33話 天頂の塔・50階層


 ――天頂の塔バベル・50階層


 そこは広い湿地帯と深緑の森が広がっている。


 深い霧が立ち込め、視界は悪い。


 運が悪いと雨が降っている場合すらある。


 ここが迷宮ダンジョン内ということを忘れてしまいそうだ。


「……50階層に着いたな」

「……うん」

「気をつけてユージン、スミレさんも」

 サラの言葉にスミレがジトっとした目になる。


「はーい、手元が狂ってサラさんに魔法を当てないように気をつけるねー」

「……たまに私のほうに飛んでくる火弾ファイアボールはやっぱりわざとなのね!」

「えー、違いますけどー。言いがかりはやめてくださいー」


「うそよ! 私に魔法が当たればいいって思ってるでしょ!」

「サラさんこそ、フォローが私の時だけいっつも遅いのはなんで?」

「……き、気の所為よ」

「絶対ウソだ! 明らかにユージンくんの時と差があるし!」

「聖女候補の私は全員に平等です」

「平等ねー。へぇー」

「何かいいたいことが?」

「別にー」


 後ろで言い合いが始まっている。

 会話だけ聞くと相変わらず険悪な関係に聞こえるが、ここ数日の探索でスミレとサラの連携力は格段に良くなっている。


 魔物が出てきたら、近距離を俺とスミレが、中距離をサラが担当する。

 49階層までには飛竜ワイバーン鷲獅子グリフォンなど強力な魔物にも襲われたが、俺たちは大きな怪我もすることなく突破することができた。


 しかし、ここは階層主ボスの領域。

 そして50階層はこれまでのボスとは別格になる。


 俺はさっきまからまとわりつくような視線を感じていた。

 

「……階層主にな」

「「…………」」

 俺の声にスミレとサラが押し黙る。


「……スミレさんがうるさいからよ」

「……サラさんだって騒いでたくせに」

 黙ってなかった。


「二人のせいじゃないよ。50階層に来た時から、ずっと気づかれてる」

「そうなの? ユージンくん」

「ああ、炎の神人族スミレの魔力は膨大だし、サラの聖剣の威圧感プレッシャーは相当だ。警戒心の強い魔物なら大抵気づく」

「でも……だったらどうしてこちらに襲ってこないのかしら?」

 サラが首をかしげる。


「そりゃ……」

 俺が口を開いた時。



 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」




 巨大な咆哮が大気を震わせる。


「きゃっ!」

「っ!」

 スミレが小さく悲鳴を上げ、サラが息を呑む。


「待っててやるからさっさと来いってさ」

「「……」」

 スミレとサラが小さく無言で頷いた。


 俺は腰の剣を引き抜き、霧の深い方へと進む。

 ねっとりとした視線は、こちらからだ。


 ぱしゃぱしゃと、水の音が響く。

 少し離れてスミレとサラが俺に続く。

 剣は既に鞘から抜いている。 


「ユージンくん! 待って」

 スミレが近づき俺の腕を引き寄せる。

 そして、剣の柄を掴んだ。


 ――ドクン、と。


 まるで剣に血が通ったような錯覚を感じる。

 刀身が紅く煌々と輝く。


 今ではすっかりお世話になっている炎の神人族イフリート魔力付与マナエンチャント

 俺は魔法剣・炎刃を軽く振った。


 空中に赤い軌跡が描かれる。

 最近は、魔法の扱いにも慣れてきたスミレの付与はより洗練されてきている。 


「ありがとう、スミレ」

「気をつけてね、ユージンくん」

「ああ。スミレを任せたよ、サラ」

「ええ、わかったわ」

 心配そうなスミレと、真剣な表情のサラを後目に俺はさらに一人で奥へと進む。



 階層主の囮になるためだ。 



(……結界魔法・風の鎧)


 不意打ちを防ぐため、自身の身体を結界で守る。

 

