37話 ユージンは、魔王に相談する

「蛇の教団の印って私がデザインしてあげたの」

「……え?」

 魔王エリーの言葉に、俺は戸惑いの声を上げた。


「オシャレでしょ?」

「う、うーん……オシャレ?」

 霞んだ銀色の林檎に絡まる漆黒の禍々しい蛇の紋章。

 正直、不気味さのほうが勝る。


「ユージンにはこの価値がわからないのね~」

 はぁ、やれやれと魔王はぽてんと、ベッドに寝転がった。

 少し機嫌を損ねたようだが、知りたいことは聞かないと。


「俺が探索をしていた52階層で、蛇の教団の印が落ちていた。つまり同じ階層にいたと思うんだが……、これを持っていたってことは魔王エリーを信仰しているってことだよな?」


「うーん、本来は蛇の教団が信仰しているのは千年前に世界を支配していた大魔王様だけど、南の大陸に関しては実質『堕天の王エリーニュスわたし』で間違いないわね。だって私って可愛いから☆」


 パチンと、ウインクしながらポーズを決める魔王エリーは、悔しいが文句なしに可愛い。

 そういえば蛇の教団の信仰対象は大魔王だったな。

 だが、南の大陸においては魔王エリーニュスの影響が絶大なため実質魔王信仰となっている。


「52階層を探索している時、嫌な視線を感じた。最初は魔物かな、って思ったけどもしかすると蛇の教団の連中だったのかもしれないな……」

「まぁ、最終迷宮ラストダンジョン天頂の塔は来る者拒まずだから。それにしても何をしているのかしらねー」


「もしかしたら魔王エリーの封印を解こうとしてるんじゃないのか?」

「だったら直接、封印の大地下牢ここに来ればいいじゃない。わざわざ天頂の塔を登る必要はないでしょ?」

「……確かに」

 心配し過ぎだろうか。

 俺はもう一つの懸念を口にした。


「俺と魔王の契約が、他に漏れてる可能性はないかな? 少なくともユーサー学園長には気づかれている」

 蛇の教団が俺に目をつけていたとするなら、エリー絡みしか考えられない。


「げっ! ユーサーあいつにバレてるの!? うわっちゃー、こっそりユージンに取り入ろうとしてたのにー」

「……本人を目の前に言うか?」

「なによー、良い思いしてるんだからいいでしょー」

「…………」

 俺の頬をツンツンとつつく魔王エリー。

 否定はできない。


「で、ユージンが心配している魔王わたしとの契約についてだけど、おそらく誰にも気づかれていないと思うわ。天界で南の大陸を監視している運命の女神イリアですらね。もし気づかれてたら、天使の一人でも寄越すはずだもの。でも、全くの無反応。とんだ節穴ね」

 クスクスと笑うエリー。


 女神様ですら……気付いてない?

 逆にそれに気づくユーサー学園長はマジで、何なんだ?

 あの人は底が見えなさ過ぎる。


 エリーから何か聞けるかと思ったが、取り越し苦労だったようだ。

 魔王信仰の集団が、何かを企んでいるんじゃないか……と思ったが考え過ぎだろう。

 少し安心する。


 まぁ、こっちは本題じゃない。


「エリーに相談があるんだ」

「ん~、いいけどぉー。わかってるわよね?」

 流し目のエリーが俺の首に腕を回し、顔を近づけてくる。

 この流れは、いつもならそのままベッドイン……なのだが。


「今日は『定例』の日じゃないだろ?」

 俺はエリーを手で制した。


 俺がエリーに捧げるのは七日に一度。

 今日は、聞きたいことがあったのでイレギュラーでやってきた。

 

