34話 ユージンは、魔王について考える

「ねー、ねー。ユージンってばー。いつまで寝てるの?」

 

 ゆさゆさと身体をゆすられ、俺はゆっくりと目を開いた。


 目の前に飛び込んできたのは、雪のように真っ白な肌。


 そして、俺を包み込むように広がっている黒い翼だった。


「エリー……?」

「そんな格好でいると風邪引いちゃうわよ?」 

「かっこう……?」

 ぼんやりと自分の服装を確認する。


 だが、服は見当たらなかった。


 なぜならのだから。

 そして、それは目の前の魔王エリーニュスも同じだった。


「えっ!?」

 慌てて飛び起きる。

 あれ……、俺はどうして大地下牢に……。


「どうしたの、ユージン。寝ぼけてる?」

「ああ……いや、思い出したよ。50階層をクリアして『B級』探索者になった報告に来たんだったな」

 その後、「じゃあ、お祝いしなきゃね!」とエリーと酒を飲んだあと、エリーに襲われ、睡魔に襲われた。


 探索終わりで体力も限界だった俺は、そのまま一晩ここで寝てしまったらしい。


「…………」

「……なんだよ?」

 俺をニヤニヤと見つめるエリーは、ぞっとするほど美しい。

 魔王エリーは俺の問いにはすぐに答えず、俺の身体や頬をぺたぺたと触った。


「最近はいい顔になってきたわね。その調子でもっといい男になりなさい」

「……前までは駄目な男だったってか?」

堕天の王わたしが目をかけた男よ? こんなもんじゃないでしょ?」

「だといいけどな」

 俺はベッドから立ち上がろうとすると、エリーに腕を引っ張られた。


「何よ、もう行っちゃうの?」

 上目遣いのその目は、まだ行くなと訴えていた。


「今日はスミレとサラと一緒に、51階層の探索する約束をしてるんだ」

「あー、あの炎の神人族イフリートの女の子と聖女見習いの子たちよね。あの二人って仲悪すぎじゃない?」

「…………最近はましになってる……はず」


「そうかしら? で、約束はいつなの?」

「今日の夕方」

「じゃあ、まだ時間あるじゃない」

 そう言うや押し倒される。

 

 その時、コロンとなにかが転がった。


「あ」

「なにこれ?」

 俺が拾う前に、エリーに取られた。


「俺の探索者バッジだよ。返してくれ」

「ふーん、これがB級探索者のバッジかー」

 エリーが、つまらなそうに眺める。

 こんなもので満足するな、ということだろうか。

 

 50階層を突破すれば、B級探索者。

 100階層を突破すれば、A級探索者。

 200階層を突破すれば、S級探索者。


しかし、俺たちの目標はそのはるか上だ。

 それでも一年以上D級探索者で足踏みしていた俺にとって、B級探索者のバッジは素直に嬉しかった。


 が、エリーの表情の理由は俺の予想と違った。


「知らない女の匂いがするわね。しかも二人も」

「…………何の話かな?」

 とりあえずごまかしてみる。

 多分、無駄だと思うけど。


「私に隠し事なんて無駄よ。さっさと吐きなさい。スミレちゃんとサラちゃんじゃ飽き足らず、さらに別の女にまで手を出してるの?」

「違うって。迷宮案内人ダンジョンガイドのアマリリスさんと、お世話になっている12騎士のイゾルデさんに会ったんだよ」

「あら、生意気ね。B級探索者のくせにもう担当の迷宮案内人ダンジョンガイドが付いたの?」

「……ああ、色々あってな」


 俺はつい昨日のことを思い出した。




 ◇




「わー☆ ユージンさん、50階層の突破おめでとうございますー! いやぁ、お見事な討伐でしたねー。でも、ユージンさんが竜くらいで苦戦するとは思ってませんでしたよ? はい、これB級探索者のバッジです! もう作っておきましたから!」

 迷宮組合に入った途端、アマリリスさんが俺のところにすっ飛んできた。


「アマリリスさん。見ててくれたんだ、ありがとう」

 先日、つまらなそうに受付席で髪をいじっていた受付嬢とは思えない。


「ねー、ユージンくん。その女の子は……誰?」

「ユージン。私にそちらの女性を紹介してもらえるかしら」

 仲間二人の声が冷たい。

 ……何やら妙な誤解をされていないだろうか。


「紹介するよ、この人は……」

「はーい☆ はじめまして、私は迷宮職員のアマリリス・フィオーレと申します! 普段は迷宮組合本部で、受付嬢やってますー! 貴女方が異世界からやってこられた指扇スミレさんと、聖国カルディアの聖女様の筆頭候補のお一人、サラ・イグレシア・ローディスさんですね! ご高名はかねがね伺っておりますよ!!」