 深い霧によって階層主の姿はまだ、見えない。


 しかし、時折聞こえる低い唸り声。

 そして大きな翼がはためく音。

 決して遠くない距離に、階層主は居る。


 ふと気づくとCランクの探索者バッジがチカチカと光っている。

 階層主の縄張りに入った。




「ユージン・サンタフィールドは、50階層の階層主ボスへ挑む」




 俺は小さく告げた。

 それに呼応して『迷宮の管理者』の声が、迷宮内に響く。




 ――探索者ユージンの挑戦を受理しました。健闘を祈ります




 次の瞬間、暴風が吹き荒れ霧が晴れた。

 俺の立っている場所は、湖のように広い水たまりが広がっている。



 そして、姿を現したのは巨大な蒼いドラゴンだった。



嵐竜ストームドラゴン!!」

 後ろからサラの声が聞こえた。

 

 50階層の階層主は、例外なくドラゴンである。

 

 竜は49階層まで現れることは決して無い。

 天頂の塔を設計した神様がそう決めたらしい。


 Bランク探索者は、50階層を突破した者に与えられる称号。 

 そして、Bランク探索者は全員が『竜殺しドラゴンスレイヤー』である。

 にしても。


(でかいな……『超大型』か)


 50階層はつい最近、別の探索隊が突破していた。

 そのため、新しい階層主は俺たちが初めてとなる。

 そしてどうやら、俺たちの戦うボスは強力なハズレパターンのようだ。


 嵐竜の体長は、大きさだけなら20階層で戦った神獣すら上回っている。

 流石に千年以上生きている古竜エンシェントドラゴンではないと思うが、間違いなく年輪を重ねた成竜だ。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」


 嵐竜の咆哮とともに、横殴りの暴風が吹き荒れる。 

 そして土砂降りの雨が視界を奪った。


 そして、竜がこちらに殺気を向けるのを感じた。


(よし! 狙いは俺だな)


 一瞬、スミレとサラを狙われることを心配したが俺を獲物と定めたようだ。


「ガアアアアアアアアアア!」

 次の咆哮は、それ自体が魔法だった。

 竜の口から、蒼い閃光が走る。




 ――弐天円鳴流・『風の型』空歩


 

 

 竜の咆哮を、なんとかかわす。

 さっきまで俺が立っていた場所は、大きく地面がえぐられている。


 暴風雨の中だが、炎の神人族が付与してくれた魔法剣は、健在だ。

 が、竜との距離は離れている。

 まずは、近づかないと。


 俺がもう一度、空歩を使おうとした時。


 ドン!!!!!!


 と爆発音が耳元で弾け、視界がブレる。


「っ!?」

 次に身体に衝撃が走った。

 後ろでスミレの悲鳴が聞こえた気がした。

  

(……回復ヒール

 自分に回復魔法をかける。


 眼の前に大きな影が迫る。

 竜の爪だ。


 が、身体が痺れている。

 かわすのは間に合わないし、結界魔法を張る暇もない。

 剣で受けるしかない。


「弐天円鳴流・『山の型』十文字斬り!」

「聖剣魔法・光の剣ライトセーバー!」

 俺の剣技に、サラが光刃を放って合わせてくれた。


 ガギン! と大きな音を立てて竜の爪が折れる。

 が、同時に俺もふっとばされた。


 何回か地面を転がりながら、受け身を取った。

 ぱしゃぱしゃとこちらに走ってくる足音が聞こえる。


「だ、大丈夫? ユージンくん!?」

「怪我はない!? ユージン」

「…………ああ、ミスったよ」

 後ろにいたスミレとサラに返事をする。

 