「え? えっ!? ナンデ! 生殺し!? そんなぁ~」

 うるうるした目で俺を見上げるエリーを見ると、心が揺らいだ。


「…………よ、用事が終わったあと、な?」

「やったー☆ じゃあ、何でも聞いて?」

 一瞬で、泣き顔を引っ込め笑顔になるエリー。

 くっ……、手のひらで転がされている。


 が、聞くべきことは聞かないと。

 俺は口を開いた。


「50階層を超えて、天頂の塔の魔物たちの強さが一段階上がった。今のままだとおそらく足止めを食らう。何か良い手はないかな?」

「ふーむ、……なるほどね」

 俺の言葉に、顎に手をあてて考え込むエリー。


「ユージンは自分の強みと弱みをどう考えてるのかしら?」

 エリーは俺の質問にストレートに答えず、質問で返してきた。

 ……自分でも考えてみろ、ってことか。


「俺の強みは……『一対一』かな。今は炎の神人族スミレ魔王エリーの魔力を借りた魔法剣が使えるから、災害指定の魔物相手でも遅れは取らない自信がある」

「そうね。じゃあ、弱みは?」


「俺には中距離や遠距離の敵に対しての攻撃手段がない。それに俺の結界魔法や回復魔法は、効果範囲が俺の周囲一人分だけ。多数の敵に囲まれたら仲間を守れない。それが『弱み』かな」

「よくわかってるじゃない」

 俺の言葉にエリーは満足げに微笑んだ。


「あとは……、やっぱり俺自身の魔力じゃないからかな。魔法剣の発動時間が短い。今はなんとかなってるけど、大量の魔物に囲まれた時は不安が残るな」

「ふふっ、それはスミレちゃんの炎の魔力だけでしょ? 魔王わたしの魔力を使った魔法剣はずっと発動していたはずよ」

「……そう言えば」

 神獣ケルベロスと戦った時、魔法剣・闇刃は敵を切りつけても威力は落ちなかった。

 むしろ、魔法剣の発動に俺の体力が保たなかっただけで。


「スミレとエリーで魔力の性質が違う……のか?」

「性質じゃなくて、『愛』よ『愛』。私とユージンが愛し合ってるから魔法剣も長く続くの♡」

「……愛って……、本当か?」

 なんとなく胡散臭いような……。


「当たり前でしょー! 私とユージンの付き合いの深さが、最近異世界からやってきたぽっと出の女の子に負けるわけないでしょ!」

「わかったよ。魔王とは付き合いが長いからってことか」

 いざという時は、魔法剣・闇刃に頼ろう。

 俺としては、最後の切り札のように考えているので、あまり気軽に使うことは抵抗があるが。


「で、他の弱みについて。遠距離攻撃できないことや結界魔法や回復魔法の範囲が狭いってことね。これなら簡単に解消できるわよ?」

「……どうやって?」

 ここ最近、自分でも試行錯誤していた。


 例えば遠距離攻撃。

 弐天円鳴流には、剣撃を飛ばす技がある。


 『風の型』飛燕、という技だがそれを放ったら魔法剣・炎刃が消えてしまう。

 スミレに借りた魔力を使っているせいだ。

 一発限りになってしまうので、実用的じゃない。


 結界魔法や回復魔法の効果範囲の狭さは、帝国士官学校時代からの課題だった。

 杖を使ったりと呪文の詠唱を変えたりしたのだが、変わらなかった。

 生まれ持った性質らしい。


 回復も結界魔法も、効果は高いんだけどな……。

 そんなことを考えていると。

 


 

「ユージン、単独ソロで探索してみなさい」



 

 エリーが答えた。


単独ソロで……?」 

「ええ、そうよ。ユージンの能力ならそれが一番よ。それで全て問題が解決するわ」

「俺の能力……」

 俺は考え込んだ。


「本当は自分でもわかってるんでしょ? ユージンは一人で神獣であるケルベロスちゃんを撃退したのよ? が居なければ、52階層程度で苦戦するわけないじゃない」

 キラキラした笑顔で、エグいことを言ってくるエリー。

 言ってることはわからないでもないが……。


「でもさ。俺は白魔力しか持ってないんだ。一人じゃ魔物を倒せない」

「いちいち魔物なんかと戦わなくていいのよ。ユージンの結界魔法は、封印の大地下牢の瘴気ですら防ぐんだから。全部、無視スルーすればいいじゃない」

 その方法は、考えたことはある。

 結界魔法と、迷宮内の死角を使って魔物をやり過ごしていく方法。

 しかし。


「駄目だよ、エリー。途中の魔物を無視スルーしても階層主ボスとは必ず戦わないといけない」

 それが最終迷宮の規則だ。

 神の試練である天頂の塔バベルで、不正は許されない。

 戦いを避け続けることはできない。


「そんなの私だってわかってるわよ。だから階層主と戦う時だけ魔王わたしの魔力を使えばいいでしょ? 通常階層の魔物は無視。階層主だけ魔王わたしの魔力で倒す。ね? 簡単でしょ?」

