32話 ユージンは、迷宮組合に呼ばれる


 ――迷宮ダンジョン組合ユニオン


 それは迷宮運営で成り立つ迷宮都市カラフにおける最大規模の組織である。


 迷宮都市の民は、何かしら迷宮組合とつながっている。

 なんせ迷宮都市で商売をするなら組合の許可が要るし、売上から税を徴収するのも組合だ。

 組合の長はユーサー王である。


 リュケオン魔法学園の校舎よりも巨大な、組合の建物の前にやってきた。

 ここはいつも探索者たちで溢れかえっている。



「よお! 生きてやがったか!」

「当たり前だ。次こそは階層主をぶちのめしてやるよ!」


「聞いたか! 市場に掘り出し物の伝説の魔法剣が出てるってよ」

「やめとけって。どうせ偽物だろ」


「おい! 俺の討伐した魔物素材の代金がこれっぽっちってのはどーいうことだ!?」

「申し訳ありませんが、鑑定の結果に間違いはありません」



 至る所から騒がしい会話が聞こえる。


 探索者たちの喧騒を横目に、俺は組合の受付までやってきた。

 数多くの受付嬢たちの窓口が並んでいる中で、隅の方の目立たない席の子に俺は話しかけた。


「あの、今いいでしょうか?」

「…………あら? ようこそ 迷宮ダンジョン組合ユニオン本部へ! 本日はどのような御用でしょうか?」

 退屈そうに髪をいじっていた受付嬢が、ぱっと笑顔に切り替わる。

 うーん、プロだ。


「ユージン・サンタフィールドと言います。迷宮職員に呼ばれ参上しました。こちらが探索者バッジです」

 俺はそう言ってC級探索者のバッジを渡した。

 迷宮組合では、バッジが身分証となる。


「確認いたします。ユージンさんは、最近C級探索者になられたのですね。本日の約束アポイントは……っ!!」

 ここで受付嬢の顔色が変わる。

 そして、目の前にぱっと『Closed』の札がかかった。

 あれ?


「ユージンさん! どうぞ、こちらへ! 案内いたします!」

 どうやら受付で済む用事ではなかったらしい。


 俺は組合の二階にある応接室へと案内された。

 ホコリ一つ無いソファーに腰かける。

 

「しばらくお待ち下さい!」

 そう言って受付嬢は、小走りで去っていった。

 俺はぽつんと取り残される。


 手持ち無沙汰になった俺は、応接室にかかった絵画を眺めた。

 そこには奇妙な武器を持った一人の探索者が、巨大な魔物と対峙している。



「最高記録保持者……クリスト」



 伝説の冒険者の絵画だった。 

 唯一の500階層到達者。

 俺とスミレの目標。


 もっとも、50階層にすら到達していない俺では、比較するのもおこがましい。

 しかも単独ソロだったというから、どうかしている。

 かなりの変わり者だったそうだ。


 一度、最終迷宮に入ったら、一ヶ月や二ヶ月は平気で探索し続けていたらしい。

 迷宮昇降機があるにもかかわらずだ。


(どんな人だったんだろう……)

 彼の記録はほとんど残っていないため、謎に包まれている。


 だが、迷宮都市の大図書館なら何か残っているかもしれない。

 今度、行ってみてもいいかな……、などと考えていると。

  


「やあ! 遅くなってすまない!」

 バン! と扉が開き背の高い女性が入ってきた。

 身を包む高貴な服装と腰にある豪奢な剣から、身分の高い女性だとわかる。

 

 というより、その顔には見覚えがあった。

 会話するのは初めてだが、ユーサー学園長の側に控えているのをよく目にする。


 ユーサー王直属の12騎士。

 そのうちの一人、『花の騎士イゾルデ・トリスタン』。


 迷宮都市においてユーサー王に次ぐ責任者の一人だ。

 まさかこんな大物が出てくるとは思わなかった。

 思わず立ち上がり挨拶をする。


「イゾルデ様。ユージン・サンタフィールドです」

「呼び立ててすまないね。楽にしてくれてよいよ、少年」

 そう言ってすっと、目の前のソファーに腰掛ける。


 一見、くつろいでいるように見えて隙がない。

 ……この人、相当のやり手だ。


 俺はしばらく、彼女が口を開くのを待った。

 が、俺を面白そうにニヤニヤと眺めてくる。


「……何でしょうか?」

「君が神獣ケルベロスを撃退したんだってね。どうだい、その魔法剣技を見せてくれないか? 組合の訓練場でこれから……」

「だ、駄目ですよ! イゾルデ様! 12騎士様が直接指導をして良いのはA級探索者以上と決まっています! 特別扱いはできません!」

 俺が返事をする前に、ここへ案内してくれた受付嬢が止めに入った。


「固いねー、君は。仕方ない本題を済ませよう」

 花の騎士イゾルデはそう言って、俺に一枚の紙を渡してきた。


 それは細かい文字が並ぶ、書類のようだった。

 下の方につらつらと数字が並んでいる。

 

