16話 スミレは、学園生徒と遭遇する

 ◇スミレの視点◇


「こんにちは。あなたは生物部のユージンさんよね?」

 ユージンくんに話しかけてきたのは、一人の女子生徒だった。


 すらりとした体型で、足取りは軽く、ぱっちりとしたツリ目が『猫のような』印象を受けた。


「私は『体術部』のレオナ・ビアンキよ。よろしくね」

「はじめまして、ユージン・サンタフィールドだ。何で俺の名前を?」

「学園長のお気に入りのユージンさんを知らない人はいないわよ」

 レオナさんがくすり、と笑った。


「お隣のあなたは『異世界』から来たという女の子であってるかしら?」

「は、はい! 指扇スミレです! よろしくお願いします」

 私は慌てて頭を下げた。


 ユージンくんだけかと思ったら、私のことも知られてるんだなぁ……。


「お二人は今日はもう帰るの?」

「ああ、探索は切り上げようと思ってる」

「じゃあ、ご一緒に夕食でもいかが?」

 レオナさんからお誘いがあった。


「んー、……どうする?」

 ユージンくんがこちらを気にするような視線を向けた。


 そう言われると、急に空腹が襲ってきた。

 それにとってもいい匂いがする。


「私はいいよ!」

 折角のお誘いだし、もしかすると誰か友達ができるかもしれない。

 レオナさんは、とても話しやすそうだ。


「じゃあ、お言葉に甘えるよ。えーと、じゃあ支払いは……」

「あはは、作り過ぎちゃっていつも余っちゃうの。お代は結構よ! 遠慮しないで」

 ユージンくんがお金のことを言うと、レオナさんは朗らかに笑った。

 気さくな人だなぁ。


「どうぞー、こっちよ」

 レオナさんが、私たちを席へと案内してくれた。

 席といっても、地面にレジャーシートのようなものが引いてあるだけの簡易な席。


 大きな鍋で料理を作っていた人が、ユージンくんと私にパンと濃厚そうなスープを取り分けてくれた。


 スパイシーないい匂いが鼻に届く。

 どこか懐かしいような香り。

 ……ってこれ、もしかして。


「どうぞ、食べて」 

「い、いただきます!」

 レオナさんに促され、私はスプーンでスープをすくった。

 それをおそるおそる口に運ぶ。


「っ!?」

 こ、この味って、やっぱり!?


「美味いな」

「でしょ? いっぱいあるからお代わりしてね」

 ユージンさんとレオナさんの会話を聞きつつ私は一心不乱にスープを掻き込んだ。


「はぁ……」

 私は、スープを食べ終え一息ついた。


「わっ、スミレちゃん、食べるの早いね」

 レオナさんが目を丸くした。


 どうしても私は聞きたいことがあった。


「うん……このスープって名前何て言うの?」

「えーと、『カレー』って言う料理で……あ、そっか」

「うん……私たちの世界にもある料理なんだ……」

 懐かしくて泣きそうになった。

 この世界に来て久しぶりに前の世界の食べ物と出会えた。


 レオナさんから教えてもらった話だと、昔にこの世界にやってきた異世界人が広めた料理なんだそうだ。

 ……そっか。

 異世界転生人って私だけじゃなくて、昔にも居たんだね。

 そしてカレーを広めたのね……。

 どこの国の人だったんだろう?

 

「おかわりも食べてね」

「は、はい……」

 よく考えるとユージンくんの前でガツガツ食べて、ちょっとみっともなかったかな。


 それからユージンくん、レオナさんと一緒に食事をしつつ、お互いの迷宮探索の情報交換をした。

 

 そして、そろそろ退散しようかな、というタイミングで。


「ねぇ、よかったら私たちのキャンプに参加しない?」

 レオナさんが笑顔で私たちに提案してくれた。


「いいのか? 部外者を招いたりして。迷宮攻略の途中だろ?」

 ユージンくんが不思議そうに尋ねた。


 ユージンくんの話だと、他の探索者部隊は基本的にライバルだから、あんまり馴れ合わないんだって。


「私たちは新入部員と一緒に低層階で経験値を積むことを目的とした『三軍』だから。200階層を目指す『一軍』はピリピリしてるけどね」

 レオナさんは肩をすくめた。


 へぇ、一軍に三軍。

 つまりは、レギュラーと控えってことかな?

