9話 ユージンとスミレは、迷宮へ向かう


「わー、これって迷宮ダンジョンの内部が映ってるんですね!」


 スミレが最終迷宮ラストダンジョン前の大広場で、巨大な映像器モニターを見上げて大声を上げた。


中継装置サテライトシステムって言うんだ。最終迷宮ラストダンジョンの内部の様子は、ここだけじゃなくて南の大陸の各国にも発信されてて、どの国がどこまで探索が進んでいるかがわかるんだよ」

「す、凄い機能だね!? でも何のために?」

 異世界人のスミレには、ピンとこないらしい。


「一つは治安のため。普通の迷宮ダンジョンでは、探索者同士のトラブルや犯罪行為は珍しくない。でも最終迷宮ラストダンジョン天頂の塔では、中継装置サテライトシステムのおかげで探索者の品位は極めて高水準なんだ。皆に見張られているからね」

「へぇ……あれ? 私は襲われそうになったんだけど……」

 スミレが首を傾げている。


「ああ……、スミレについては多分魔物と思われたから」

 これは仕方がない。


 迷宮を火の海にした張本人なのだ。

 俺も最初は、スミレを魔物か魔族だと思って警戒していた。


「そ、そうですか……」

 スミレはしょんぼりと項垂れた。


「いまは、この学園の生徒なんだからあんまり気にするなよ。変なことを言うやつは俺がぶっとばすから」

「ふふ……、わかりました」

 スミレの表情がもとに戻る。

 

「で、もう一つの理由は南の大陸の国々が、国家の威信にかけて最終迷宮ラストダンジョンに挑んでる。だから、他の国がどんな方法で探索をしているかみんな血眼でチェックしているんだよ」

「迷宮探索をすると国にとっていいことがあるんですか?」

 異世界に来て一週間しか経ってないスミレらしい疑問を口にする。

 俺は歴史的な背景から説明することにした。


「五百年前まで、南の大陸では戦乱続いていたって知ってる?」

「リン先生の授業で習いました」

 かつて『帝国』と『神聖同盟』と『蒼海連邦』の関係は、現在のように穏やかではなかった。

 血なまぐさい戦争の歴史だった。


「それに終止符を打ったのは一人の『探索者』だ。彼は最終迷宮ラストダンジョン天頂の塔で発見した武器を片手に、帝国、神聖同盟、蒼海連邦の軍隊を一蹴した」

「一人で!?」


「そう、もっとも彼は『正義の女神アルテナ様』から戦争を止める『神託』を賜ったから、嫌々だったそうだけどね。だから、戦争を止めたあとも彼はダンジョンに挑み続けた。そして、戦争をしていた国々は気付いたんだよ。戦争に勝つより、最終迷宮ラストダンジョン天頂の塔バベル』を攻略したほうが遥かに見返りが大きいということを」


「だから、どの国も迷宮探索に必死なんですね」

「それ以来『大探索時代』って呼ばれるくらい、迷宮探索が盛んで、戦争は起きなくなったんだ。代わりに迷宮探索をすることで競争をしてる」

「へぇ~」

 スミレが感心したように、ふんふん頷いている。

 

 そんな会話をしているうちに、迷宮入口の受付の順番が回ってきた。

 俺とスミレは、生徒手帳を差し出す。

 受付はあっさり終わった。

 隣を見ると、スミレが緊張しているのか表情が硬い。


「気楽にしていいよ。じゃ、行こうか」

「う、うん!」

 俺たちは、迷宮職員へ学生証を見せ、迷宮内へと足を踏み入れた。




 ◇




「わぁ! 凄い! 建物の中なのに外に居るみたい! 迷宮ダンジョンって言っても暗くないんだね!」

 スミレがパタパタと走りながらきょろきょろと見回している。


 初心者と丸わかりの動きだが、迷宮1階で浮かれる分には問題ないだろう。

 迷宮の1階は、魔物がいない。


 危険の無い安全な領域エリアだ。


 至るところに探索者向けの露店が立ち並んでいる。

 そして客引きが多い、賑やかな階層だ。


「よ! 可愛いお嬢さん! うちの店を見ていかないかい!」

「おーい! 嬢ちゃん、初心者かい? だったらこの魔道具マジックアイテムは必須だよ!」

「今だけうちの商品が3割引きだ! おっと、そちらのお嬢ちゃんとは目が合ったからさらに一割ひいちゃおうかな」

「え、えーと……」

 スミレが戸惑っている。

 初めて天頂の塔バベルの1階層に来た探索者あるあるだな。


 俺は客引きに捕まらないよう、スミレの手を引っ張って奥へと進んだ。

 奥に進むに連れ、露店の数は減っていく。

 

 眼の前に、大きな石のオブジェのようなものが見えてきた。


「ねぇ、ユージンくん! この大きな石碑ってなーに?」

「ああ、それは迷宮探索の記録保持者レコードホルダーの一覧だよ」

 草原の中にポツンと目立ってる巨大な石碑の前にやってきた。


 迷宮1階層の中央に位置する目立つオブジェだ。


「へぇ……これが記録保持者レコードホルダーの人たちなんだね」 

 スミレに釣られて俺も一緒に石碑を眺めた。



 クリスト・ガーマ(500階)

