17話 ユージンは、スミレと語る

◇ユージンの視点◇


(……落ち着かない)


 手を伸ばせば届くような距離。


 スミレが薄い毛布を身体にかけて、横になっている。


 見た目だけなら、どこかの国のお姫様と言われても通じそうな美少女。


 風呂上がりのスミレはいつもより色っぽく見えた。


 寝巻きは持ってきていなかったようで、体術部の女の子から借りたらしい。


 薄手のシャツは、彼女の身体のラインを強調している。

 


(あらあら、手ぇ出しちゃうの? 私が居るのに~!!)



 何故か魔王エリーの声が頭の中に響いた。


 くそ、あの堕天使!


 人の邪念に出てきやがって。


 俺は邪な考えを払うように、頭を振った。

  

「……ユージンくん」

 その時、スミレに話しかけられた。 


「な、なに……?」

 声が上ずる。

 動機が早まるのを抑えながら、スミレの言葉を待った。 


「ユージンくんって兄弟っている?」

 俺の家族についての質問だった。


「いないかな、一人っ子だよ」

「へぇ~、私は妹がいたんだ。前世の話だけど」

「そうか……」

「だけど、あんまり覚えてないんだけどねー……。友達の顔となるとさっぱり」

 今のスミレには家族が居ない。

 友人もほとんどいない。

 

 さっきまで、体術部の女の子たちとしゃべっていて、一人になったら寂しさがやってきたのだろうか。


「ユージンくんの子供の頃の話を聞かせて欲しいな」

「俺の? 聞きたいなら話すけど……」

 スミレは自分に記憶が無いから、人の話を聞きたいのだと言った。


 そういうことならと、俺は自分の身の上話を語った。



「俺の生まれは東の大陸でさ」

「えっ! そうなんだ。こっちの大陸じゃないんだね」

「けど、物心つく前にこっちにやってきたから東の大陸のことは覚えてないんだ」

「どういうこと?」

「長い話になるんだけど……」

 俺は、スミレに語った。



 俺の祖父や親父は、東の大陸のとある小国で代々仕えていた剣士だった。

 親父が18の時に母と結婚。

 でも母は俺を産んですぐに死んでしまった。


 東の大陸は、多くの国がずっと戦争を続けている。

 ある時、仕えていた国が大きな戦争で滅んでしまった。

 祖父を含め、ほとんどの家族は散り散りになってしまったそうだ。


 親父と俺は南の大陸へ亡命した。

 俺が覚えているのは、南の大陸に来てからのものだ。


 親父は俺を育てるために、仕事を探して南の大陸の各地を転々としていた。


 ある時、狩猟に来ていた当時の皇太子殿下=現皇帝陛下が、ドラゴンに襲われている所を親父が刀一本で救い出した。


 親父の剣の腕に惚れ込んだ皇太子殿下は、自分の護衛に親父をその場で雇い入れた。

 具体的な金額は知らないが、当時の親父がやっていた傭兵稼業の100倍くらいの金額を提示されたらしい。


 というわけで、晴れて宮仕えになった親父は帝国に居を構えることになった。

 そして今は、皇帝陛下の片腕『帝の剣インペリアルソード』である。 


 ちなみに、親父は今でも独身だ。

 再婚はしていない。


 縁談は、数百件あったそうだが全て断ったらしい。

 皇帝陛下からの紹介すら、だ。  


「親父は何で再婚しないんだ?」と俺が聞くと

「お前の母さんがいるからな」とだけ答えてくれた。

 