 俺が紹介をする前に、アマリリスさんが二人に挨拶した。

 どうやら俺の探索仲間についても、調べていたらしい。


「は、はい……はじめまして。スミレです」

「サラよ……。よろしくね」

 スミレとサラが、アマリリスさんの勢いに押されている。


「そして、先日ユージンさんには私が迷宮案内人ダンジョンガイドとして担当させていただけないか、ご相談しています! それでお二人にもご挨拶をと思いまして!」


「ガイド……?」

「その話は詳しく聞かせてもらえますか?」

 キョトンとするスミレと、目が鋭くなるサラ。


 スミレは迷宮案内人ダンジョンガイドという言葉が初耳らしい。

 俺は簡単にその仕事内容を説明した。


「ふーん、なるほどー。私たちのパーティー専属の迷宮職員さんってことなんだね」

「人によっては複数のパーティーと契約している迷宮案内人ダンジョンガイドも居ますが、私に限っては他のパーティーは見ておりませんから、専属と考えていただいて大丈夫ですよ☆」

 満面の営業スマイルを浮かべるアマリリスさん。


 そっか。

 彼女は他の探索隊は見てないのか。


「アマリリスさん。通常、迷宮案内人ダンジョンガイドがつくのはA級探索者からですよね? どうして50階層を突破したばかりのユージンにもう声をかけたのかしら?」

 サラはアマリリスについて疑わしい目を向けている。

 まぁ、それは俺も気になった。

 スミレを見ると、同じ疑問を持ったようだ。


「それはですね……」

「それは?」

 俺たちは、アマリリスさんの言葉を待った。


「ふふふ……、勿論それはユージンさんが探索者だからですよ」

 チャリーン、と目を光らせ指で金貨の形を作るアマリリスさん。

 ……え? お金?


「先日の神獣ケルベロスの素材は2億Gで売れましたし、ユージンさんはユーサー国王陛下とも懇意にしているって話じゃないですか! こんな探索者を放っておく迷宮案内人はいないですよ!」

 思ったよりも現金な理由だった。

 というか、現金そのものだった。

 が、俺はその理由に対しては好印象だった。


「わかりやすい理由でいいと思うけど。二人はどう?」

 俺はスミレとサラに尋ねた。


「ふーん……、お金が理由かぁ……」

「本当にそれだけなのかしら……」

 スミレとサラの表情は芳しくない。

 そこにアマリリスさんは、さらにぐいぐい詰め寄っている。


「ふふふ……二人がご心配するようなことはありませんよ? 必要であれば、迷宮案内人の契約要項にユージンさんに手を出したら即刻契約を破棄する、という条項を加えてくださってもいいですし」

「なっ!?」

「えっ!?」

「おいっ!?」

 アマリリスさんの言葉に、二人だけでなく俺もびっくりする。

 が、アマリリスさんは驚いている俺たちにキョトンとしていた。


「迷宮組合では有名ですよ? たった三名で50階層を突破した優秀な学生の迷宮探索者。しかしそのチームワークは最悪。その理由は『リーダーを巡る』だって」

「「「…………」」」


 まじか。

 迷宮組合で噂になるほどなのか。


 でも、たしかに毎回天頂の塔バベル中継装置サテライトシステムの目の前でスミレとサラは言い合いしてたっけ。


 ふと見ると。

 スミレとサラが、非常に気まずそうに目を見合わせている。

 一人アマリリスさんだけ、笑顔だ。 


「ふふふ、最悪のチームワークでも50階層の階層主を難なく倒す実力。迷宮組合としては是非、サポートさせていただきたいですから! というわけで、契約しておきましょう!」

 アマリリスさんは少々強引だ。


 さっきまで難色を示していたスミレとサラが静かになったのでチャンスと思ったのかもしれない。

 俺としては折角の縁なので、アマリリスさんに迷宮案内人をお願いしても良いと思っている。

 

 一個だけ、気になることを聞いてみた。

 

「どうしてお金が必要なんです?」

 無粋な質問だったかもしれないが、念のため聞いてみた。

 

