18話 ユージンは、20階層を目指す


 ――20階層の階層主ボスを倒す。


 レオナは、そう言った。

 その答えに驚きはない。

 むしろ……。


「このメンバーなら余裕じゃないのか?」

 俺は正直な感想を伝えた。


 体術部のメンバーと組手をして、気づいたこと。

 彼らの練度は高い。

 言っては悪いが、10階層で出会った蒼海連邦の探索者たちとは比べ物にならない。


「ま、私も問題ないと思うんだけどねー」

 レオナも正直に認める。


 しかも、聞いた所。

 レオナたち『体術部・三軍』は、19階層まで既に何度も到達しているらしい。


 道理でサクサク進むはずだ。 

 今回の探索は、修行のための再探索だったのだ。


「そう……なんだけど。ちょっと心配なことが……」

「……? 何が心配なんだ?」

 俺はレオナに尋ねた。


「ユージンさんって知ってる? 最近の階層主ボスって、だって噂があるの」

「…………いや」

 知らない。


 正直、スミレと出会うまでは階層主ボスと戦うつもりなどなかった。

 迷宮探索も進める予定はなかったから、情報収集はしてこなかった。


「最近の『天頂の塔バベル』ってね、難易度の調整が狂ってるって噂なの。ユージンさんが倒した『人食い巨鬼トロール』だってそう。10階層で、『大型の黒』なんて、前まではなかった。正直、あの強さなら20か30階層でもおかしくないって言われてたもの」


「……そうだったのか」

 俺は階層主と戦うのが初めてだったから気づかなかった。

 中継装置を通して、探索者たちが階層主と戦う様子を見たことは多くある。


 実際に戦ってみて「なるほど、階層主とはこれくらいの強さなんだな」と思っただけだった。

 そして、レオナの懸念についても察しがついた。 


「だから、回復道具だけだと不安だから回復士である俺が助っ人にってわけだな」

「そうなの! それに……いざとなったら、ユージンさんが倒しちゃってもいいわよ?」

 レオナがぱちんとウインクする。


「体術部の獲物を奪ったりしないよ。ところで20階層の階層主ボスって確か……」

「ゴブリンキングね」

 レオナの言葉に、俺は小さくうなずく。


 中継装置サテライトシステムの映像を記録魔法で見ていた。


 数日前の探索者が挑戦して、失敗していたのを覚えている。


 誰かが倒していなければ、階層主ボスはそのままだ。




 ――『ゴブリンキング』。




 10階層の人喰い巨鬼トロールと異なり、群れを率いるタイプの階層主ボス


 ゴブリン単体の力は強くない。

 階層主ボス自身も、10階層の階層主と同等か、少し劣るくらいだ。

 やっかいなのは数が多いことだろうか。


 それでも『体術部』のメンバーが万全で挑めば、楽勝ではないにせよ、危険な敵ではないだろう。

 スミレにとってもいい経験になるかもしれない。



「事情はわかったよ。サポートは任せてくれ」

「ありがとう、ユージンさん! 助かるわ!」

 レオナに手をぎゅっと握られる。 

 体術部の人たちは、スキンシップが多い。


 一緒に水浴びに行った男子生徒たちも、

「ユージンくん、筋肉すげーな」

「なぁ、どんな訓練してるんだ?」

 と言いつつ、俺の身体を触ってくる。


 やっぱり体術部だから、体造りにはこだわりがあるんだろうか? 


 これで要件は済んだかと思ったが、俺の手を離し少し視線を泳がせてレオナが口を開いた。


「ところで……、ユージンさんって『英雄科』のクロードと仲が良いって噂、本当?」

「クロード? ああ、あいつの乗ってる飛竜は生物部で世話しているのと、以前に何度か仮パーティーで参加したことがあるよ」

 急に話題が変わった。


「へぇ~、そーなんだー」

「あいつがどうかした?」

「んー……、ううん! なんでも無い!」

「……? そうか?」

 何が聞きたいのか、よくわからなかった。 


「じゃあねー、おやすみ。明日もよろしくね☆」

 そう言ってレオナは去っていった。


 入れ替わりでスミレが帰ってきた。


 お風呂に入ってきたようで、身体から湯気を立てている。


「さっきレオナさんとすれ違った時に聞いたんだけど、明日もよろしくって言われたよ」

「ああ、レオナたち体術部は20階層の突破を目指してるらしい。それを手伝ってほしいってさ」

「ふぅん? ユージンくんはOKしたの?」

「スミレがいいならな」

「私はいいよ! 友達もいっぱいできたし」

 その言葉に、つい笑みがこぼれる。


 スミレは明るいし、いい子だ。

 こっちの世界に来た当初は、戸惑いと不安な表情をずっと浮かべていた。

 

 けど、最近は楽しそうだ。

 体術部の探索に誘ってもらえて良かったと思う。


「じゃあ、明日の探索に備えなきゃね!」

「ああ、早く寝ておけよ」

「ユージンくんは、まだ寝ないの?」

「俺は少し剣の修行をしておくよ」

 そう言って蒼海連邦の探索者からもらった剣を腰から引き抜いた。


(……今日は出番がなかったな)


 なら、その分修行でもしよう。


 ゆったりと弐天円鳴流の構えをとる。 

 いつもは木の棒を使って素振りをしていたけど、やっぱり剣のほうが落ち着く。


(ん?)

