8話 スミレは、生徒会長と出会う

 ◇スミレの視点◇


「ユージン!? 私に会いに来てくれたのね!」


 生徒会長さんが、ユージンさんに抱きついた。


 最初に見た時には、気品あふれる令嬢のように見えた生徒会長さんが、今はデレデレでユージンさんに頬を染めてくっついている。


(ええ~~~~!)


 この二人って、関係?


 でも、ユージンさんの表情はとても困っている顔をしていた。

 

 テレシアさんは、「やれやれ」みたいな表情で。

 さっき絡んできた男たちは、ギリ……と歯ぎしりをしていた。


 ……私は、何となく彼らの気持ちを察してしまった。


「サラ……、落ち着けって」

「でもぉ、久しぶりに会えたのに。少しくらいゆっくりしていけば? ねぇ、いいでしょ?」

「今、スミレさんを案内中なんだよ。また今度な?」

「………………スミレ?」

 ユージンさんにデレデレしていた生徒会長さんの表情が変わる。


 キョトンとした顔で隣にいる私に気付いたようだった。

 

 ……すっ、と生徒会長さんの表情が真顔になる。


「ユージンと一緒に居るということは……あなたが『異世界転生』してきたという女の子かしら?」

「は、はい! 指扇スミレです。よろしくお願いします」

「初めまして、サラ・イグレシア・ローディスです。この学園の生徒会長を務めているわ」

 さふぁー、と美しい銀髪をかき上げる。

 さっきまでとはうってかわって、クールビューティーな雰囲気を纏っている。


 いや、ギャップ凄っ!


「この子が異世界人!?」

「なんでそんな子がユージンと」

 さっき絡んできた男たちが騒いでいる。


「定例会議で共有されていましたよ。先日の迷宮火災でユージンくんがスミレさんを救助したんです。学園長指名で彼が保護者になりました」

 テレシアさんが説明してくれた。

 どうやら、私のことは会議の議題にまでなっているらしい。


「ちっ、また学園長の贔屓かよ」

「裏口野郎がっ!」

 う、裏口?

 えーっと、私はちらっとユージンさんの方を見ると彼は所在なさげに頭をかいた。

 

「ちょっと! 彼はきちんと特別入学試験をクリアして入ってるわ。いつまでそんなことを言ってるの」

 テレシアさんが声を荒げる。


「はっ! そいつ専用の試験が用意されたって話だろ!」

「白色単色の魔力マナのやつがリュケイオン学園に受かるはずないんだよ!」

「帝国貴族だっていう親父のコネで入ったんだろ? なぁ、ユージン!」

 男子生徒が口々に発言する。


「ユージンの結界魔法は強力よ。あなたたちだって、以前の試合で傷一つつけられなかったじゃない」

 生徒会長さんがたしなめるも、男子生徒たちの口撃は止まらない。


「あの時とは違う! 今ならこいつにだって俺の攻撃は届く!」

「それにこいつは攻撃ができないんだ。戦士としては欠陥品だ!」


 ユージンさんの表情が僅かに曇った、……気がした。

 なんなの!

 こいつら、さっきから!