 ちなみにうちの親父の言葉だが、「金の使い方を知れば、その人となりがわかる」んだそうだ。

 本当かはわからないが。


「……実は」

 ずっと笑顔だったアマリリスさんの表情が少し曇る。

 彼女は少し迷った末に、迷宮職員の帽子を取った。


 明るい茶色の髪の上に、ちょこんと可愛らしい『獣耳』が生えていた。


「わっ! 猫耳さんだ」

「違います! 虎耳です!」

 驚いた声をあげるスミレに、アマリリスさんが訂正する。


「あなた……獣人族だったのね」

「はい……。蒼海連邦に所属する小さな島の出身です。そこにたくさんの妹や弟がいて、長女の私は仕送りをしないといけないんです。ただ、獣人族の迷宮案内人と契約してくれるA級探索者は全然居なくて……」

「だからB級の俺たちに目をつけたってわけか」

「駄目……でしょうか?」

 上目遣いで見てくるアマリリスさん。


 南の大陸の国家全般に言えることだが、どこも人族中心の国家が多い。

 獣人族は、その種族別に習慣や宗教が異なり国としてまとまり辛いためだ。


 結果として、明確な差別はなくとも社会的な地位は人族が高い場合が多い。 

 迷宮都市ですら、その傾向はあるようだ。


「俺は気にしないけど」

「私もいいよー」

「そんなこと気にするわけないでしょう」

 幸いうちのパーティーにそれを問題視するやつは居ない。



 ――というわけで、アマリリスさんは無事に俺たち探索隊の専属の迷宮案内人となった。




 ◇



「ここが……12騎士の一人イゾルデ・トリスタン様の屋敷」

 俺とスミレとサラは、迷宮都市の一番街――通称『貴族街』へやってきていた。


 理由は、アマリリスさんから「イゾルデ様から都合の良い時に訪ねてくれ」と伝言を受けたからだ。

 忘れないうちに、済ませておくことにした。


 ちなみに、スミレとサラは無理に来る必要はなかったのだが、二人とも「「一緒に行く!」」と聞かなかった。


 門番に、名前を名乗って取り次いでもらう。

 約束アポはアマリリスさん経由で取り付けている。


 屋敷から執事が出てきて、応接室に通された。

 その後数分で、前回の鎧姿とは違うラフな格好のイゾルデさんが部屋に入ってきた。


「やぁ、まさかこんなに早く来てくれるとは思わなかったよ、ユージンくん。あと後ろの二人は初めましてだね。イゾルデ・リズモアだ。迷宮都市の守護者なんて呼ばれているが、今日は休日だから気にせず楽にしてくれていいよ」

「聖国カルディアより参りましたサラ・イグレシア・ローディスと申します。お会いできて光栄です」

 サラは迷わず跪き、スミレは少し迷った末に同じように跪こうとした。


「は、初めまして私は指扇……」

「おいおい、堅苦しいのは無しにしよう」

 イゾルデさんが、二人の後ろに一瞬で回り肩を掴んで立たせる。


 そのまま応接室のソファーに座らせた。

 俺は二人の隣に腰掛けた。


「お話があると伺いました」

 俺はイゾルデさんに尋ねた。


「あぁ、その通りだ。迷宮探索帰りで疲れているだろうから手短に。まずは50階層の突破おめでとう」

「ありがとうございます」

 迷宮職員のアマリリスさんはともかく、まさかイゾルデさんも知っていたとは。


「階層主との戦い方は、見ていて少し危なっかしくもあったが余裕もあった。何か奥の手を隠しているように感じたよ」

 鋭い。

 確かに50階層では、魔王の力は借りなかった。


「ま、それを聞くのは野暮だね。今日の話は別でね」

 ここでイゾルデさんが声のトーンを落とす。




「20階層に突如現れた神獣ケルベロス。その原因らしきものがわかった」


「「「!?」」」




 その言葉に俺とスミレは勿論、サラも表情を変える。

 最終迷宮ラストダンジョン天頂の塔において、階層主をどうやって倒すかは、探索者にとって永遠の課題だ。


 そして本来の階層主は探索者の強さに合わせて出現する。

 全能なる天界の神様が天頂の塔を、地上の民の試練として作ったからだ。


 が、先日の20階層での神獣の出現でルールが崩れた。

 現在の探索者たちは、新しい階層主の出現のたびに神獣が現れないことを祈っている。 


「一体、どうしてだったのですか?」

「その理由はまだ判明していない。わかったのは『誰が』やったのかだ」

 イゾルデさんは、ここで声を潜めた。


「……三人は蛇の教団、という集団を知っているかい?」

「はい、魔王を信仰しているという人たちですよね?」

 イゾルデさんの質問に、スミレが答えた

 勿論、俺とサラも知っている。

 この世界の常識だ。


「南の大陸においては、魔王である堕天の王エリーニュスが信仰されている。もっともどの国家でも魔王信仰は認めていないから、表立って蛇の教団に所属していることを明かす者はいない」