 それ以来その話はしないようにしている。



 親父が皇帝陛下に仕えるようになってからは、俺は寮付きの帝国軍士官学校に通うことになった。


 そこで出会ったのが、幼馴染のアイリだ。



 ――帝国第七皇女アイリ・アレウス・グレンフレア。



 初めて会った時は、随分と生意気な女の子だった。


「ねぇ! あなた剣が得意なんですってね! 私と勝負しなさいよ!」 

 当時の学年一位の剣の成績だったアイリから勝負を挑まれた。


「別にいいけど」

 親父に四歳の頃から剣術指南を受けていた俺は、同世代との試合は初めてだった。



 そこで、アイリをしてしまった。



「な、なんで……? い、一本も……かすりもしないなんて……」

 涙ぐむ皇女殿下を見て、何だかすごく悪いことをしてる気がしたのをよく覚えている。


「アイリ殿下。もう20本目だから、そろそろ終わりにしない?」

「もう一回! 最後よこれで!」

 結局、その日はアイリが動けなくなるまで模擬試合を続けされられた。



 ――翌日から毎日。



「ユウ! 勝負よ! 今日こそは私が勝つわ!」

「また……? 今日は戦術試験の勉強をしたいんだけど……」

「それは私が教えてあげるわ! とにかく勝負しなさい!」

「はいはい」

 毎日のようにアイリから挑まれる日々。


 俺が円鳴流の剣技を教えると、素直なアイリはぐんぐん腕を上げていった。


 その代わり幼い頃から高い教育を叩き込まれているアイリから座学を教えてもらった。

 当時は、読み書きくらいしかできなかった俺が、帝国士官学校の高度な授業についていけたのはアイリのおかげだった。

 

 俺とアイリは、常に学年の一位と二位を争うライバルだった。

 


(……あの頃は楽しかったな) 



 つい感傷的になる。


 アイリの話になると、どうしても胸がざわつく。


 しかし、こうしてスミレに思い出話をするくらいには乗り越えれたらしい。



 そして、ついに訪れた帝国士官学校の『選別試験』。


 俺は親父と同じような魔法剣士にはなれなかった。


 その後、リュケイオン魔法学園に留学してきたことを語った。



「……で、わけだよ。リュケイオン魔法学園を卒業すれば、帝国に帰っても職には困らないし、気に入ったならずっと迷宮都市ここに居てもいいぞ、って親父には言われてる」

 長話になってしまった。


 うまく話せただろうか?


 俺はスミレのほうを見た。

 

「…………」

 スミレが俺をじっと見ていた。


「どうかした?」

「許せないね! そのアイリって子! ユージンくんが苦しんでる時にそんなこと言うなんて!」

 どうやらアイリのことに憤慨しているようだ。


「仕方ないよ、アイリは皇女だ。俺みたいな『才なし』と一緒には居られない立場だから」

「でも! 納得いかないよ!」

 スミレはいい子だ。


 真っすぐ感情を表に出す。


 常に『感情を抑えて』いる俺とは違う。


 俺がそれを微笑ましくみていると、スミレが何か言いたげな目でじっとみつめてきた。


「スミレ?」  

「ねぇ、ユージンくん。最終迷宮ラストダンジョンの到達階層記録を樹立したら、凄い名誉だって言ったよね?」

「ああ、南の大陸の全探索者の目標だよ」


「ユージンくんならきっと凄い記録が立てられるんじゃない? 今日は10階層の階層主ボスを一人で倒しちゃったし」

「うーん、一人って言うか……スミレの魔力マナを借りた結果だからなぁ」

 決して俺一人の力ではない。


「でも、私の保護者がユージンくんだし。一緒に探索者をすれば、50階層も100階層も夢じゃないよね!?」

「50階層くらいは目指してもいいかもな。でも100階層は無理だよ」

「どうして?」


「100階層の階層主は特別なんだ。99階層までの魔物とは生物としての格が違う」

「ふうん? ……そうなんだ」

 俺の説明にスミレが、難しい顔をしている。


 その辺も、そのうち説明していこう。


 確かに、俺は10階層を突破した。


 今までの俺はずっとDランク探索者だった。

 階層主に挑戦したことがなかったから。


 しかし、階層主を倒した探索者はCランクへと階級がアップする。

 更に上を目指すのはありかもしれない。


 ま、100階層なんてのはずっと先の話になるだろうけど。


「思ったより長話になったな。スミレ、そろそろ寝よう」

「……うん」

 スミレが静かになった。


 俺は目を閉じる。

 静寂が、テント内を支配した。

 が、再びスミレが話しかけてきた。


「ねぇ、ユージンくん」

「なに?」


「私、ユージンくんと同じ部活に入ろうかな」

「生物部に?」


「うん」

「……」


「反対?」

「そんなことないよ」


 異世界転生者のスミレにはもっと相応しい所がある気がする。

 しかし、本人が入りたいというなら反対する理由は無い。


 ただ、一点気にかかるのは。


をスミレに紹介するのか……)