 視線を感じた。


 スミレが頬杖をついて、俺のほうを眺めている。


「どうかした?」

「見ててもいい?」

「お好きに」

 苦笑する。


 さて、観客付きか……。

 ただの素振りも味気ない。


 周りを見回すと、15階層は密林領域のため木々に囲まれている。


 その中で、一本枯れかけている木を見つけた。

 おそらく何かに齧られたのか、根の部分が抉られている。

 枝には枯れ葉が、かろうじてくっついている。


(こいつがいいな……)


 俺はその木に近づき、「ドン!」と掌底を打った。

 枯れ木が大きく揺れ、枝についていた木の葉がぱらぱらと落ちてくる。

 

(ざっと20枚ってところか)

 

 さっと目視し、剣を構える。

 ここで使うべきは……



 ――弐天円鳴流『風の型』鎌鼬



 多数の敵に囲まれた時に用いる、剣舞のような型。

 360度、全てのものを斬りつける剣技だ。



 シャッ!っと木の葉を切り終え、「どう?」とスミレに目配せする。


 てっきり感心してくれるかと思ったが、スミレは目を大きく見開きぽかんと大口を開けていた。


「スミレ?」

「ゆ、ユージンくん…………」

「どうだった?」


「い、いまのって……、落ちてくる木の葉が全部斬っちゃったの!?」

「ああ、でも腕が鈍ってるな。数枚は斬りそこねた。親父に見られたら、説教だな」


「す、すごーい! 凄すぎてよくわからないけど、ユージンくん、凄い! ねね! 他には他には!?」

「んー、じゃあ。次はこれかな」

 気分をよくした俺は、久しぶりに円鳴流のいろいろな技を披露した。


 わーわー、騒いでいると体術部のメンバーたちも「何だ何だ?」と集まってきて、彼らにも見せるはめになった。


 結局、寝るのはかなり遅くなってしまった。

 

 まぁ、こんな日もあるだろう。




 ◇翌朝◇



 俺たちは、15階層から出発した。


 ちなみに、上階への階段は『天頂の塔バベル』の魔法により、毎日場所が変わる。


 そのため、前日に見つけておいてもあまり意味はない。


 もっとも体術部は、すでに一度19階層まで到達している経験者。

 すぐに16階層への階段を発見した。


 16階層では、いくつかのゴブリンの集団に襲われた。

 集団のリーダーは、上位種のホブゴブリン。


 俺は炎の神人族の魔力を借りた魔法剣で参戦しようと思ったが、あっという間に体術部の面々が討伐してしまった。


「あーあ、残念だったね。ユージンくん」

「ま、しょーがないよ」

 スミレの言葉に、肩をすくめる。


 17階層では、オークの集団と遭遇。

 これを難なく撃破。


 ここで一度、迷宮昇降機の近くで休憩をとった。 

 別の部員が、食料を持って合流。

 俺とスミレはそれを分けてもらった。

 パンに焼いた肉や野菜、油で揚げた魚などを挟んでソースで味付けしたものだった。


「わーい、サンドイッチだ!」

 スミレが喜んでいる。

 知ってる料理だったらしい。


 ……俺も結構好きかもしれない。

 今度、自作してみようと思った。


 食事を終えて、俺たちは探索を再開。



 18階層では、コボルト部隊が襲ってきた。

 コボルト部隊は、槍や弓を使う事が多くリーチが短い体術部は少し苦戦する場面があった。


 と言っても、重症を負うものはいない。

 俺は基本的に、回復係だ。


 一時間ほどの探索ののち、俺たちは19階層へと到達した。


 俺は回復士のためスミレと一緒に体術部のメンバーの後方に控えていたのだが……正直、暇だった。


「出番は無さそうだな」

「まぁまぁ、ユージンさん。安全が一番だからさ。ユージンさんが一緒だからみんな安心して探索できるもの」

 今度はレオナに詫びられた。

 同行をお願いした手前だろう。


「うーん、でも本当に順調だねー」

 スミレが気の抜けた顔をしている。

 これは、一度言っておくか。


「スミレ、言っておくが甘いことを言えるのは低階層までだぞ。天頂の塔が人類未到達の『最終迷宮』と呼ばれているのは伊達じゃないからな。この前100階層のことは言ったけど、50階層でも難易度が急激にあがる。俺たちは10階層をクリアしたから、現在C級探索者で50階層を突破すればB級。ここの壁は高い」

「と言っても、私たちはまだ19階層だけどね」

「まぁな」

 レオナの言う通りだった。

 結局、まだまだ低層階。


 安全マージンをしっかり取れば、そこまで探索は危険ではない。


 こうして、俺たちは大きなトラブルなく20階層へ続く階段を発見した。




 ◇




 20階層についた瞬間、俺が感じたのは違和感だった。



(…………静かだ)