 やっぱり部活なんだなぁ。


「そっか……スミレはどうする?」

「私は、もっとお話したいかも!」

「じゃあ、ありがたく参加させてもらうよ」


「はーい、じゃあ、他のメンバーを紹介するね! 実は、異世界転生者のスミレさんとお話ししたい子がいっぱいいるの!」

 そう言ってレオナさんはパタパタと他の人たちのもとに走っていった。 


 その間、ユージンくんに『体術部』について簡単に教えてもらった。


 ユージンくん曰く『体術部』は、部員数は学園内で有数の巨大派閥らしい。

 個々の技術を極めんとする個人主義者の集まりで、変わり者が多いけど、気さくな人たちらしい。

 うん、レオナさんと話して私も話しやすいと思った。


 他に有名な部活の話も教えてもらった。


 学園最大の武闘派である『剣術部』。

 迷宮探索部隊としても、最強の集団なんだそうだ。


 魔法使いの部活もあるそうだけど、大きな集団じゃなくて、それぞれの『属性』別に細かく分かれてるんだとか。

 そして、属性別の派閥争いが多いらしい。


「火魔法研究部からは、絶対にスミレに勧誘が来ると思うぞ」

 というのが、ユージンくんが予想だった。


 私が炎の神人族イフリートだからだそうだ……。

 むぅ、勧誘されたらどうしようかなぁー。

 派閥争いには巻き込まれたくないなぁ。


 ちなみに『生徒会執行部』は、とってもエリート意識が高いらしい。

 そう言えば、生徒会は嫌なやつらがいたっけ。

 私は、先日ユージンくんが絡まれた出来事を思い出した。


 しばらくして、レオナさんが何人か体術部の後輩の子を連れてきてくれて、お話をした。

 私は異世界のことを話すと、感動した面持ちで聞いてくれた。


 ……そんなに面白い話はできなかったんだけど。

 彼らにとって、異世界人と話せるだけで価値があるらしい。


 たくさん、おしゃべりした後。

 私はレオナさんにお風呂に誘われた。

 ユージンくんは、体術部の人に誘われ一緒にトレーニングするみたい。




 ◇




「はぁー、さっぱりしたぁ」

「ふふー、どうだった? 体術部自慢の魔法の露天風呂」

 そう!

 なんと、本格的な露天風呂が準備されていたんだ!

 やっぱり異世界は違うなぁ。


「凄い魔道具だね。あれも体術部の備品?」

「そう! すっごく高いんだけど、みんなで迷宮探索で稼いだお金で購入したの。やっぱりお風呂って大事だよね」

「うん、わかる!」

 私とレオナさんは、身体から湯気を上げながらユージンくんの所に戻ってきた。


 ユージンくんは『体術部』の男子生徒たちに混じってトレーニングをしていた。


 体術部の人たちは、素手。

 ユージンくんは木刀を構えている。

 パッと見るとユージンくんが有利なように見える。


 実際、ユージンくんは体術部の男子たちを軽くあしらっているみたいだった。


「すげーな、あんたの剣筋。帝国の出身って聞いたけど、一体どこの流派なんだ?」

「弐天円鳴流っていう、東の大陸の流派だよ。親父が東の大陸の出身なんだ」

「へぇー! 他大陸の剣か!」

「剣術部にも東の大陸の流派は居なかったよな。いい修行になる」

「よし、もう一度やろうぜ!」

 

「かまわないけど、……俺だけ剣でいいのか?」

「むしろ助かるんだ。今度の剣術部との試合の練習になるからな!」

「次は剣術部に勝つぜ、なぁみんな!」

「「「「「おう!」」」」」


 どうやら、体術部の皆さんは剣士であるユージンくんとトレーニングできるので喜んでるみたい。 

 凄く盛り上がってる。

 一日がかりで迷宮探索をしていたと聞いたけど、みんな体力あるなぁ。


 その後、ユージンくんと男子生徒たちは、近くにあるという滝に汗を流しに行った。

 そこに小さな泉があるらしい。

 寒くないのかな?


 私はレオナさんや、他の女子生徒とおしゃべりをして帰りを待った。

 ほどなくして、ユージンくんが戻ってきた。


「おかえりー、ユージンくん」

「おまたせ、スミレ」

 私は手を振ってユージンを出迎えた。


 ちなみに、周りは暗くなっている。


 これは、迷宮内が『夜』になっているんだとか。


「建物の中なのに、夜があるの!?」と驚いたが、私たちがいる『天頂の塔バベル』は、神様が造った迷宮だから、普通に考えては駄目らしい。


 迷宮内にも生態系があって、魔物の生活がある。

 そのため、外と同じように昼と夜があるらしい。 


 というわけで、夜の暗い景色に私にも眠気がやってきた。


「ところで二人は今日どこで寝るの? ユージンさんは男子と一緒のテント。スミレさんは私たちと一緒のテントでいいかしら?」

 レオナさんが提案してくれた。


 私はそのつもりだったので、頷こうとした時。


「いや、俺は自分のテントがあるからそこで寝るよ」

「え!? ユージンくん、テント持ってきてたの? 今日は日帰りの予定だったよね?」 

「迷宮探索の時はいつも持ち歩いてるよ。迷宮ダンジョン昇降機エレベーターで半日待たされる、なんてこともあるし」

 なんと、ユージンくんは泊まりの準備もしていたのだった。


「ねぇねぇ、テント見せて!」 

「いいよ」  

 ユージンくんは、探索鞄からテントを取り出した。


 魔法道具のようで、最初コンパクトだったのにあっという間に大きくなる。


 四人くらいは入れそうな、しっかりしたテントだった。


「わわっ、これってオータムピーク製品だよね? いいなぁー」

 レオナさんが羨ましそうに見つめる。

 異世界でもキャンプグッズの有名メーカーはあるらしい。


「つーわけで、俺はここで寝るから心配いらないよ。スミレはレオナと一緒に……」

「ねぇねぇ、ユージンくん。このテントって何人用かな?」

「ん? 四人用だけど」


「じゃあ、私もこっちで寝るよ。レオナさんの所にお邪魔するのも悪いし」


「「えっ!?」」

 私の言葉に、ユージンくんとレオナさんが驚いたような声を上げた。


 別に変なことは言ってないよね?

 ユージンくんと私は、同じパーティーなんだし。

 だったら、一緒に行動するのが普通だと思うんだけど。


「いいよね? ユージンくん」

「ま、まぁ……スミレがいいなら」

「あ、あ~、お二人はそういう……あはは、お邪魔しちゃってゴメンねー」

 レオナさんは顔を赤くして行ってしまった。


 ん~?

 どうしたんだろう?

 

「じゃ、じゃあ、寝るか。スミレ」

「うん!」

 ユージンくんの様子がおかしい。


 いつも冷静なのに、どこか落ち着きがない。


(…………あれ?)

 

 ここで私は、やっと気付いた。


 さっきのレオナさんの顔が赤かった理由。


 一緒のテントで寝るって、よく考えてると……。

 

 あーーー! 


 何言ってるの私ー!!!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る