 ユーサー・メルクリウス ・ペンドラゴン(451階)

 ブルーノ・ローゼンハイン(437階)

 レオンハルト・ロートシルト(402階)

 オルランド・バッキー(391階)

 シャルロット・マーレイ(349階)

 クラーク・ロマック(326階)

 チェスター・マクダフ(303階)

 ロザリー・J・ウォーカー(300階)

 メディア・パーカー(289階)

 …………

 ………

 ……

 …



 伝説の探索者たち。

 

 大きく名前が書かれているのは、探索者パーティーのリーダー名でその下に少し小さな文字でパーティーメンバーの名前が記載してある。


 ちなみに、一番目の探索者は単独ソロである。

 化け物かな……?


 探索者にとって、ここに名前を刻むのは大きな夢だ。

 それはとてつもない困難の道である。


 もっとも上から二番目に、見慣れた学園長の名前があるわけだが……。

 本当にとんでもないよなぁ、あの人は。


 上位の九番目まではここ百年ほど記録が破られていない。

 一位に至っては、不動だ。


(俺もここに名前を載せることを目指した時期もあったなぁ……)


最終迷宮ラストダンジョン』の探索記録を更新する。

 それは南の大陸において最高の栄誉になる。

 帝国士官学校から逃げてきた俺にとって、クラスメイトたちを見返す機会だと思った。


 が、伝説の壁は高かった。

 現在の俺の記録は9階層。

 低級の探索者である。


「ユージンくんは、記録保持者を目指さないの?」

「……まあ、俺のことはいいよ」

 曖昧に言葉を濁し、1階層の中心地へと向かった。


 そこには、いくつもの迷宮ダンジョン昇降機エレベーターがそびえ立っている。

 その数、10機。


 各昇降機エレベーターには行列ができていた。


「えええっ! エレベーターがあるの!? ダンジョンなのに!?」

 案の定、スミレが驚きのリアクションをした。


「便利だろ?」

「便利って言うか……アリなの?」

「一度、自力で到達した階層までしか行けないからそこまで万能じゃないよ。これが無きゃ100階層や200階層なんて絶対に無理だからさ」


「そ、そっかぁ……」

「じゃあ、何階から行く? やっぱりスミレが居た5階層?」

 スミレは5階層で発見されたので、そこまでなら迷宮昇降機エレベーターで行けるはずだ。


「う、うーん……あそこかぁ。行きたいような、行きたくないような……」

 スミレが腕を組んで、うむむむ、と難しい顔をしている。

 俺としては急ぐ必要は無いので、ゆっくり待っていようと思った。


「うーん、やっぱりこういうのは2階層から? でも、先にどんなものか上の階層を見ておいた方が……どうしよっかなぁ~」

 ころころと表情を変えているスミレ。


 初めての探索だ。

 ゆっくり悩むのも、初心者にとっては大事なことだ。

 考えなしに先に進んでしまう探索者のほうが危険である。


 俺はスミレの結論が出るのを待っていた。

 その時だった。

 

「おい、はやくしろ!」


 突然、後ろから怒鳴られた。

 振り返ると十数名の探索者が立っている。


(探索服は、青地に黄色の盾の紋章。『蒼海連邦』に属する国の探索者か……)


「学生風情が我々の進行を邪魔をするな! 順番を譲れ!」

「ゆ、ユージンくん」

 スミレが怯えたように俺の後ろに隠れた。

 

 こいつら……マナーが悪いな。


 迷宮ダンジョン昇降機エレベーターは全部で十機。

 俺たちが乗ろうとしているものだけじゃない。


 そもそも、俺たちより前に来てまだ迷っている探索者たちだって他にいる。

 何でわざわざ、ここに来たのか?


 どうやら俺たちが見るからに若い探索者二人組で、脅せば順番を譲ると思ったらしい。

 たちが悪い。


 それに迷宮ダンジョン昇降機エレベーターの階数選択は、探索において重要な決定だ。

 時間をかけることは悪いことじゃない。


 そして、迷宮昇降機ダンジョンエレベータの順番を急かすのは初心者探索者だけだ。

 ……素人さんか。


(言い争うだけ時間の無駄か……)  


「先にどうぞ」

 俺は相手にするのもバカバカしいので、譲ることにした。


「ふん!」

 先頭の指揮官リーダーらしき男が大股で、俺たちの横を通り過ぎた。


「魔法学園の学生か、気楽なものだな」

「そんな装備で大丈夫か?」

「君らは二人だけか。初心者だな」

 周りの探索者たちも当然のような顔をして、横切っていく。


「今日こそは10階層を突破するぞ!」

「「「「「はい!」」」」」

 そんな指揮官リーダーの声が聞こえた。


 ……おいおい、そんなに気合いれてるくせにまだ10階層をクリアしてないのかよ。


「嫌な感じ」

 スミレがぽつりと言った。


「気にせずに行こう、迷ってるなら2階層からゆっくり攻略しようか」

「うん!」

 俺たちは『2階層』へ続く階段へ向かって歩き始めた。

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