「ユージンさん! もうここを出ましょう!」

 腹が立った私はユージンさんの腕を掴み生徒会の建物の出口へ向かった。


「ああ、そうだな」

 ユージンさんも同じ気持ちのようだ。


「なんだ、女に庇ってもらうのか!?」

 後ろから嫌な声が聞こえたけど、無視無視。


「え……、もう行っちゃうの? ユージン」

 生徒会長のサラさんがユージンさんを呼んだ。

 ユージンさんが振り返る。


「邪魔したな、サラ」

「また、会いに来てくれる?」

「……ああ、今度な」


 サラさんは、名残惜しそうな視線を。

 絡んできた男たちからは、憎々しげな視線を受けながら。

 私たちは生徒会部室を出ていった。




 ◇ユージンの視点◇




「もう、何なのあいつら! 腹が立つね、ユージンさん! 変な言いがかりをつけてきて!」

 隣のスミレさんがプリプリ怒っている。 


 俺としても少々業腹ではあったが……。

 スミレさんに、胸の内を全部言葉にしてもらった気がした。


「ま、完全に言いがかりってわけじゃないんだ。俺の魔法を見せてあげるよ」

 俺は腰に差してある、探索用のナイフを鞘から引き抜いた。


「スミレさん、これ触ってみて。刃じゃなくて背の方を」

「はぁ……、おっきいナイフですね」

 トントン、とスミレさんがナイフの刃の側面を指で叩いている。


「迷宮の魔石や魔物の素材を剥ぎ取るのにも使うから、頑丈に作られてるんだよ。じゃあ、このナイフで指を切ってと……」

「えっ、えっ!? ゆ、ユージンさん、一体何を」

 俺の指からわずかに、赤い血が滴る。

 スミレさんが焦っているが、これくらいじゃ痛みもほとんど感じない。


「このナイフに俺が魔力マナを込めて『魔法剣』にすると……」

 ナイフの刃が、白く輝き始めた。


「スミレさん、もう一回ナイフを触ってみて」

「う、うん……」

 スミレさんが魔力マナを通したナイフの刃を触り、すぐに気付いたようだ。 


「え……、ナイフがしてる?」


「俺の魔力マナを通すとこうなるんだ」

「うわー、柔らかい~。ユージンさんの魔法だけこうなるんですか?」

「そう。さらに、こうすると」

 俺がナイフで自分の指を切りつけた。


「きゃぁ! 何をするんですか! 危ない!」

「大丈夫だって、ほら見てみ」

「え~、血が出て……ないっ!? しかもさっきの傷が治ってる!?」

「俺の魔法剣で切ると、相手が回復するんだ……」

「へ、へぇ……」

 スミレさんが驚いた顔をしている。


 そりゃ、そうだよな。

 俺が魔法剣士を諦めた最大の理由。


 白魔力では、攻撃ができない。

 どころか、相手が回復する。


「あいつらが俺を欠陥剣士だって言ったのわかっただろ?」

「え、えーと……」

 スミレさんが困った顔をしている。


「でも、裏口ってのは嘘だぞ。きちんと正規の入試を受けたからな。ただ、攻撃魔法を俺は使えないから試験が特別試験だったんだ」

「そうなんですね」

 特別試験は、俺用に作ったものじゃなくて過去にも同じような入園希望者が居たから作ってあったものらしい。

 だから、裏口入学をしたわけじゃない。


 ただ、その特別試験に合格した結果、学園長から「マジで受かるやつ居ると思わなかった」というあり得ないコメントを貰った。


 過去に一人も合格者が居ない試験だったらしい。

 そんなもん試験にするなよ……と思ったが、それだけ白魔力のみの合格者というのは珍しいのだろう。


 おかげで、白魔力の単色保持者に対する専用試験の、唯一合格者ということで、学園長に珍獣扱いされ、目をつけられてしまった。


 その後「ユージンなら地下牢の魔王に近づいて平気だろ」と、魔王の飼育担当まで押し付けられたというわけである。


 何か思い出したら、色々あったなーという遠い目をしていたら、スミレさんの声で引き戻された。


「とにかく、腹が立ったのでもう二度と生徒会室には行きませんから!」

「そっか」

 そーいうわけにもいかないと思うが、俺は苦笑で返した。


「…………」

「…………スミレさん?」

 もう話は終わりだ、と思ったが彼女はまだ何か言いたげだった。


「……ところで、もう一個聞きたいことが」

「あぁ、うん」

 何となく予想はついた。


「生徒会長の……サラさんとはどんなご関係なんですか?」

「……」

 まぁ、それだよな。

 

 生徒会長のサラが俺に対してだけ距離感が近いのは、リュケイオン魔法学園だと周知の事実だ。

 

「あの! 言い辛いことだったら大丈夫なんで!」

「別にたいした話じゃないよ」

 そう前置きして、俺は語った。

 


 サラとの出会いは、約一年前。


 学園に入学して間もない頃に、俺たちは出会った。


 俺は攻撃ができない剣士。

 そして、サラは『回復ができない』聖職者シスターというお互い、訳ありだった。

 もっとも俺のように才が一つに偏ってるわけではなく、才能はあるが苦手、という状態だった。


 サラは回復魔法が使えなかったが、聖国カルディで厳しい修練を積んだ戦士だった。

 とはいえ、回復魔法が使えない聖職者シスターを仲間にしたいやつはいない。


 必然的に俺はサラと組むことになった。

 パーティーを組んだ期間は、約半年。

 