「そいつらが、神獣を呼び出した……?」

 俺の疑問にイゾルデさんが首を横に振った。


「いや、蛇の教団に属する探索者が100階層に挑んだ記録があった。しかし、連中は神獣とは戦わずに神獣を『空間転移テレポート』させたのだ。理由はわからないが」

「それって100階層を突破したことになるんですか?」

「じゃあ、意味ないですね」

「そうなんだ……、だから理由がわからない」

 イゾルデさんも不思議そうだった。


 100階層の神の試練を突破できる裏業なのかと思ったが、そうではないらしい。


「そいつらは今どこに?」

「指名手配中だ。が、連中は隠れるのがうまい。見つけるのには苦労するだろう」

「そう……ですか」

 あまり解決してはなかった。


「どうしてその話を俺たちに?」

「君たちは、遠からず100階層に挑戦するだろう」

 イゾルデさんが断言した。


 アマリリスさんといい、随分と買いかぶられている。

 その期待に沿えるようにしないと。


「気をつけてくれ。ご時勢柄、蛇の教団に対してこれまで以上に神経質になっているし、教団の連中も何をしでかすのかわからない。困ったことがあれば、いつでも相談して欲しい。議題があれば『円卓評議会ラウンドカウンシル』を開いてもいい」

「そ、そこまで……?」

 円卓評議会ラウンドカウンシルというのは、ユーサー王が議長を務める迷宮都市の最高会議である。

 勿論、参加どころか見たことすら無い。


(……やっぱりイゾルデさんは、この都市の中心人物の一人なんだな)

 しみじみと実感した。

 

 ちなみに、そのイゾルデさんの上席であるユーサー王(学園長)のほうが近しいのだが、あちらは気さく過ぎて偉い人であることを忘れてしまう。


 なんにせよ、蛇の教団の話はまだ公になっていない。

 蛇の教団は表向きどこにも居ないため、下手に公表して民が疑心暗鬼になることを懸念しているらしい。


 この話はこの場のこととして、とどめてほしいと言われた。

 俺たちは、勿論「はい」としか言えず、その場をあとにした。




 ◇



「どうしたの? ユージン。難しい顔して」

「いや、なんでもない。ちょっと考えごとをしてた」

 俺はイゾルデさんとの会話を思い出した。



 魔王を信仰している『蛇の教団』によって、神獣ケルベロスは20階層に出現した



 そして、神獣と戦うために俺は魔王エリーと契約した。



 これは偶然だろうか?



 俺の身体の上にまたがり、可愛らしい顔で見下ろしてくる魔王エリーの表情からは何も読み取れない。


 ゆっくりとエリーの顔が近づく。


 それを避けずにいると、唇を奪われた。


「駄目よ、一緒に居る時は私のこと考えてくれなきゃ♡」

魔王エリーのこと考えてたんだよなー)

 とは言えない。


 今は可愛らしいが、千年前は南の大陸のすべてを支配していた魔王だ。

 俺が聞いたところで、ボロを出すとは思えない。


 というわけで、寝起きの仕事はエリーの『お相手』。


 ちなみに、大地下牢を出たのは昼過ぎだった。




 ◇天頂の塔・1階層◇




(……身体だるい)


 今日もエリーは激しかったよ。

 

 待ち合わせ場所に早めにやってきた俺は、軽く身体を動かして準備運動をしていた。

 

 そして待ち合わせ時間ぴったりに、こちらに駆け寄ってくる二つの人影がある。


 スミレとサラだ。


(二人がもう少し仲良くしてくれたらなぁー)

 と思うが原因は俺のせいなので、なんとも言いづらい。


 しかし、51階層からは更に魔物の強さが跳ね上がる。

 より慎重に行こう、と誓った。


 二人の方に視線を向けると……。



「ユージンくん、おまたせー☆」

「ユージン! 遅くなってごめんなさい」


「スミレ、サラ。今日は………………………………え?」


 俺は二人の姿を見て、ぽかんと口を開いた。


「どうしたの? ユージンくん」

「ユージン、変な顔してるわよ」

 スミレとサラがキョトンとしている。


 いや、違うだろう。


 どう考えてもおかしい。


 あれほどいがみ合っていたスミレとサラが…………仲良く現れるなんて。


 一体、何があった?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る