 生物部は、俺を含めて合計五人だけの小規模な部活だ。


 が、メンバーが例外なく『癖が強い』。

 

 ……スミレが驚かないといいけど。

 


「じゃあ、決まりね! オヤスミ!」

 そう言ってスミレはあっちを向いて寝息を立て始めた。


 俺も目を閉じて、睡眠のために意識を落とした。


 思っていたよりも疲れていたんだろう。


 すぐに眠りにつくことができた。




 ◇


 


「おっはようー! 起きてー!!」

 俺が朝起きて荷物の整理をしていると「カンカンカン!」と金属が叩かれる音がした。


 見るとレオナが、お玉で鍋を叩いている。


「おーい、スミレ。起きろー」

「んー……、あとちょっと……」

 スミレが寝ぼけている。

 どうやら朝は弱いらしい。


 何度か声をかけ、起きてもらった。

 女性の寝顔を見るというのは、少し気恥ずかしい


 その後、テントで携帯食料の朝食をとっていると、レオナがやってきた。


「ねぇ、ユージンくんは今日は帰っちゃうの?」

 レオナに聞かれ、俺はスミレと顔を見合わせた。


「俺はどっちでもいいけど」

「私はもっとレオナさんたちと、お話したいかなー」

「私も! じゃあ、一緒に探索に行こうよ!」

 スミレの言葉で、体術部との合同探索することになった。


 本当にフレンドリーだな、体術部は。


 俺は手早くテントを片付けた。


「さあっ! 出発ー」

 レオナの掛け声で、俺たちは出発した。

 

 その道程は……驚くほど順調だった。 


「オークが出たぞー!」

「「「おっしゃぁ!」」」

「プギャー!?」

 魔物が出ても、血気盛んな体術部の面々があっという間に倒してしまう。


(本当に三軍か……?)

 体術部の層の厚さに驚く。 


「スミレ、正拳突きはこうやるの」

「こ、こう?」

「そうそう! 上手。で、蹴りはこうね」

「なるほど!」

 道中、スミレがレオナに体術を習っていた。

 

「筋がいいねー、スミレちゃん。どう? 体術部に入ってみない?」

 勧誘を受けてるようだ。 


 流石は異世界人。

 大人気だ。


「で、でも、私、ユージンくんと同じ部活に入るつもりで……」

「生物部? でも部活の掛け持ちもできるよ? 検討してみて!」

「う、うん、わかった。考えてみるね」

 俺としてもマイナーな『生物部』より、人数の多い『体術部』の方が良いんじゃないかなーと思う。


 が、それはスミレは決めることだ。

 俺は何も言わなかった。


「ユージンさん! 怪我人が出た」

「ほい、回復ヒール

 俺は魔物との戦闘で怪我を負った体術部員を回復魔法で治した。


 大きな怪我をしている人は居ない。

 せいぜい、軽い切り傷や打ち身程度だ。


「すげぇ! こんなスピードで怪我を治す回復士は初めてだ!」

「ユージンさん、腕が良いな! 体術部の専属にならないか!?」

「駄目よー、ユージンさんは学園長のお気に入りなんだから。生物部の副部長なのよ?」

「わかってるよー、レオナ隊長」

 気が付くと俺も勧誘されていた。

 

 こんな風に大勢で、探索するのは初めての経験だった。

 そして頼ってもらえるのも。


(悪くないな)

 体術部との同行を決めた、スミレに感謝しよう。

 