 まだ身体の痺れは残っている。

 が、動けないほどじゃない。


 暴風雨はますます吹き荒れる。


 そして……、「バチン!」と大きな音が鳴った。

 同時に空中に、光の線が走る。


 そして、嵐竜の鱗をバチバチと光が弾けているのが見えた。

 どうやらさっき俺が食らったのは『あれ』らしい。


「雷魔法……か。やっかいだな」

「ユージンくん、さっき雷が直撃してたよ。身体は動かせる?」

「ユージン……、あなたの結界魔法は大したものだけど無茶はしないで」

「びっくりしただけだよ」

 二人に心配かけないよう、少し強がって笑う。


 けど、油断があったかもしれない。

 攻撃に移ろうとしていた時を狙われたため、結界魔法が弱まっていた。


 次は防ぐ。

 俺は紅く輝く魔法剣を強く握りしめた。


 爪を折られた嵐竜は俺たちを警戒してか、仕掛けてこない。

 が雨はますます強くなる。


 このままだと身体が冷えて、動きが鈍りそうだ。

 ここで気づく。


「スミレ。雨は大丈夫か?」

 炎の神人族のスミレに、この大雨は身体に悪いんじゃ……と思ってのだが。


「ん? なに?」

 スミレは涼しい顔をしている。

 そして、雨はスミレの身体を濡らす前に蒸発していた。

 これなら平気そうだ。


「どうなってるの? スミレさんの身体……」

 呆れ気味に言うサラの身体には、光のカーテンのようなものが覆っている。

 宝剣クルタナの自動防御魔法らしい。


(とりあえず二人は問題なさそうだな)


 俺の魔法剣の魔力は……まだ余裕がある。

 そもそも、一度も攻撃していない。

 しかし。



 ……バサ、……バサ、……バサ



 雨音に混じって、大きな羽ばたき音がきこえる。


 天頂の塔は迷宮だが、その内部は恐ろしく広い。

 巨大な竜であろうと自由に飛び回れるほどの。


 嵐竜が上空高くから見下ろしている。

 さっきの俺とサラの攻撃を警戒されたようだ。


「空に逃げられたか……、サラ。どうだ?」

「ごめんユージン。この距離だと難しいかも」

 俺の言葉にサラが申し訳そうな顔になる。

 

 サラの聖剣魔法は、遠距離が得意ではない。

 おそらく竜もそれをわかっているんだろう。

 となれば残る方法は……。


「スミレ」

「はーい、任せて☆」

 スミレが、ぱっと手を上げる。

 その手に持っているのは、魔法使い見習いが持つような安物の杖だ。


 スミレいわく「これが一番扱いやすんだよねー」とのことだ。

 ここ最近、魔法講義でスミレの魔法使いとしての能力は飛躍的に向上している。

 もっとも繊細な魔法はまだまだで、大雑把な魔法のみだが。


「ふん~♪ ~♪」

 スミレが空中に杖を振るうと、杖から光の魔力が複雑な模様となって現れる。

 メモしているのであろう紙を見ながら、スミレが杖を振っている。


(空中に描く立体魔法陣……)


 魔法使いの中でも、相当な実力がないと扱えない魔法陣。

 そして、非常に多くの魔力を必要とするらしいが、炎の神人族であるスミレにとっては問題にならない。

 やがて空中に複雑な魔法陣が組み上がった。


「できたよー☆」

 スミレが言う。

 魔法陣が強い光を放つ。


 ゴゴゴゴゴ……、と地面が揺れている。

 俺とサラは息を呑んだ。


 炎の神人族の魔法が発動した。

 



 ――聖級火魔法・炎の巨人



 

 最終迷宮の天井に届きそうなとてつもない大きさの魔法の炎でできた巨人が現れた。


 魔法の強さは『初級』『中級』『上級』『超級』『王級』と上がっていき『聖級』は、人が扱える最高位の魔法と言われている。

 それをあっさり……。


 突如現れた炎の巨人に、嵐竜が戸惑っている。


「…………動いて炎の巨人」

 スミレが炎の巨人に命じる。


 彼女の顔からは多くの汗が流れ出ている。

 魔法の制御に手間取っているようだ。


「ガアアアアアアア!!!!」

 そのすきに嵐竜が咆哮を放つ。

 蒼い閃光が、炎の巨人の片腕を吹き飛ばした。

 

「いっけー!!!」

 スミレの号令で、炎の巨人が嵐竜に

 


