10話 ユージンは、2階層へ向かう


 ――『天頂の塔バベル』2階層 草原領域エリア



 一面に広がる若草色の草原と、まばらに深緑の葉が茂る低木が生えている見晴らしのよい階層だ。


「ユージンくん、1階層と景色はあんまり変わらないんだね」

「スミレ、油断するなよ。2階層からは魔物が出現するから」

「はい! わかりました!」

 スミレが緊張した声で返事をする。


 もっとも危険度ランク1の非常に弱い魔物しか居ない。

 噛み付かれても少し血が出る程度だろう。


「スミレ、俺からあんまり離れないように。俺の『結界魔法』と『回復魔法』の届く距離は、俺の立っている位置から数歩以内だけだから」

「うん! 気を付けるね!」

 この一週間、何度も注意した点だ。


 俺は魔法の届く範囲が極端に狭い。

 俺がパーティーを組めずにいる理由でもある。


 複数人をまとめて回復できないのだ。

 回復士として、優秀とは言えない。


 おかげで、今までほとんど部隊チームで行動をしたことがない。 

 集団行動は、唯一サラとコンビを組んだ時だけだ。


「よ、よーし。かかってこい!」

 スミレは、学園の防具屋で購入した盾を構えている。


 油断なくきょろきょろ見回す姿が微笑ましい。

 が、問題があった。


 いつまで経っても、魔物が来ない。


「ユージンくん、魔物がいないよ?」

「……妙だな」

 2階層を適当にぶらついてみたのだが、全く魔物が出てこない。


 一瞬、角ウサギの姿が見えたが俺たちを見ると、ビクっとしてあっというまに逃げて行った。


 俺はちらっとスミレを見た。

 そして、気付いた。


 炎の神人族イフリートであるスミレ。


 その身体からは、膨大な魔力マナが溢れ出ている。


 初めて会った時のように、暴走して炎が出ることは無くなったが魔力マナの保持量は健在だ。


 普段、生物部で扱っている危険な魔法生物を見慣れているせいで気にしてなかったが、炎の神人族イフリート魔力マナは並みの魔物にとって脅威だろう。


 スミレを見るなり、一目散に逃げ出している。


(これじゃあ迷宮ダンジョン探索の経験にならないな……)


「スミレ、迷宮ダンジョン昇降機エレベーターで5階層まで行こう」

「えっ!? いきなり? 大丈夫かな?」

「今日は魔物の数が少ないみたいだから」

 スミレの魔力マナで魔物が怯えてしまっている……とは伝えなかった。

 

 俺たちは上層に向かった。




◇『天頂の塔バベル』5階層◇




 景色は引き続き、草原エリアのそれだ。


 七日前に火の海になったはずだが、すっかり元通りになっている。


 迷宮職員さんの消火活動と『天頂の塔』の自己修復機能によるものだろう。


「魔物いないね~」

「……」

 本当はいるんだよなぁ……。


 気配はある。

 遠目にこちらを伺っている魔物の視線を感じる。


 どうやら5階層を火の海にしたスミレを魔物たちも覚えているらしい。


 2階層よりもさらに魔物が怯えてしまっている。

 まさか、ここまでとは。 


 上に進むしかないか……。

 しかし、初探索で6階層って結構な記録だぞ?


 普通はこんなスピードで階層を上げてはいかない。

 俺の時は、数日かけて1階層づつ上がっていった。




 ――異世界転生者は『特別』だからな。一般常識に当てはめないほうが良いぞ、ユージン。




 顎髭を撫でながら、ニヤリと笑ってたユーサー学園長の言葉を思い出した。 


 なるほど、学園長の言う通りだ。

 

 6階層に進むと、さすがに近づいてくる魔物もちらほら出始めた。

 現れたのは灰狼。

 危険ランク2の魔物だ。

 

「き、来たよ! ユージンくん!」

 スミレが焦った声を上げる。


「落ち着け、スミレ。俺が隣でフォローするから」

 俺はスミレをいつでも守れるように、構えた。


 しかし、俺が対処するのでなくあくまでスミレに任せる。

 まずは、冷静に魔物の行動を観察してほしいところだ。


 灰狼はそれなりに危険な魔物だが、注意すれば初心者でも十分対処できる。


「よーし! 来い!」

 スミレの気合を入れる声が聞こえた。

 ちなみに武器は持たせていない。


 防御のための、盾だけだ。

 まずは、自分の身を守れるようにという狙いだった。


 それに反応してか、スミレの身体の取り巻く魔力マナが増大する。


 感情に反応して、魔力が上がっている?