 紙の上部には、王家の紋章の捺印がある。


「こちらは……?」

「君が撃退した神獣ケルベロスの首が売れたんだよ。そこから組合が手数料マージンを差し引いた金額も記載してある」

 その言葉に、俺は改めて書類を眺める。

 気になったのは、書類の下部にある大きな数字だ。



「………………2億G?」

「そこから20%を手数料として差し引いているから、君の取り分は1億6000万Gだな。さらに先日君が立て替えた秘薬『復活の雫』の代金も差し引くと1億ちょっと、というところだ。何か質問はあるかな?」

「…………」

 あまりの金額に空恐ろしくなった。

 

 魔王の世話や、スミレの保護者。

 それに最終迷宮の探索で手に入れた素材の取引などで、多少の貯蓄はあるが今回のは桁が違う。


「一体、誰がこんな馬鹿げた金額で買い取ったんです? 確かオークションに出したんですよね?」

 おそらくどこぞの大貴族か王族だろう、と思いつつ質問する。


 頭のおかしい金額からして、もしかすると隣の大陸の最大国家太陽の国ハイランドとやらの大貴族がやってきでもしたのだろうか?

 彼の国は相当な金持ちが多いはずだ。

 が、返ってきた答えは意外なものだった。


「グレンフレア帝国のだよ。帝国民の功績を、買い取らないわけにはいかないだろうってさ」

「え?」

 その言葉に驚く。

 皇帝陛下が……?


「おかしな話じゃないさ。神獣素材など数十年ぶりだ。それをもとに強力な魔法武器を作れば戦力の増強になるし、他国に渡すなどもっての外だ。そう思わないか?」

「それは……そうですね」

 帝国を離れて一年以上。


 リュケオン魔法学園に留学してから、まだ一度も帝国には戻っていない。

 だが、俺の手に入れた神獣の素材が帝国のために役立てられるらしい。

 なんとなく不思議な気分だった。


「さて、ユージンくん」

「は、はい!」

 12騎士イゾルデさんの口調が変わる。


「学生の身分で大金持ちになったわけだけど、感想はいかがかな?」 

「えっと、特に使い道は無いですが……」

 強いて言えば探索道具や、予備の剣の費用に充てられるが実際のところ金には困っていない。


「そうか。だが、周りの人間はそうは思わないだろうね」

「…………」

 その言葉に考え込む。

 俺が神獣ケルベロスを撃退したことは、天頂の塔の中継装置でバレている。

 そして、今回のオークションの件も詳しい者ならいずれ知ることになるだろう。


「というわけで君の資産……特に今回の神獣素材の入札金に関しては私が預かっておこうと思う。勿論、君が使いたいといえばいつでも声をかけてくれ。私が管理する理由は、君の資産目当ての詐欺師のような連中避けだと思ってくれればいい」

「それは……助かります」

 正直、一介の学生が余分な大金持っているとなると変な連中が集まってくることは間違いない。


 しかしその金を迷宮都市におけるユーサー王の側近、イゾルデさんが管理しているとなれば諦めてくれるだろう。


「しかし、なぜそこまでしてくれるのです?」

 俺と12騎士イゾルデの面識は無い。

 俺は帝国でそれなりの地位の親を持つとはいえ身分は平民だ。


『帝の剣』である親父自身は貴族の身分だが、それは世襲ではない一代限り。

 それは皇帝が代替わりすれば、『帝の剣』は再指名されるためだ。


「それは勿論少年が『帝の剣』の息子だから……と言いたいところだがね」

 ここでイゾルデさんがため息を吐いた。


「実はこれはユーサー王の言い出したことなんだよ。『神獣の入札金のせいでユージンの探索に差し支えたら可哀想だから、私が管理してやろう!』って言いだしてね」

「ゆ、ユーサー王自らがですか!?」

 受付嬢の女性が、素っ頓狂な声を上げる。


 いや、驚いたのは俺も同じだ。

 学園長、あんたは他にやることがいっぱいあるだろ。


「流石にそんなことを陛下にさせるわけにはいかん。というわけで、クジで負けた私の役目になったというわけだ。あっはっは!」

 豪快に笑う花の騎士イゾルデさん。

 くじ引きだったんだ……。


「ユージンさんはどうしてそれほどユーサー王に気に入られているんでしょう?」

 受付嬢の人が首をかしげる。


「そりゃ決まってる。大陸中に『500階層を目指して、ユーサー王を超える』と宣言したからだよ。陛下は挑戦する者が好きだからな」

「無謀な挑戦だとは自覚してますよ」

 なんせ俺の今の記録は、45階層。

 ユーサー王の記録は、451階。

 10倍以上の差だ。


「ふふ……、本当にそう思っているのかな? まぁ、私も期待して見ているよ。何か相談があればいつでも訪ねてくれていい。私の家の場所はわかるかな?」

「はい……、イゾルデ様の家は、貴族街にある赤い城ですよね?」

「貴族街という呼び名は好きではないが……、ああ。その通りだ。門番には君のことを伝えておく。友達と一緒でも構わないよ。私も異世界人と話してみたい。陛下がいつも自慢してくるからね」

