになる。


(ねーねー、ユージンは私のことどう思ってるのよ?)

(感謝しているよ、エリーには)

(つまんないわねー、もっと欲望に忠実な男のほうが強くなれるわよ。英雄色を好むって言葉を知らないの?)

(…………)

 英雄にそういう逸話が多いことは知っているが……、本当にそうなのだろうか。


 そんな言葉を魔王エリーと交わしていると、迷宮ダンジョン昇降機エレベーターの前までやってきていた。


(そろそろ今日の探索に行くよ、エリー)

(はーい☆ 頑張ってね、ユージン)

(ありがとう、頑張るよ)

(そーだ! そろそろ階層主でしょ? その前には私の所に顔を出しておきなさいよ。魔力を補充しておいたほうがいいわよ)

(……ああ)

 

 正直、階層を一つ突破するよりもエリーの相手を一晩するほうが体力を使ったりする。

 

(エリーに会う時は、探索は休みにしよう)


 そんなことを思いながら、俺は迷宮昇降機に乗り込んだ。 




 ◇三日後◇




 ――60階層・階層主ボス縄張りテリトリー

  


「ユージン・サンタフィールドは、60階層の階層主ボスへ挑む」



 俺は一人で、階層主と対峙していた。

 ボスに挑むことは、スミレとサラに伝えている。

 

 えらく心配はされたが、危なくなれば逃げると約束してある。

 ワシャ……ワサ……ワサ……ワサ……ワサ……


 俺の前には、巨大な動く木がそびえ立っている。

 巨木の幹の中央には大きな顔があり、凄まじい威圧感でこちらを見下ろしていた。


「ボスは、樹人王トレントキングか……」


 樹海領域の階層主としては妥当なところだろう。

 木の魔物だけあって、とにかくでかい。

 


 ――探索者ユージンの挑戦を受理しました。健闘を祈ります



 天使の声アナウンスが、階層内に響く。



 ……ボコ、……ボコ、……ボコ、……ボコ、……ボコ、……ボコ

 


 樹人王トレントキングの周辺から、多くの樹人トレントが生えてくる。

 樹人王は、その場から動けないが樹人は自由に動ける。

 そいつらを倒さないと、王のもとにはたどり着けない。

 さらに。




 ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン




 樹人王トレントキングの木の葉が、俺のもとへ降り注ぐ。

 樹人王の葉には、魔力と瘴気が含まれており鋭い刃物のようになっている。

 生身の人間なら簡単に切り裂くことができる。

 それが、投げナイフの雨のように降ってくる。


 地上には数百体の樹人トレントたち。

 空中からは、葉刃が絶え間なく襲ってくる。



(スミレがいれば楽なんだろうけど……)



 樹人王トレントキングが魔力や瘴気で守られているとはいえ、所詮は木だ。

 火には弱い。


 だから炎の神人族イフリートであるスミレの魔法なら、焼き尽くすことは可能だろう。

 が、今はそれを言っても仕方がない。



 ――弐天円鳴流・『林の型』猫柳



 俺は剣技を使い攻撃を避けつつ、機会を伺う。

 が、葉刃の勢いはまったく衰えず、樹人トレントの数は増える一方だ。



(これは厳しいな……)

 まず、剣士の俺は樹人王トレントキングに近づかないと攻撃できない。


 しかも、ただの魔物なら首でも狙えばいいが、相手は木の魔物だ。

 魔物にとっての心臓である魔核を見つけ、そこを正確に破壊する必要がある。

 出直すか? と思い始めた時。



(なーにを気弱になってるの? ユージン)

 エリーの声が、脳内に響いた。


(そうは言っても、ここから打開は難しいんじゃないか?)