「ギャアアアアアアアアアアアア!!!!」

 嵐竜が絶叫をあげる。


 炎の巨人から逃れようと暴れるが、そもそも炎の巨人は実体のない仮初の魔法生物だ。

 それがどこまでも嵐竜を追いかける。


 ちなみに炎の巨人の細かい制御を、スミレがやっているわけではないらしい。

 スミレが命じると、あとは勝手に動くらしい。


 炎に飲み込まれた嵐竜が、ふらふらとしている。

 が、まだ致命傷にはなっていないようでなんとか逃げようとしている。

 俺はそれを見て、嵐竜のほうへ駆け出した。


「ユージン! まだ炎が」

「大丈夫! サラ、援護を頼む」

「もう! わかったわよ!」

 俺は、迷わず炎の巨人の足元へ向かった。


「オオオオオオオオオオオオ!」

 嵐竜が天へ吠える。

 巨大な竜巻が発生し、炎の巨人を巻き込んだ。

 

 ……オオオ……オ……オ……


 炎の巨人の身体が徐々にしぼんでいく。

 やがて、蜃気楼のようにかき消えた。

 しかし、炎の巨人がいた足元は火の海だ。

 

 嵐竜はふらふらと低空を飛行している。

 羽ばたく力も無いようで、おそらく魔力で身体を浮かしているのだろう。

 

 俺は結界魔法を張り、炎の中を突き進んだ。

 真上には、嵐竜。

 しかし、魔法剣の間合いではない。

 その時。


「聖剣魔法・光の剣!」

 サラの魔法が、嵐竜の片翼を撃ち抜く。


 サラの苦手な遠距離攻撃。

 そのため威力は弱い。

 が、今の手負いの嵐竜のバランスを崩すには十分だった。



 ……ズ……ン


 重い音とともに、竜の巨体が地面へ落ちる。

 スミレの炎によって湿地の水気は全て消え去っている。


 地面を強く蹴る。

 一瞬で、嵐竜のそばに到達した。

 この機は逃せない。




 ――弐天円鳴流・『山の型』次元斬り




 竜の首を一刀両断した。

 嵐竜の頭が、ごとりと落ちる。


(やった……よな?)

 まさか神獣のように立ち上がったりはしない……はず。

 俺の懸念に応えるように。




 ――探索者ユージンの勝利です。おめでとうございます



 

 迷宮内に『天使の声アナウンス』が響いた。


「ふぅ……」

 一息つく。


「ユージンくん!」

「ユージン!」

 スミレとサラに抱きつかれた。


「やったね!」

 スミレがぎゅーっと、首に腕を回す。

 そのままキスを来てきそうな勢いで。


「だから! スミレさんはひっつきすぎなの! 離れて!」

 それをサラが引き剥がそうとするが、スミレは離れない。

 ますます強く抱きついてくる。


「やだよー」

「この女……。まぁいいわ。ねぇ、ユージン。階層主の討伐おめでとう」

 サラは微笑み、俺の頬にキスをした。


「ちょっと!! サラさん、何やってるの!?」

「ふふん、別にいいでしょ。私とユージンの仲だもの」

「サラさんなんて、臨時の仲間のくせに!」

「スミレさんは、新入りでしょ!」

「なによ!」

「そっちこそ!」

「落ち着けって二人とも」


 こりゃクロードのこと言えないな。

 どうやってこの二人の仲を取り持てばいいものやら……。



 その時、ふと視線に気づく。



 天頂の塔の中継装置サテライトシステムの魔導器の眼が、こちらをじーっと見ていた。

 どうやらこの様子も大陸中に中継されているらしい。


(50階層ともなると、大勢に見られてそうだな……)


 生徒会の連中から絡まれそう。

 生徒会棟には近づかないでおこう。


 スミレとのことも、色々言われそうだな。


「……!!」

「……っ!!」

 スミレとサラは今もわーわー、言い合っている。 


 もっとも二人とも本気で怒っているのでなく、いつもの喧嘩というやつだ。


「スミレ、サラ。50階層の突破祝いに飯でも食いに行くか?」 

「「行く!!!」」

 二人は、ぱっと言い合いを止めて声を揃えて返事をした。


 ……君たち、実は仲良くないか?


 こうして俺たちは天頂の塔・50階層を突破することができた。

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