 サラが攻撃担当の聖職者シスター

 俺が回復担当の剣士。

 変わったパーティーだったが、なんとか天頂の塔バベルの9階層まで到達することに成功した。


「そうこうするうちに、サラの才能が開花してさ。今のサラの職業は『聖騎士パラディン』。回復魔法も使えるようになったし、聖剣を操る学園でも指折りの戦士だ」

「……ユージンさんとのパーティーは?」

「サラが『普通科』から『英雄科』に転籍したから、その時に解消になったな」

「……そう……ですか」

 スミレさんの顔が暗く陰る。

 どうやら、悪いことを聞いたと思ったらしい。


「昔のことだよ。サラは俺とパーティーを解消したことを気にしているらしくてさ。ああやって、気を使ってくるんだ。別に俺のことは気にしなくていいのにな」

「え?」

 俺の言葉に、スミレが不思議な顔をする。


「どうかした?」

「サラさんって……、ううん。なんでもないです」

 スミレが納得行かないように、首をかしげている。

 が、それ以上何かを言ってくることはなかった。


 よし、じゃあこの話題は終わりにしよう。

 

「さっき学務課で言われたと思うけど、『生徒手帳』と『学生証』は絶対に無くさないように気をつけて。リュケイオン学園の『学生証』は、南の大陸で最上位に信頼できる身分証明書になる。こいつがあれば、ほとんどの国に入国できるし、図書館なんかの公共施設にも入れる。あと『最終迷宮ラストダンジョン』に行くには『学生証』が必要だから、生徒手帳に学生証入れがついてるから、一緒に保管してくれ」

「は、はい! わかりました」

 俺はスミレさんに説明した。

 スミレさんが、こくこくとうなずく。


 これは学園の生徒にとって、非常に重要な注意事項だ。

 何度も念押しをしておいたほうがいい。


 が、俺の言葉にスミレさんは、別の興味を持ったようだった。


「『最終迷宮ラストダンジョン』って……街の真ん中に立ってる凄く大きいあの塔のことですよね?」

 スミレさんが、学園からも見える『天頂の塔バベル』を指差した。


 近くからみると天に続く壁のようにすら見える、巨大な塔。


 南の大陸における最大の迷宮。


「うん、この学園の生徒なら迷宮ダンジョン探索は必須科目なんだ。少しづつ教えるよ」

 と言っても俺が案内できるのは、9階までなんだが。


 ま、スミレさんは異世界に来たばっかりだし迷宮探索はずっと先だろう。


「行ってみたい!」

「え?」

 予想外の反応だった。


「私って『最終迷宮ラストダンジョン』からこっちの世界にやってきたんですよね?」

「だと思うよ。そこで発見されたし」

「じゃあ、『最終迷宮ラストダンジョン』から元の世界に戻る方法がわかるかもしれないですよね?」

「……まあ、可能性はある……かな?」

 そっか、スミレさんは元の世界に帰りたいのか。


 正直、その希望はかなり望み薄だと思う。

 けどそれを今、言う必要はない。

 だから俺は別の言葉を口にした。


「来週、一回行ってみる? 9階層までなら俺が案内できるから」

「いいんですか!?」

「この学園の生徒ならダンジョン探索は避けられないからね。少しづつ慣れていこうか」


「でも、一週間後?」

「色々準備があるからね。探索に必要なものを買い物に行こう」

「はぁー、なるほどぉー」


「学園施設にも慣れてもらいたいから。明日も案内するよ」

「わかりました!」

 スミレさんは、元気よく返事した。



 それから一週間、俺は付きっきりで彼女にこの世界の生活方法をレクチャーした。




 ◇




「とまあ、こんな感じかな。最近の出来事は」

「ふーん」

 スミレのことはエリーに話すまいと決めていたのだが、結局細かく白状させられてしまった。


「で、今からダンジョン探索に行くとこ……何だよ、エリー?」

 俺がここ一週間の話をざっくり説明したら、エリーが不機嫌な表情をしている。


「あーあ、ユージンが異世界の女ばっかり構うからツマンないー」

「仕方ないだろ、学園長命令だし、スミレはこっちの世界に来たばっかりなんだから」

「あら、スミレ? 呼び捨てになってる! やっぱり手を出したのね!」


「出すわけないだろ!」

「じゃあ、なんで呼び捨てなのよ。さっきの説明だと違ったわよね?」

「敬称つけられると、他人行儀で嫌なんだってさ」

 もっともスミレは俺のことをユージンくんと呼んでるが。


 別に呼び捨てでもいいんだけどな。 


「じゃあな、エリー。俺はこれから『天頂の塔バベル』に上ってくるよ」

「迷宮探索の様子見てるわねー☆ そのスミレって子に手を出してないか」

「出さないから! それに別に見なくていいよ……低階層の探索なんて」 

 9層までの平和な探索だ。

 見所など、何も無い。


「がんばってー、ユージン」

「はいはい」

 俺はベッドの上で猫のように寝転ぶ魔王様に手を振り、大地下牢をあとにした。

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