 階層主ボスの階層は、階層主以外に強い魔物は居ないので不思議ではない。


 しかし……何かが変だ。

 具体的にはわからない。


 ただの『勘』だった。

 とにかくがする。




 ――ユージン、剣士の勘は信用しろ




 親父の言葉を思い出した。


「レオナ」

 撤退しないか? と俺は言おうとして思いとどまった。


『体術部・三軍』の部隊長であるレオナの表情が、真剣なものに変わっていた。

 彼女も何かしらの異変を感じ取っている。


「ユージンさん、20階層ここをどう思う?」

 レオナに質問された。


「わからない。でも嫌な感じだ」

 俺は正直に答えた。

 

「レオナさん、ユージンくん行かないの?」

「隊長、どうしました?」

 スミレと体術部の面々が、レオナの号令を待っている。


 ここまでの探索は順調だった。


 普段の俺は単独ソロだから、ちょっとでも気が乗らなければすぐに探索を止める。


 しかし、今は部隊チームだ。

 彼らの士気は高く、中断するには理由がいる。

 隊長レオナは迷っている様子だった。


 彼女は、小さく深呼吸した。

 

「……みんな気を付けて、慎重に進みましょう」

「「「はい!」」」

 レオナは探索を続けることを選択した。


 俺も、それを止めることはしなかった。

 俺は部外者だ。


 あくまでこの部隊チームの決定権は、体術部が持っている。

 俺たちはゆっくりと20階層を奥へと進んだ。


「「「「……」」」」

 19階層までと異なり、皆が寡黙になる。

 隊長であるレオナの緊張感が伝わったのかもしれない。


 20階層は、密林の領域エリア

 背の高い雑草も多く視界は良くない。 


 ――ザザ


 草を踏む音が聞こえ、そちらに目を向けると、鹿がこちらを見ていた。

 その他にも草食の動物――無害な獣の姿がちらほら見える。

 魔物はいない。

 

「いませんね……ゴブリン」

 体術部員の一人がぽつりと言った。


 階層主ボスの領域には、階層主以外の魔物は居ない。

 現在の20階層には、ゴブリンキングが率いるゴブリンの群れが居るはずだ。

 が、魔物の影は見当たらない。


 さらにしばらく探索を続けた所、奇妙なものを見つけた。


 それは、血だまりの中に倒れる小さな人型の生物。




 ――ゴブリンの死体だった




「レオナ、撤退しよう。今の20階層は様子がおかしい」

「そうね、戻りましょう」

 俺は迷わず進言し、レオナも同意した。


「え? レオナ隊長、撤退ですか!?」

「ユージンくん、どうして?」

「現在の20階層はゴブリンキングの縄張りだ。ゴブリン以外の魔物は居ないはずだ」

「だけど、ゴブリンが死んでいた。異常なことが起きてるわ」

 可能性として考えられるのは階層主ボスの交代。


 稀に、二種類の階層主ボスが同じ階層に発生してしまい階層主ボス同士が争う場合がある。  

 その時に出くわすと、二体の階層主ボスを相手にすることになり、絶対に避けるべき事態としてリュケイオン魔法学園では教わっている。


「ユージンさん、何が起きていると思う?」

 レオナと俺はしんがりを務め、足早に歩きつつ会話した。


階層主ボスの交代だと思う」

「私もそう思う。二十階層の階層主ボスとよく発生するのは、ゴブリンキング以外では、コボルトキング、オークキングあたりね」

 ゴブリンキングの群れと、他の魔物の群れが縄張りテリトリーを巡って争っている。


 それなら、先ほどのゴブリンの死体は説明がつく。

 が、俺にはまだ納得いかない点があった。


「そうね。私も気になってるわ」

 俺の言葉に、レオナが頷いた。


 ゴブリン、コボルト、オーク、はいずれも大人しい種族ではない。

 戦いの際には、敵を威嚇し、大きな声を上げる。


 二種族の魔物の群れの争いであれば、相当騒がしいはずだ。

 しかし、今この林の領域は静かだ。




 ――まるで全ての生き物がかのように。




 俺たちは静かに、素早く迷宮ダンジョン昇降機エレベーターを目指した。


「レオナ隊長、本当に戻るんですか? 折角ここまで来ましたが……」

 体術部の一人がやや不満そうに告げた。


「ええ、慎重過ぎるかもしれないけど……」

 密林の奥。

 遠くに細長い塔のような、迷宮昇降機が見えてきた。


 ほっと、息をつく。

 その時だった。



 ――ずしん、という音と共に地面が揺れた。



 巨大な影が、俺たちの前に現れる。


 それは四足で地面に立ち、外見だけなら黒い大狼のように見えた。

 だが、違う。


 木々の天辺をも超えるほどの巨体。

 10階層の階層主ボストロールよりもでかい。




 それを目にした時、――ゾワリ、と全身の肌が粟立った。




 本能が悟った。

 こいつはヤバいっ……!


「ご、ゴブリンキングが!」

 誰かの悲鳴が上がる


 俺たちが倒そうとしていた階層主ボス



 ゴブリンキングの死体を、三つの頭を持つ巨大な四足の怪物が悠然とこちらを見下ろしていた。


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