 探索は順調。


 11階層は当然として。


 12階層も難なくクリア。


 13階層で一度昼休憩を取った。


 そこから14階層では、コボルトの集団に少し驚かせられたが無事に撃退できた。


 一匹だけ、コボルトの上位種が混じっていて。

 そいつが、スミレに襲いかかった。


「きゃー!!!」

 とスミレが悲鳴をあげると同時に、炎の嵐ファイアストームが発動。


 コボルトの上位種は消し炭になった。


 相手が悪かったな。



「「「「「………………」」」」」


 俺が何度も念押しして、スミレとは距離を取ってもらっていた体術部の面々が絶句していた。

 ふぅ……、危なかった。


 勿論、俺はスミレの炎を結界で防いでいる。

 隊長であるレオナは、顔が引きつっていた。


 そんなちょっとしたトラブルはあったが、なんとか15階層に到着。



「じゃあ、今日はここでキャンプにしましょう!」

 レオナが皆に指示を出す。

 

 今日のキャンプ飯は、肉や野菜を鉄板で焼いたものだった。


「わーい、BBQバーベキューだー!」

 スミレがはしゃいでいる。

 

(ばーべきゅー……?)

 聞き慣れない単語だったが、これも異世界に由来する料理なのだろうか?


 単独ソロの探索ではやらない料理だった。

 

 単純な料理だけど、とても美味かった。


 ちなみに、またも代金は請求されなかった。

 回復魔法でチャラということらしい。

 大した怪我も直してないのに、少しばかり心苦しい。

 


「スミレちゃーん! お風呂行こうー」

「行こう行こう♪」

「スミレちゃんって肌綺麗だよねー」

「手入れ、どうやってるのー?」

 スミレはすっかり体術部の女子たちと仲良くなっている。


 というか、今日も合同キャンプなのか……?


 初探索で、迷宮内で二日過ごすとは。


 やはりスミレは、将来大物になりそうな気がする。


 俺は、テントの準備をした。


(今日もスミレは、俺のテントに泊まる気か……?)

 そう考えると落ち着かない。


 若い男女が狭いテントで……、あんまり良くない気がするけど……、うーむ。


 そんなことを考えていると、誰かがやってきた。


「ユージンさん。今日はお疲れさま」

「レオナ、二日続けて参加させてもらって悪いな」

「何言ってるのよ。ユージンさんのおかげで回復薬を節約できてるし。助かってるのはこっちのほうよ」

 レオナがニコニコとこっちに近づく。


 そして、すっと目を細めて俺の耳元で囁いた。

 何やら秘密の話しらしい。


「……今日から合流した子に聞いたんだけど」

「何を?」

「10階層の階層主をたった一人で倒したって本当?」


「…………あぁ」

 隠しても仕方ない。

 どうせ中継装置サテライトシステムで、映像は誰かに見られていたのだ。


 俺の言葉にレオナの目が丸くなる。


「すごっ! やっぱり学園長のお気に入りって違うわね!」

「別に、運が良かったんだよ。炎の神人族スミレの魔力を借りられたからさ」

「でも、普通は無理よ! ……そんなユージンさんにお願いがあるんだけど」

 レオナの声が真剣味を帯びたものになる。


 どうやら、ここからが本題らしい。


「今回の探索だけど……、最後まで付き合ってくれないかしら? ただ、正式な合同部隊となると、支払う依頼金の予算が降りないから、あくまで今みたいな二部隊が一緒に行動するだけになるのだけど……」

 少し申し訳無さそうに頭を下げられた。


 10階層の救助の時のような正式な依頼ではなく、非公式のお願い。


 もっとも探索面や食事において、『体術部』には大きなお世話になっている。


 謝礼を支払っていないのを、心苦しく思っていたくらいだ。


「いいよ。一応、スミレにも相談するけど」

「本当!? やったー!!」

 レオナが両手を上げて喜ぶ。 

 スミレは、体術部の女の子たちを仲良くなっているしおそらく問題ないだろう。


「ところで」

 俺は気になっていたことを聞いた。


「目標って何階層なんだ?」

 俺はレオナに尋ねた。 


 もっとも、予想はついている。

 彼らの腕前ならおそらく……。

 


「私たちは20階層の階層主ボスの撃破を目指してるの」


 レオナの回答は、想像通りのものだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る