 魔王エリーの黒魔力を借りれば、攻撃はできる。

 しかし、樹人トレントの数が多すぎて樹人王にたどり着く前に、魔力切れになるだろう。


(ふふふ……、そんな時は私の『藍』魔力の出番よ)

(藍……毒か)

 魔王エリーニュスが持つ三色の魔力の一つ。


 藍魔力が司るのは毒と呪い。

 毒は、物理的に。

 呪いは、精神的に相手を蝕む。


(さぁ、望みなさい。魔王から藍魔力を使いたいと)

 少し迷ったが、このままだとジリ貧だ。

 棄権リタイアするくらいなら、試してみようと思った。


 剣を構え、俺は心の中でつぶやいた。




(契約者ユージンは、魔王エリーニュスに望む……。ほんの少しの藍魔力をこの手に……)




 ドクン、と身体中の血液が沸騰するような錯覚を覚える。

 

 ズズズ……、と刀身が不気味な紫色に染まってゆく。


「結界魔法・心鋼! 光の衣!」

 嫌な予感がした俺は、慌てて結界魔法で精神と身体を護った。


 手に持っているだけで、嫌悪感を持つような魔法剣ができあがった。


(魔法剣・毒刃……、初めてにしてはいい出来じゃない?)

 エリーが機嫌良さそうにつぶやく。 


(でも、これでどうやって樹人王の魔核を攻撃する?)

 俺はスミレのような、大量の魔物をまとめて吹き飛ばせるような大魔法は使えないし、サラのように遠距離からの攻撃を連続で行うこともできない。


 エリーは何も言わない。

 だが、決して意味のないことをさせる奴じゃない。


 俺はドクドクと脈打つ紫色の魔法剣を眺める。

 おそらく魔法剣で攻撃できるのは、せいぜい二回程度だろう。

 それで魔王から借りた魔力は尽きる。


 樹人王からの葉刃の攻撃はやまない。

 おして、地面からは次々に樹人が生まれてくる。

 ここでふと気づいた。


(樹人が生まれてくる場所はもしかして……)


 目を凝らす。

 そして、気づいた。


(根だ……、樹人王の根が60階層中に張り巡らされている)

 

 攻撃する場所は決まった。

 俺は葉刃の雨を避けつつ、樹人が地面から生えてくる瞬間を狙った。

 

 今だ!!!!


 剣技も何も使わず、樹人が生まれる瞬間のむき出しになった根に魔法剣・毒刃を突き立てた。

 どろり、と剣を突き立てた樹人王の根が、変色し、溶けた。


 最初は、樹人王に大きな変化は見られなかった。


 が、徐々に葉刃の数が減ってきた。

 樹人が増える早さも鈍っている。

 樹人王トレントキングの顔が、苦悶に歪んでいる。

 もしかして、毒が効いてる?

 

 

(これなら……)



 ――弐天円鳴流『風の型』空歩



 樹人王との距離を一気に詰める。

 巨木の幹には、樹人王の顔があり憎々しげにこちらを睨んでいる。

 

 樹人王の大きさが巨大過ぎて、ただ斬るだけでは倒せそうにない。


 魔法剣・毒刃が使えるのは、おそらく残り一回。

 だったら、俺が使える最大の一撃を食らわせよう。




 ――弐天円鳴流『火の型』獅子斬




 かつて10階層の階層主を屠った技を、樹人王トレントキングの顔に叩きつけた。



「……ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!1」


 

 樹人王が苦しげに、巨体を揺らした。

 地面が揺れ、地中の巨大な根が地上に現れ暴れ始めた。


 やがて、しばらくは蛸のように、うねうねと動いていた樹人王トレントキングの根がぐったりと動かなくなる。

 そして、それを取り囲んでいた樹人たちもバタバタと倒れていく。

 俺を襲っていた葉刃は、ただの落ち葉となった。


 凄いな……、魔王の魔力。


(でしょ? ユージン、感謝なさい)

(助かったよ、エリー)

 俺は素直に謝辞を述べた。


 どうやら60階層のボス相手でも、エリーに力を借りれば単独でも撃破可能らしい。




◇スミレの視点◇




 ――探索者ユージンの勝利です。おめでとうございます



 私は魔法学園の食堂にある巨大な画面に映るユージンくんを見ていた。

 画面では、無機質な勝利の宣言のアナウンスが響いている。


 ちょうど昼休みの時間だったから、友人と食堂に来ていたのだ。


「うわー、ユージンさん一人で60階層のボスを倒しちゃったわよ、スミレちゃん」

 レオナさんが、ぱくっと肉と野菜を挟んだパンを頬張りながら、呆れたように言った。


「60階層を一人で……、流石にどうかと思いますよ。ユージンくんらしいですが」

 と同じく呆れ気味に話すのはテレシアさんだ。


 そう、今日はレオナさんとテレシアさんと私の三人で食事をしているのだ。

 どちらも仲の良い友人なんだけど、三人で集まるのは初だった。


 だって……レオナさんとテレシアさんは、ユージンくんの友達のクロードくんに二股されてるし!