 そう言ってイゾルデさんは去っていった。

 パタン、とドアが閉まる。


 ふっ、と緊張感が解ける。


 流石はユーサー王直属の騎士の貫禄だった。

 そして彼女自身も、200階層を突破しているS級探索者だったはずだ。

 

 そこにいるだけで威圧感プレッシャーがあった。


「はー、緊張しましたねー」

「ですね。びっくりしました」

 俺と同じだったのか受付嬢の女の子が、俺に話しかけてくる。

 

 別にその場所でも声は届くはずだが、俺の方に近づいてくる。

 ……というか、近すぎない?

 なんでソファーの真隣に座るの?


「ねぇ、ユージンさんって迷宮案内人ダンジョンガイドって決まってます?」

 顔を覗き込まれて聞かれる。


 迷宮案内人ダンジョンガイドというのは、上位の探索者をサポートする迷宮職員のことだ。

 俺のような、ついこの間までD級だった探索者に担当の迷宮案内人がついているわけがない。


「別にいませんけど」

「ホントですか!? じゃあ、私が担当になりますよ☆ はい、これどーぞ」

 と一枚のカードを渡された。

 そこには。


 ----------------

 迷宮組合

 受付係/迷宮案内人

 アマリリス・フィオーレ

 XXX-XXXX-XXXX

----------------


 役職と名前。

 そして、直通の通信魔法IDが記載されてあった。


「アマリリスさん?」

「はい! ユージンさんがよければこのあと手続きを……」

「あ、いえ。俺はまだC級探索者ですから、迷宮案内人ダンジョンガイドをつけてもらうような立場じゃ……」

「なーに、言ってるんですかー! ユージンさんは500階層を目指しているんだからすぐに必要になりますよ!」

「そうは言いましても……」

「まぁまぁ、遠慮せずに☆」

「遠慮とかじゃなくて」

 その後もしばらく押し問答が続いたが、仲間に相談するということでその日は回答を保留した。


 今度、スミレとサラに相談してみるか……。




 ◇数日後◇




 俺はスミレとサラとの約束の時間のに、集合場所へやってきていた。


 特に意味は無い。

 ただ、つい張り切って寮を出て早く着きすぎたことに気づいたのは到着後だった。



(……スミレとサラが来るまでどうするかな)



 天頂の塔の1階層に魔物は出ない。

 入り口付近には、探索者を狙った露店が数多く立ち並んでいる。

 買い物する探索者たちも多い。

 

 あとは迷宮昇降機付近も人が大勢いるが、それ以外の場所は空いている。

 だだっ広い草原だ。

 

 待ち合わせをしている探索者。

 荷物を広げて、忘れ物が無いかチェックしている探索者。

 ごろんと寝転がって昼寝をしている探索者。

 さまざまだ。

 


(……素振りでもするか)



 俺は周りに人が居ないことを確認して、無心で剣を振った。

 今日は気持ちが高ぶっている。

 なぜなら……



「おーい! ユージンくん、待った?」

「ユージン! 待たせてごめんなさい!」

 スミレとサラがやってきた。


 二人仲良く……ではなく、少し距離がある。


「待ってないよ。というか、待ち合わせ時刻までまだ余裕あるだろ?」

「ごめんねー、サラさんが変なこと言ってきてさー。余計な時間かかっちゃった」

「スミレさん、嘘を言わないでもらえるかしら。私は貴女に探索者の心得を教えてあげてたの」

「ユージンくんに必要以上にくっつくなっていうのが?」

「そうよ! はしたない!」

「毎回ユージンくんに抱きつく人が言ってもなー」

「……最近は控えているでしょ」

「……いやー、そんなことないね」

 いつも通りギスギスだった。


 だけど、本番の探索になると三人での連携もうまく取れてきている。

 だからこその今日だ。


「スミレ、サラ。今日はよろしく頼む」

「……うん! ユージンくん」

「……任せて、ユージン」

 二人は言い合いを止めて、ぱっとこちらへ返事をする。


「じゃあ、行こう。50の階層主へ挑戦しに」

 俺は二人へ告げた。

 スミレとサラが、こくりと頷く。




 ――天頂の塔バベル・50階層。

 



 それを突破した者が『B級』探索者と呼ばれる。

 

 現在の俺はC級。


 ここを超えれば、一つ繰り上がる。


 つまり50階層は『試練』の階層。


(やっとここまで来れた……)


 剣の柄を握る力が強まる。


 そして、俺とスミレとサラは、迷宮ダンジョン昇降機エレベーターへ乗り込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る