 普段の魔力も凄まじいが気合を入れた炎の神人族イフリート魔力マナは、とてつもなかった。


 膨大な……超級の魔法使い十人分にも匹敵するような魔力マナがスミレの身体を覆っている。


 これが伝説の炎の神人族イフリートの力か……。


 スミレが発する赤魔力マナによって、……ジジジ、と地面が焦げている。

 燃えるような魔力が地面越しに伝わり、灰狼の居る所に達した。


 灰狼は「キャイン」と情けなく鳴き声を上げ逃げて行った。


 ……多分、熱かったのだろう。


「あ、あれ……? 行っちゃった」

 盾を構えたスミレがぽかんと、している。


本気マジか。魔力を見せただけで魔物を追っ払ったよ……)


幸運ラッキーだったな」

「う、うん」

 納得いかないように首を捻るスミレ。


 その時、ふと気づいたことがあった。


「あれ? スミレの盾が燃えてないか?」

「えっ! わわっ! 本当だ! 大変、消さなきゃ!」

 スミレの持つ盾が、真っ赤になっている。


 が、よく見ると様子がおかしい。


 赤く燃える盾は、決して焼け焦げることなく淡い光を発している。

 これは……


「……魔法の炎が付与エンチャントされてる……、のか?」

付与エンチャント?」

「武器や防具に、属性効果をつける魔法だよ。普通は付与専用の魔法を使う必要があるんだけどな」

 どうやら炎の神人族であるスミレの魔力には、付与エンチャント効果もあるらしい。


 魔法の火属性が付与された盾は、しばらく赤く輝き続けていた。


「凄いな……、魔力を込めただけでこんなことができるのか」

「ふーん?」

 スミレはいまいち、凄さがわかっていなさそうだ。


 武器や防具への付与魔法は、簡単じゃない。

 付与魔法を使える魔法使いは限られているし、依頼をするとそれなりの金額が必要になる。

 この能力が知られれば、スミレを迷宮探索に誘うやつも現れるだろう。

 

 ……俺の保護者期間は、思ったより短いかもな。

 そんな予感がした。


「ユージンさん?」

「なんでも無いよ、先に進もうか」

 一抹の寂しさをごまかし、俺は迷宮の上階層を目指した。


 できれば多少なりとも魔物との戦闘を経験して欲しい。


 が、誤算があった。


 炎の神人族イフリートの凄さが、想定外だった。


 7階層にいる仔牛ほどの大きさがある凶暴な『大狼』。


 8階層を縄張りとする『大黒熊』は、人族の倍の高さを誇る9階層までで最も巨大な魔獣だ。


 そして、9階層には『赤獅子』という、獣でありながら火魔法を操る恐ろしい魔獣がいるのだが……。



(((……ボクタチ邪魔シナイノデ、ドウゾ通ッテクダサイ……)))



 とばかりに、全く襲ってこない。

 

 特に『赤獅子』にいたっては、炎の神人族スミレを見た瞬間に飛び跳ね、見えるか見えないかの遠くのほうでプルプル震えていた。


 ……おまえ。


 俺が9階層に来た時は、「獲物だ!」とばかりに襲ってきたじゃねーか!!


 どうやら火の魔獣にとって、炎の神人族スミレは逆らえないほどの格上な存在らしい。


 結局、6階層から9階層までまともな戦闘になることはなかった。


 おいおい、俺の最高記録に並ばれちゃったよ……。


「ユージンくん、どうしようか……? この上って階層主ボスの領域だよね?」

「ああ、そうだな……」

「思ったより早く着いちゃったね」

 スミレがキョトンとしている。

 

 ――10階層。


 まさか、初日でここまで来てしまった。

 

 10階層には、俺も行ったことが無い。

 だが、中継装置サテライトシステムで見たことはある。

 

 ここに居るのは『天頂の塔』における最初の階層主ボス

 俺は挑戦したことはないが……。

 ちらっと、スミレの顔をみた。


 最初の緊張感は無くなっている。

 ゆるんだ表情。


 これは良くない。

 緊張し過ぎも駄目だが、危機感が無い探索者は短命だ。


 9階層まで難なく来れる才能。

 きっとすぐに俺を追い抜いて、優秀な探索者になるだろう。


 だが、初探索で魔物と出会えず9階層についてしまい、「こんなもんか」と思って先に進むのは危険だ。

 スミレの保護者としては、何か『経験』を持ち帰ってもらいたい。


階層主ボスの姿を見ておこうか」

 俺はスミレに提案した。


「ぼ、ボス⁉ だ、大丈夫かな?」

階層主ボス縄張りテリトリー中に入らなければ安全だから」

 それにいざとなれば、俺が全力でスミレを守れば良い。


 大勢を一度に守ることはできなくても、一人を守るだけなら十分自信がある。

 ふと大地下牢での、会話が蘇った。



 ――ユージンに傷を負わせるのは、魔王わたしでも苦労するかも

 ――本当か? エリー

 ――ええ。ユージンはもっと自信を持ったほうがいいわ



 魔王エリーにすらお墨付きをもらっている。

 だから、大丈夫……のはずだ。


「そ、そっか……。うん、ユージンくんがそう言うなら!」

 ニコッとスミレが笑った。

 俺を信用してくれている顔だ。

 

(……いくか)

 小さく深呼吸をする。


 俺たちはゆっくりと10階層への階段を上がった。

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