 二人は恋敵同士のはずなんだけど……。


「それにしても、クロードは誘わないのかしら? ユージンさんは」

「声をかけたらしいですね、クロードくんのほうから。でも、一人で修行したいからって断られたらしいですよ。しょんぼりしてました」

すよ。しょんぼりしてました」

 レオナさんとテレシアさんは、普通に会話している。


「へぇー、そーなんだー。いつ聞いたの?」

「昨日の夜ですね。今夜はレオナさんの番ですから、聞いてみればいいんじゃないですか」


「そうね。ユージンさんに振られて落ち込んでるクロードをからかってやるわ」

「クロードくんをあまり虐めては駄目ですよ、レオナ」

「あら、そう? でもテレシアも結構きついこと言うじゃない?」

「そうですか? レオナのほうがクロードくんに厳しいと思いますけど」

「そうかなー」

「そーですよ」


「…………」

 私は口を閉じて、二人の会話を聞いていた。


 どうやらレオナさんとテレシアさんは、二人ともクロードくんの恋人になる方向で落ち着いたらしい。

 そ、それってどうなのかなー?


「ねぇ、スミレちゃん。ユージンさんと一緒に探索しなくて良いの?」

 私がぼんやりしていると、レオナさんに話しかけられた。


「う、うん! ユージンくんには魔法使いの授業の集中講座が終わったら、合流するって伝えてあるから」

「とはいえ、彼一人で階層主まで倒してしまうのは異常ですね。どこまで一人で行く気なのやら」

「何だか伝説の探索者クリストみたい」

 二人の会話から、ユージンくんのやっていることがかなりの規格外であることがわかった。


 いや、中継装置の画面を観ているだけでもわかるけど。

 60階層のボスである樹人王は、大きさだけなら過去のどのボスより大きかった。


 それに攻撃の激しさも過去一番だったかもしれない。

 それをあっさり……。 


「私の魔法がもっと上手く制御できたら……」

 右手に魔力マナを集め、小さな火弾ファイアボールを浮かべる。


 

 ……ジジジ、パチ! パチ!! ぽん!



 小さな火弾ですら、未だに安定しない。

 爆発前の爆弾のように、不安定だ。

 私はため息を吐いて、火弾を消した。


「不思議ですね。スミレさんの魔法は、まるで魔力が生きているみたい……。でも、今のままでは安定して使うのは難しいですね」

 賢者見習いのテレシアさんから指摘された。


「うーん、スミレちゃんは異世界に来たばかりだから十分だと思うけど」

 レオナさんがフォローしてくれた。


「でも、ユージンくんの探索進捗はスミレさんの魔法習得より早いでしょうね」

「どうやったら、もっとユージンくんの力になれるだろう……」

「スミレちゃん……」

 私の言葉にレオナさんが、心配そうな顔を向ける。


 焦っても仕方ないのはわかっている。

 それでも、ユージンくん一人がどんどん先に進んでいるのが私は気が気でなかった。

 果たして相棒と言えるのだろうか?


「ねぇ、スミレさん」

 そんな私を見てか、テレシアさんが言った。


「テレシアさん?」

「ユージンくんのために、でもするつもりはあるかしら?」

「テレシア、何か良い手があるの?」

「そうなんですか!? テレシアさん!」 

 私は思わず身を乗り出した。


「ちょっと、……いやかなり特殊な方法なのでお勧めはしませんけど。というか私が話したと言えば、サラ会長に怒られそうですが……。うーん、どうしましょうか」

「えー、そこまで言って秘密はないでしょー、テレシア。言いなさいよー」

「まぁ……レオナの言う通りですね」


 そう言って、テレシアさんは『その特殊な方法』を教えてくれた。


 確かに、それはかなりぶっ飛んだ手段だった。

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