20話 ユージンは、覚悟を決める

「………………え?」


 最初に声を上げたのは、スミレだった。



 ――挑戦者はした。



 最終迷宮ラストダンジョンの『管理者てんしの声』はそう告げた。


 だが、間違っている。

 俺とスミレはここに居る。


 だが、今回の俺たちと体術部は、正式な合同パーティーではない。

 二つのパーティーが同行していただけだ。


 だから……『挑戦者』というのが、『体術部』のみを指すのだとしたら?


「ぜ、全滅……? れ、レオナさんは……? そ、そんな……」

 スミレがガタガタと震えている。

 俺は何も言わず、スミレを抱きしめた。

 

(……どうする? いや、考えるまでもない。このまま『身隠し』で隠れ続けるしかない)

 俺がそう決意した時、再び無情な声が響いた。




 ――縄張りテリトリー内にいる挑戦者に告げます


 


「「!?」」

 俺とスミレがびくりと震えた。


 新たな挑戦者……?


 おそらく現在の20階層にいるのは俺たちだけだ。

 迷宮管理者には、俺とスミレがいることがバレている。



 ――挑戦を取りやめる場合は、すみやかに縄張りテリトリー外へ退避しなさい。縄張りの外に出ない場合は、自動的に『神の試練』が開始されます



(……おいおい、ふざけるなよ)


 ここは20階層だぞ、『迷宮の管理者』!

 なにを普通に『神の試練』をやってるんだ!?


 しかし、それを大声で訴えるわけにもいかない。

 外には神獣ケルベロスが居座っているのだ。


 もともと100階層にしか『試練の獣ディシプリンビースト』が出現しないというのも、過去の実績のみだ。

 そういった約束事が交わされているわけでは無い。


 そして、このままここに留まっても事態は好転しない。

 スミレは真っ青な顔で震えている。


 俺が守らないと。

 彼女の保護者は俺なのだから。


 ……覚悟を決めろ、ユージン・サンタフィールド。


「ゆ、ユージンくん……」

「スミレ、俺を信じてここに居てくれ」

「ユージンくんは、どうするの!?」

「囮になる」


「む、無理だよっ! たくさんいた体術部の人たちが全滅したのに!」

「大丈夫、俺に考えがあるから」

「で、でも……」

「今は時間が無い。スミレは絶対にここから動かないでくれ」

 俺は念押しして、空洞の外へ向かった。 


『神の試練』のに『時間切れ』がある。

 時間切れになれば、『神の獣』は召喚元に帰る……と聞いたことがある。


 殺すことができない『神の獣』相手にひたすら時間稼ぎをされないように。

 次の挑戦者に機会を与えるため、らしい。


 時間切れで敗北しても、命を取られるわけではない。

 もっとも冥府の番犬ケルベロス相手に時間を稼ぐことができるかどうか……。


 嘆いても仕方がない。

 兎に角、時間を稼ぎ『迷宮職員の救助』もしくは『神の試練の時間切れ』を狙う。

 他に方法は無い。


 ずっとここに隠れているという手もあるが……。

 少なくとも最終迷宮ラストダンジョンの管理者は、俺とスミレの存在に気づいている。


 俺たちが今居る場所は、神獣の縄張りテリトリー内。

 この空洞に隠れているだけではいずれ見つかる。


 そうすればスミレを守りながらでは、戦うことすらできない。

 二人とも殺される。


「スミレ、行ってくるよ」

「ユージンくん……」

「スミレの魔力マナを貰ってもいいか?」

「うん……」

 俺は小さく震えているスミレの手を握った。




 ――魔力連結マナリンク




 俺はスミレから赤魔力マナを分けてもらう。

 熱い大量の魔力マナが、流れ込んでくる。


「んっ……」

 スミレが小さく喘ぐ。


 一気に魔力マナを貰い過ぎたかもしれない。


「大丈夫か?」

「うん……レオナさんの仇を……ううん、ユージンくんは絶対に生き延びて」

「わかった」

 目に涙を浮かべ俺を見上げるスミレに俺は無理やり笑顔を作り、空洞の外へ向かった。


 外へ出て、洞穴の入り口に結界魔法を重ねがけする。

 スミレが、冥府の番犬ケルベロスに見つかってしまうことだけは避けないと。


 改めて、20階層を見回す。


(……静かだ)


 獣の鳴き声。

 鳥のさえずりひとつしない。


 今の20階層は、『神の獣』の御前。

 全ての生き物がひれ伏している。



「ユージン・サンタフィールドは『神の試練』に挑戦する」

 俺はDランクの『探索者バッジ』へ話かける。


 無機質な天使の声アナウンスが、階層内に響いた。




 ――挑戦者ユージン・サンタフィールドの『神の試練』への申請を受理しました。健闘を祈ります





(受理……されたか)

 もう後には引けない。



 俺を中心に、白い白線が輝き広がる。

 挑戦者の領域だ。


 そして、神獣にとっての獲物の目印になる。



 ……ズシン……ズシン



 と冥府の番犬ケルベロスの足音が近づいてくる。


 三つの頭から、低い唸り声をあげ伝説の神獣がこちらを見下ろしている。


 胸の鼓動がうるさい。

 身体の震えは、恐怖からなのか武者震いなのかわからなかった。


(親父……、こんな時はどうすればいい?)

 剣の師であり、目標でもある親父に心の中で問うた。




 ーー笑え。とりあえず困難ピンチになったら笑っとけ、ユージン。そうすりゃ、きっとなんとかなる。




 記憶の中の親父は、相変わらずいい加減だった。

 だけど、いつも間違ってはいなかった。


「ふぅ……」


 俺は小さく息を吐く。


「じゃあ、やるか!」

 俺はニヤリと不敵に笑うと、弐天円鳴流の構えをとった。

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