「………………」


 気軽に言ってくれる。

 そんなに上手くいくとは思えない。

 が、反論は思いつかなかった。


「でもスミレは……。同じ部隊パーティー仲間なのに」

「留守番しておいてもらえばいいじゃない。だいたいあのスミレって子は、ユージンに色目を使いすぎなのよ。サラって聖女候補ちゃんも。女に囲まれてデレデレしたユージンなんて見たくないのに」


「…………それはエリーの個人的な感想だな」

「でも、ユージンが単独ソロのほうが力を発揮できるっていうのは本当よ?」

 俺を見つめる目は、真剣なように見える。

 一人のほうが力を発揮できる、……か。

 確かに、盲点だったかしれない。


「参考にするよ。ありがとう、エリー」

 俺はエリーにお礼を言った。


 そろそろ退散しようとして……


「ユージン、お礼は身体で払いなさい」

 魔王からは逃げられなかった。

 その場で押し倒された。




 ◇




「……じゃあな、エリー。また来るよ」

 を終えた俺は、ベッドから立ち上がった。


「もう、帰るの? 忙しないわね、ユージン」

 エリーが唇を尖らせる。


 だが、俺はのんびりする気分ではなかった。

 身体は気怠いが、やるべきことは見えてきた。



(今度、一人で迷宮探索に行ってみるか……)


 

 勿論、スミレとの部隊を解消するわけじゃない。

 でも、色々と試すのは悪いことではないだろう。


 もともと一人で、自分を鍛えるのは好きなのだ。

 これも修行の一環と思えば良い。


 つい数ヶ月前までは、9階層以上進めずに腐っていたが、今なら攻撃の手段を手に入れた。

 そう思うと、自然と腕が鳴る気がした。


 さて、では探索の準備をしようと地下牢を出ようと思った時

 



「ねぇ、ユージン」




 魔王エリーに声をかけられた。


「なんだ?」

「この最終迷宮の一つ『天頂の塔』は何のために建てられたか、知ってる?」

 急にそんなことを聞かれた。


「地上の民への試練。そして、最終迷宮を突破した者は天界へ住む権利を与えられて、永遠の命を得ることができる、だろ?」

 俺が教科書通りの答えを言うと、エリーが意味深な笑みを浮かべた。


「それは表向き。どうして天界の女神たちが、地上の民にわざわざこんな巨大な迷宮を作ったのか、理由はわかる?」

「いや……」

 神様の意図か。

 考えたこともなかった。


「女神たちを束ねる太陽の女神アルテナ様……あの御方は、新たな神族を生み出したいの」

「……神族を……生み出す?」

 俺は首をひねった。

 

「1500万年前に起きた最後の神界戦争以来、新しい神族は生まれていない。天界はずっと停滞している……それを太陽の女神様は打破したい。そのための『天国の階段』計画。そして、そのための道具が『天頂の塔』。地上の民へ永遠の命というを与えて、登ってくる実験動物モルモットたちを観察している……」



「…………」

 魔王は一体何を言っている?

『天国の階段』計画?

 モルモット……?

 なにより、叶わない餌というのは……。


「エリー……、それは一体」

「なーんてね☆ 冗談よ、冗談!」

 先程までの意味深な表情は消え去り、いつもの能天気な笑顔に変わる。

 

「さっきのは忘れていいわよ、。とりあえず100階層くらいはさっさと突破しちゃいなさい。どんな方法でもいいから。ユージンは真面目だから、正面突破しか考えてないみたいけどそんなんじゃ、すぐに行き詰るわよ」

「……わかったよ」 

 さっきのエリーの言葉は気になったが。 


 多分、聞いても教えてはくれないだろう。

 

(とりあえず100階層か……)


 そこを超えればA級探索者。

 南の大陸においては、最高の称号の一つだ。 


 当面の目標としては妥当だろう。

 勿論、俺の最終目的はスミレの目標である500階層だが。


「ふわぁ……」

 魔王が大きくあくびをして、ごろんと横になった。


 すぐにすー、すー、と寝息が聞こえる。


 穏やかな美しい寝顔だ。

 とても恐ろしい魔王とは思えない。 


「おやすみ、エリー」

 俺は、大地下牢をあとにした。




 ――翌日




 スミレは、魔法授業の短期集中コースを受講しているそうで、しばらく学園に引きこもるらしい。

 彼女の課題は、魔力マナと魔法の制御。

 スミレも創意工夫している。

 俺も負けてはいられない。 



(よし! 行くか)



 俺は天頂の塔の迷宮昇降機へと向かった。

 久しぶりのたった一人での迷宮探索。

 目指すは53階層の突破。


 50階層から60階層にかけては、樹海のエリア。


 迷宮昇降機を降りると、そこには木々が重なり薄暗い景色と、「キキキキ……」「キョキョキョキョ……」と魔物や魔虫の鳴き声が、そこら中から聞こえる。


 周りを見回したところ、他の探索者は居ない。


(さて……)


 今日はたった一人。

 炎の神人族スミレに魔力は借りられない。

 だから魔物とは戦わない。


(結界魔法・身隠し)


 神獣ケルベロスの目も誤魔化せた魔法。

 いや、本当に誤魔化せていたか怪しいが……。


 周りの景色と同化する結界魔法である。

 動かなければ、魔物にばれる可能性はかなり低い。

 が、探索となると移動は避けられない。

 そのため。


(弐天円鳴流・『林の型』影鼠)


 小動物のように気配を消して、移動する歩法。

 もともとは暗殺用の技術らしいのだが……。

 

 俺は結界魔法と円鳴流の技を組み合わせて、53階層の突破を試みた。


 暗い樹海の中を、慎重に進む。


 途中で、魔物と何度もすれ違ったが俺に気づく様子はなかった。


(これは……)


 案外、有りなのでは?


 流石は魔王エリーの助言だ。


 今度、お礼を言おう。

 また身体で払え、とか言われそうであるが。


(しかし、恐ろしいほど集中力が削られていくな……)


 結界魔法は張りっぱなしで、弐天円鳴流の技も途切れさせられない。

 戦闘が無いとはいえ、ずっとは続かない。


 俺は時々休憩をはさみつつ、一日がかりで上層への階段を発見した。

 

(一日に一階層が限界だな……)


 そう感じた。

 だが、一人でも50階層以上を突破できるという証明にはなった。


 明日からも、この方法で行ける所まで行ってみよう。




 ◇




 一人探索、七日目。


 今日は59階層。

 一人探索は、順調だった。


(次はいよいよ60階層の階層主ボスか……)


 うーん、流石にボスを一人で挑戦するのはなぁ……。


 これはスミレやサラにも意見を聞いたほうがいいだろう。

 そんなことをぼんやり考えていると。

 


「ユージンくん!」

「ユージン!!」

 

 

 後ろから名前を呼ばれた。

 聞き覚えがあるその声には、少量の怒りが混じっているように感じた。


 振り返ると予想通り、スミレとサラがやってきていた。


「よ、二人とも久しぶ……」

「勝手に探索するなんて酷いよ 私のこと捨てるの!!!」

「どうして一人で探索してるの!? 私のこと飽きちゃったの!!」

 二人に詰め寄られた。


 どうやら中継装置サテライトシステムで、俺が一人で探索する様子を見ていたらしい。


(そういえば、一人で修行するとは二人に話していたけど修行方法については詳しく伝えてなかったな……)


 俺が単独ソロ探索者に転向したと勘違いされたらしい。


 というか、ここは天頂の塔の1階層。


 つまりは、大勢の探索者が集まっている。


 そこで女の子二人から「捨てる」だの「飽きた」だの言われていると、周りの視線が恐ろしく冷たくなっていると感じるのは勘違いではあるまい。


「待って! 落ち着いてくれ、二人とも!」


 納得してもらうのに、しばらくの時間を取られることになった。



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